冒険者と煩わしい過去


結局のところ、いいアイディアは出なかった。

途中からロスダンが黙っているのが気になったが、ともあれ、鬼妖精はただ一人だけで妄言を吐く冒険者と対峙することになった。


これ以上、考えたところで打開策に行き着くことはきっとない。


『とりあえず、ぶっ倒す』

『無理じゃないです?』

『うっせえ、それでもやるんだよ』

『はいはい、こっちも準備しますよ、もう……』


いる場所は草原。

敵は最強。

極度の変態。

勝利条件はその撃退。


問題は、叩き出すための方法が、一つもないこと。


「クソ――」


鬼妖精はガントレットの内部に枝を生やした。

空の内部を木が埋め尽くし、切られた腕と接続する。


時間は長々とかかる作業だが、目の前の変態は微笑ましいものを見るような目を向けた。


鬼は羽を震わせ、身を沈め。


「《瞬迅硬化》!」


発動させたスキルにより、最速、最短、最硬の一撃を叩きつける。

ぱぁん! と景気のいい音が鳴り、当たり前のように防がれた。巨大なてのひらに収まるだけに終わった。


「ああ、ここを滅ぼすという私の言葉が気に食わなかったのかい? だけど、仕方がないんだ、これは子鬼のためなんだよ。パパだって本当はこんなことしたくないんだ」

「テメエはもう口を開くな! 根本の根本からぜんぶ間違いすぎてツッコミが追いつかねえんだよ!」

「子供である子鬼はそう思ってしまうのかもしれないね、けれどね、大人になるとねもっと広い視野で――」


最後まで言わせず、ガントレットを切り離した。

木も一緒に離れたため、本当に身一つとなる。

それでも距離を取る必要があった。


同時に、念話が来た。


『いくよ』

『《走行術》《逃速》《草渡り》《生存本能》、ああ、もうついでに《水妖疾駆》です!』


襟首を噛まれてそのまま連れ去られた。

近くで生成されたケイユが、複数スキルを使い、鬼妖精をかっ攫ったのだ。


「うぉ!?」

「む」


それは、冒険者ですら反応できないスピードだった。

交通事故じみた速度のため、鬼妖精の首にもダメージが行く。


草原に疾走の痕跡がまっすぐに行く。


『あのヘンタイ、ついて来てますか!?』

『駄目だ、普通に見送っていやがる!』


冒険者は肩をすくめていた。

気にした様子もなく、草原の方を注視する。


宣言した通り、あるいはロスダンが直感した通り、「さっさとここを滅ぼす」つもりらしかった。

鬼と馬の二人が草原の終わり、森が始まるような地点にまで着いてもそれは変わらなかった。


『これ普通にスキルの無駄打ちじゃないですか!』

『知るかよ! というかそこまでの加速ができるなら、あの変態に向けて突進しろ、今すぐに!』

『そんな野蛮なことにケイユのスキルが使えるわけないですよ!』

『んなときに選り好みしてんじゃねえッ! ……いや、おい、まさかとは思うがお前のって、逃げる専用とか言わねえよな?』

「……ケイユ、野蛮、反対!」

「マジかよお前!?」


思わず声に出して突っ込んだ。


「攻撃系のスキルとかほぼないんですよ、突進はさっきやりましたが普通に通用しませんでしたし。あと、そもそもすんげぇ疲れるんですよ、連続では使えません!」

「喉元まで出てた感謝の言葉が引っ込んだぞオイ!」

「鬼だって憶えがあるでしょうが!」

「《瞬走》のことか? クソ、あの手のスキルの複数使用か、そりゃたしかに無理だ」

「感謝はどうしました? ほら、偉大なケイユ様にありがとうの言葉を!」

「生き残った後でいくらでも言ってやる」

「むぅう」


極度の疲労は本当なのか、ケイユは人間体型に戻っていた。

疲労回復のためのポーションを取り出しごくごくと飲んだ。


「あいかわらず、まっずいですね、これ……」

「飲み残すなら俺にくれ」

「やです」

「だったらさっさと飲め、変なワガママを――」


そうしたやり取りをしていると、視線を感じた。

草原中央へと向かっていたはずの冒険者のものだった。


なぜか立ち止まり、こちらをじっと見ていた。

距離としては豆粒程度にしかわからない、だが、なんらかのスキルの後押しがあるのか、正確に二人を捉えていた。


「ケイユ……」

「なんです、ケイユの名前を呼ぶとか珍しい」

「握手」

「はい? まあ、いいですが……」


身長差はあるが、それをする。

どこかの記憶が刺激された。


