ノービスと意外な提案
閉鎖環境で、外部の人間を歓待することはたまにある。
情報が制限された社会において、「情報を得る」機会は貴重だからだ。
そして、ある程度の行き来ができるとはいえ、ここはダンジョン内だ。
WIFIは飛んでいないし、ここまで電話線を引こうとする酔狂で判断力の狂った会社も存在しない。
何かを知ろうとするのであれば、昔ながらの方法でやるしかなかった。
新聞などがあればある程度の値段で引き取るだろう。
また、美食美女美辞麗句でもてなすことも忘れない。
つまるところ外部の人間を招いての歓待とは――メシを奢ってやるから外の情報を教えろ、ついでにここがいい場所だと周囲に伝えろ、という取引のことを指す。
ただし――あくまでもこれは通常の話だ。
半日もたたない内に、街の不審がいくつも見て取れた。
人間を模倣するモンスターの集団であるにも関わらず、街があまり「人間らしく」なかった。
警戒すべきである、油断してはならない――
それは一行の共通見解だった。
「うめえうめえ」
だからこそ、鬼妖精一人がバクバクとそれを食っていた。
「はは、健啖ですな」
糸目をさらに細めて言ったのは、この街のトップである町長だった。
宿屋で休んでいる最中、使いが来て彼らを招待したのだ。
よろしければこちらで食事をしませんか、と。
怪しい街の怪しい親玉が言ってきた。
こうした事態を予見できたからこそ、ここに来る前から「鬼妖精が一行の代表」であるかのように振る舞った。
ロスダンを無用な危険に晒さないためだった。
ただ、警戒しすぎていたかもしれない。
提供されたものは、家庭料理に毛が生えた程度のものだった。
つまりは安っぽい。歓待、と呼べるレベルにはない。
それでもこれは、この街では最上級のもてなしだろう。
なにせ、肉を得る機会が少ない。
モンスターは倒した端から塵となる。
ダンジョンへと吸収されて再利用される。
肉を得るためには、外部から食料品を輸入するより他なかった。
――ここの連中、料理が下手だな。それともなきゃ、そもそも料理を知らねえのか?
たとえ冷凍食品の類であろうと、ソースを自作すれば違うものになる。
いくらかアレンジを加えれば別のメニューとなる。
そうした工夫は一切なく、ただ湯煎して温めたものだけが出た。
『別にグルメを気取る気はねえけどよ、これが最上級のもてなしだ、ってツラされるのはムカつくな』
『一人だけで食っておいて、なに文句つけてんですか』
馬では室内に入ることができず、ケイユは人型の姿で後ろに侍っていた。
長髪の物静かな姿だが、先程から絶え間なくツッコミを入れている。
『まあ、甘いもんじゃないし、ボクは別にいいけど』
『これ、デザートもたぶん出るんじゃねえか?』
『収納する』
『怪しまれるようなこと率先してやるなよロスダン』
対外的には静かに、たが迷宮内的には騒がしく食事は続いた。
もちろん、黙るだけではなくぽつぽつと情報も出す。
最近の国際事情、変わらず続く『ノービス狩り』の問題、あるいは、この付近で冒険者が襲撃を行った可能性まで。
一番重要な情報は最後だ。
冒険者は、全方位の厄介者だった。
人間の物品を盗んで回る。
怪物は見た端から殺して行く。
迷宮は経験値稼ぎ兼無限袋として利用する――少なくとも、迷宮人を殺せばどれほどの経験値が手に入るかという誘惑に打ち勝っている間だけは。
つまるところ殺人嗜好の泥棒が服を着て歩いているような連中が、冒険者だった。
その接近は最大級の警戒を必要とする。
「なるほど、それは、対策が必要ですね……」
町長も真剣に返した。
――なんかこの町長、まだ若そうだな。
デザートとして出た和菓子を、背後からの恨みの視線ごと味わいながら思う。
鬼からすれば人間やノービスの年齢は判別がつきにくいものではあるが、町長、という言葉から連想される姿からくらべれば若い。
それだけ長生きできない環境であるのかもしれない。
問題なく街を治めていることから、やり手だろうとも予測できた。
「ひとつ、頼み事があるのですが、よろしいでしょうか」
食べ終わり、満腹となり、香りだけのお茶を飲むタイミングで話を切り出された。
「なんでしょうか」
『うわー、鬼の丁寧口調とか似合わないこと夥しいですね』
『ね』
念話と会話のスイッチは、まだそこまで上手くいかない。
返答はできない。
馬だけは後で殴ると決意しながらも顔には出さなかった。
「頼み事によっては断らさせていただきますが」
「ええ、簡単です、貴方がたにもメリットのある提案です」
手を広げ、ニッコリと笑い。
「この街の住人をいくらか迷宮へと移住させてはいただけませんか?」
鬼の背後で立つロスダンに向けて、そう言った。
+ + +
「なんだ」
鬼は立ち上がり、羽を広げ。
「バレてたんだな」
いつでも戦闘に移行できる体勢を取りながら言った。
「戦うつもりはございませんよ?」
「どうだか、信用できねえ」
迷宮人であることが悟られていた。
それ自体は不審ではない。
街中であれだけ騒がしく会話をしていた。
宿屋の中でもときおり話がこぼれていた。
よくよく聞けば、正体は判明する。
だが、誰がトップかまでも把握しているのであれば、それは常に最上級の観察を続けていた、ということでもあった。
「狡いやつはぶん殴られて当然だと思わねえか?」
「町長として、街に入り込んだ怪物の調査は当たり前です」
「ほお、言うじゃねえかノービス」
拳を握り、笑う動作は。
「鬼妖精、待った」
「……了解」
ロスダンによって止められた。
同時に、命令に逆らうことができない、という言葉の意味も理解した。
命じられたというよりも、「鬼妖精自身がそう思った」かのように攻撃ができなかった。
交代するように、鬼がいた席にロスダンが座る。
皿をどけ、両肘をついて正対する。
「どういうことか、詳しく教えて」
「ええ、説明いたしましょう」
町長は冷や汗もかいていなかった。
「もう、この街は限界なのです」
ノービスとは、人間と変わらない存在だ。
種族がモンスターであり、死亡してしばらくしてから消失することくらいしか違いはない、そういうことになっている。
当然、増えることもあった。
産まれてくるのは、たとえ人間との間に子をなしてもノービスだ。
「街としての許容人数というものがあります、これ以上の人口増加は誰も望まない。しかし、意味もなく間引くのも気が引ける。そう懊悩している最中に貴方がたがこの街を訪れた。こんなありがたい幸運はありません」
「厄介払いってことか?」
思わず鬼は口を挟んだ。
「違いますとも」
打てば響くように町長は返答した。
「移住です、迷宮へと居を移すだけです」
「それは――」
理屈としては、「違いはない」ものだった。
ダンジョン内にて集団で暮らして行くことができるのであれば、迷宮内でできない理屈はない。
まして、単純な洞窟構造と違い、ロスダンの迷宮は都市廃墟の様相だ。
コンクリートを引っ剥がせば土があり、耕すことも可能だった。
生活する、という面ではよほど相応しい。
また、そのロスダンは豊富な物資を抱えていた。
移住のバックアップは可能だった。
しかし、それでも、鬼としては拒否感があった。
この街の様子を見れば、独自の文化を築いているのはわかる。
その「よくわからない奴ら」が、鬼や馬や迷宮にとっての心臓、その近くに居座られることの嫌悪がある。
だが――
「うん、わかった」
「ロスダン!?」
「ちょっとマスター!?」
慌てる配下を気にもせず、当たり前のように迷宮人の子供は言った。
「迷宮人としてのボクが移住を認める、人数はどれくらい?」
「ありがとうございます、まずは15名ほどの移住を考えています。彼らが生活可能であれば、さらに数を増やしたい」
「数としてどの程度が妥当なのか、ボク自身にもわからないけど、うん、了承する」
『マスター! なに考えてるんですか! さすがのケイユも迷宮内がノービスだらけになるのはゴメンです! あくまでも妖精のための迷宮じゃないですか!』
『俺も、別方向で止めたほうがいいと思うぞ、あんま良くない』
『はあ!? 鬼こそ全面的に反対すべき状況でしょうに、なに及び腰になってんですか!』
『だってなあ……』