こういった姿を、どこかで見せたような……


「鬼!? なんかあの冒険者がものすごい視線を向けて来るんですけど!?」

「逃げ腰になんな、あー、あとは、こうだったか……?」

「え、なんですか手とか引っ張って!? しゃがめばいいんですか?」


肩を組むような姿勢を取って笑ってみる。

以前、雑誌での取材を受けた際、そのような写真を撮られた憶えがあった。


「いや、なんですかこれ、どういうつもりです!? というかどうしてあの変態、進むの止めたんですか? ケイユ、まったく意味がわからないんですが!?」

「うるせえ、そのまま動くな」


小声で鬼妖精の耳元にむけて話しかけてみた。

それは、周りから見れば、とても仲が良さそうに見える。


気のおけない友人同士の距離感だ。


「お?」


ついでに、ケイユの顔をつかみ、もっと顔を近づけてみた。

そのケイユの目がまんまるに開かれる、驚きのためではなかった。


『鬼!? なんかあの変態がすごい顔して近づいてますよ!?』


恐怖のためだった。


『羽の感知で俺にもわかってる! てーかロスダンの方に行かせず、こっちにおびき寄せるのが目的だったろうが!』

『鬼、見えてねえから言えるんですよ! それこそ悪魔か般若かって表情なんですよ! すごい睨まれてる! ケイユすっごい睨まれてるッ!』

『おい、逃げんな、もうちょっと引き寄せろ!』


ぐい、と顔を近寄らせる。

距離が近づく。


冒険者の接近速度も上がった。


「そんな関係、パパは認めませんッ!」

「よし、今!」

『ああ、もう! 《走行術》《逃速》《草渡り》《生存本能》《水妖疾駆》!』


変身しながら再び多重にスキルを使った。

鬼妖精といっしょに、冒険者の手から逃れる。


その方向は、森ではなく草原だ。

馬が存分に走れる環境は限られている。


さながらアメフト選手のタックルを躱すかのように、鬼妖精を乗せた水妖馬は冒険者すり抜け、再び草原を走る。


『いいよ』


その行く先には円筒形があった。

周囲から浮くSF的な装置だ。


そこに、ロスダンが入りながら言った。

慣れた様子で目を閉じる姿は、どこか鬼妖精を思わせた。

そこには危険に対する緊張などない。


冒険者が探していてる対象、すぐに到達できる距離だ。

自殺行為にも思える危険な行動だった。


だが、気にした様子もなく、念話で続けた。


『ボクが許す』


その言葉は、鬼と馬に向けられたものではなかった。


『ここを森にしていい』


ここに来る前に、冒険者は樹人を倒した。

そのカケラを身に着け、こぼしながら来た。


そのすべてから、瞬間的に木が生えた。

それは、ケイユが蹴り走る後ろをなぞるように次々に生長する。


まるで空から絨毯爆撃でも行ったかのように、土の下から伸び上がった。

駆け寄ろうとした冒険者が思わず足を止めるほど、それは異様な光景だった。


「うひぃい!?」

「なんだこれ!?」

『あ、二人とも気をつけて』

『言うの遅すぎませんか!?』

『どういうことだよこれ!?』

『キムラだよ』

『はあ!?』

『正確には、あの樹人のひとたちもだけど、ボクが許して生やした』


ロスダンは、なんでもないことのように。


『ほら、あの町長だって、人間としての身体がなくなっても樹木の形でまた生えたでしょ? それと同じことをしただけ』

「いやいやいや……!?」

「どゆことです……?」


混乱する二人をよそに。


『ええ、そうです』


声が、した。

もう二度と聞こえることのないはずの声が、念話の形で伝わった。


『迷宮領主様の後押しもあって、どうにか樹木の形として、こうやって戻ることができました』


木村だった。

すでに配下となったのか、念話で参加していた。


見れば生えた木々のそれぞれには、顔がついていた。

全員が、冒険者を睨み下ろした。


広大な草原が森となり、外敵を排除すべく構築された。


枝々が互いに絡まり合い、木々の合間を塞ぐ。

それは、あのノービス街を思わせる造りだ。

だが簡易的な手作りの構築ではなく、より硬く繋がれた城壁の頑強があった。


『ここは、この迷宮は、我々が守るべき場所です』


立ちはだかっているのは、故郷を守ろうとするものたちだった。




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