『鬼だって言ってたじゃないですか、この街は怪しいと、そんな怪しい住人が入ってくるんですよ!? ケイユは普通に嫌です!』
『規模は少ないが難民問題かよ』
『知らない連中の移住は断固として反対です!』
『けどな、よく考えろ』
『なんですか!』
『今の迷宮、どうなってるかわかったもんじゃねえぞ』
『ん? あ……!』
『あー、そういえば』
少し前に思いつく限りの遊び道具、物品、知識などを迷宮内にばら撒いた。
音ゲーですらゴブリンを変質させた。
それ以外ならばどうなるかを試している。
迷宮内の時間加速まで行っていた。
今どのような事態になっているのか、誰も把握していなかった。
『なんで気づいてねえんだよ、魔境にノービス突っ込ませても、普通に死ぬだけだろうな』
『んー、まあ、いっか』
『いいのかよ?!』
そうした迷宮内会話をよそに。
「大変助かりました、生活できる場が広がることは幸運です!」
町長とロスダンの間で契約が締結されていた。
がっちりと握手までしている。
『おい、おい!?』
『ノービスはモンスターの一種』
『だからどうしたんだよ』
『ボクの迷宮内で死んだら迷宮ポイントとして加算される』
『ロスダン、お前……』
『上手く移住に成功すれば万々歳、失敗してもポイント加算、これ、損じゃない取引だ』
『俺以上にノービスに対して厳しくねえか?』
『マスター、割とドン引きなんですが……』
先遣隊として入ろうとしているノービスの代表は、木村という名前の爽やかな笑顔の青年だった。
普段は門番としてモンスターを追い払い、ときには退治しているらしい。
町長はその両肩を叩き、糸目の笑顔のまま鼓舞の言葉を繰り返した。
町長にも危険性があるとわかっているだろうに、そうした危惧は一切言わない。
哀れな生贄がここにいると鬼は理解した。
+ + +
15人ばかりのノービスは、無事に迷宮内へと取り込まれた。
配下(サバディネイト)にする作業と違い、物品の収納とさして変わらない作業だった。
外壁でもあるロスダンの肌の一部を裂き、そこから滑り込ませる。
ノービスの集団はあっという間に消え失せた。
鬼はその魂の安寧を祈った。
あの太鼓ゴブリンと同等の敵に遭遇すると思えば、そうせざるを得ない。
「よければお食事を続けますか?」
ロスダンに向けて町長は問いかけた。
「いらない」
「そうですか、デザートも余っていたのですが」
「……いらない」
二回目の声は硬かった。
その後も、町長は話を続けた。
ダンジョン内での暮らしの苦労、いままで出会った珍しいモンスター、街での流行、行商人との取引の成功や失敗、周辺の地理情報など話題は多岐に渡り、それなりに興味を惹かれるものだったが、少しばかり不審でもあった。
『どうして偉いやつって話がなげえんだろうな』
『ケイユ、寝てていいですかね』
『だめ』
『マスター、いい妖精は、よく眠るんですよ?』
『集団でスヤスヤ眠る妖精とか見たこともねえよ。まあ、たしかにこの町長の話は退屈だけどな』
――おしゃべり好き、ってわけでもなさそうなんだよな、この町長。
そうした者は話すことそのものを楽しむ。
だが、そうした様子はなかった。
拙いながらも「迷宮人を楽しませる」ために話を続けている様子があった。
――なんか、覚えがあるな、これ……
そのものではないが、似た状況に出くわしていた感覚があった。
糸目の町長は彼らの様子を伺っていた。
いや、違う――
待っているのだ。
先程からの顔の動きは、おそらく背後にある時計を確認している。
なんのために?
どうして長々と引き止めている?
ふと顔が思い浮かんだ。
あの変態冒険者だった。
無為に引き伸ばし「効果が出るのを待っている」。
「ロスダン!」
「え」
鬼妖精が叫ぶのを認めて、町長は素早く拳を突き出し、手を広げた。
「ごハッ……!」
合わせるように、飛び出した。
木の枝だった。
鬼の内部から生長し、貫いた。
それを操作した町長の糸目の奥は、まったく笑っていなかった。
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