饕餮と無謀
残るコボルトを打ち倒した。
それらは灰となって崩れ消える。
冒険者であればそこから経験値とやらを得るが、配下(サバディネイト)とはいえ怪物である彼にとってはただの煙だった。
真っ当な生物ではない、灰となって崩れ落ちるモンスターの音を聞きながら、彼は得たスキルを確認した。
《 身体操作1 》と呼ばれるそれは、ただ脳内で確認できるだけであり、説明は何もなかった。
ただ、文字通り身体を動かす際に有利になるものだとは推測できた。
「けど、違いとか、なんかあるか?」
自覚できなかった。
コボルトを追い詰め、殴り殺した動きは彼が思い描くそのままであり、助力を受けた様子もない。
『技量上昇(スキルアップ)って、そんなもん』
「納得いかねえ……」
彼としては素早い技量上昇を欲していたというのに、予想以上に地道な道のりになりそうだった。
右手を開閉させ、羽の調子を確かめるが。
『いや、それは期待しすぎです、まだ技量レベル1では、そりゃほとんど変わりませんよ』
「……誰だ?」
知らない声――いや、どこかで聞いた覚えの声が混ざった。
ロスダンと変わらず姿は見えず、声だけだったが、「うるさい」というイメージが鮮明にあった。
『はあ!? このケイユ様を知らないと!? さすがに間抜けがすぎます! 新入りのクセに図が高い!』
「ああ!? どこの誰だか知らねえが、お前こそ俺に話しかけてんじゃねえぞ、百人殴鬼の逸話も知らねえだろうが!」
『なんですそのカッコいいの!?』
「……上位怪物の集会に乗り込んじまった際、見世物としてやらされたんだよ、百人抜きしたら許してやるってな……」
『おお、達成したのですか!』
「いや、八十人目でくたばった」
『は!? 期待だけさせてダッサイ結末ですかぁ?!』
「後半になって向こうも本気になったんだよ、オーガが巨人相手に勝てるわけねえだろうが!」
『だったら百人殴鬼ではなく、八十殴鬼に改名でしょうよ』
「お前、国語と算数苦手か? 八十人目で負けたんだから、殴り勝ったのは七十九人だ」
『え、は? 負けたクセに偉そうにしてんじゃないですよ! こちとらケイユ様です、褒め称えなさい!』
「だから、誰だよお前」
『あなたと同じ配下(サバディネイト)、先輩様です!』
「同格ってことだな」
『はああ!? 年数序列に決まってるでしょうが!』
「年功序列って言いたいのか?」
『マスター、マスター! この新入りが生意気なんですが! 注意と叱責が必要ですよね!』
『仲いいね、君たち』
「どこが?」
『ありえません!』
鬼妖精としては不倶戴天の敵だと思えたが、ロスダンにとっては違う意見らしい。
『今は暇だからいいけど、ケイユ、周囲の注意は怠らないで』
『はははっ! 誰に言っているんですか、任せてください、どっかの負け鬼とは違いますよ』
「あ? 俺のこと言ってんのか?」
『いいぇえ?! 別にぃ? 誰のことも言ってませんよぉ?』
「お前、直接会ったらぶん殴る」
『ムリムリムリ、ケイユのスピードを前に触ることすらできまーん! ざあんねーんでしたー!』
ケケケ、という笑い声すら続いていた。
「ケイユだか軽油だか知らねえが、どうせお前も妖精だろうが」
『そうですよぉ、わかったんでちゅかー、偉いでちゅねー!』
「あー、もういいや、付き合いきれねえ、ロスダン、今なにやってんだ? 無事に危険地帯から抜け出られそうなのか?」
『なんのこと?』
「は?」
『ボク、逃げてないよ?』
『あー、そこの鬼だか七十九人殴られ負け鬼?』
「喧嘩売ってんのか、オイ」
『そうではなく、ほら、あなたからも言ってくださいよ、このマスターに』
「なにをだ」
『今、饕餮ダンジョンに挑戦とかいう無謀中です、このバカマスター』
「……は?」
+ + +
饕餮ダンジョンと呼ばれているそこは、最初から有名であったわけではない。
第十七迷宮と、ただそう呼ばれていたダンジョンは、他とは異なる特性が一つあった。
喰うのだ。
他のダンジョンを。
あるいは迷宮や怪物ですらも。
生成したモンスターを送り込み、他のダンジョンを取り込んだ。
別々の場所にあったダンジョンは、徐々にその構造を広げ、やがては接続し、往来ができるようになった。
そうやって、次々にその版図を広げた。
より巨大に、より複雑に、より狡猾に、なによりも強くなり続けた。
それは、冒険者の昇格に似たような有り様だった。
戦い続けるほどに強くなり、存在の格を上げる。
ある程度の大きさにまで膨れ上がって以降は、拡大速度が鈍化したが、未だに世界最大のダンジョンだ。
あるいは、東方地域が他の場所と異なっているのは、この饕餮ダンジョンのためだという説もある。
互いに協力して打倒さなければならない『敵』がいたからこそ、決定的な破局は訪れず、共に立ち向かう必要が出た。
騙し討ちによって冒険者がモンスターを打ち倒し、昇格することですら『協力』と言えなくもない。
鬼からすれば許されざる悪逆だが、それでも饕餮ダンジョンの拡大を防ぐためと言われれば受け入れざるを得ない。
それほどの難事であり、最優先で対処しなければならないものだった。
まかり間違っても、迷宮人が単独で攻略に赴いていいようなレベルではない。
「俺の聞き違いか?」
『合っていますよ、ケイユだって何度も訊いたんです、けれど間違いなく、いま全員で一緒に向かっているのは饕餮ダンジョンです』
それは、自殺名所に向かうのと変わらない宣言だった。
有名な怪物が集って行おうとしたのは「調査」であり、「挑戦」などではなかった。
『……むふぅ』
「なにすごいでしょみたいな声を出してんだこのロスダン!?」
『ですよね!? やっぱりケイユが間違ってたわけじゃないんですよ! どう考えてもムリでしょうよ!』
『あ、鬼妖精、ちゃんと戦力になれるよう、鍛えてね?』
「はあ!? なに、俺も戦力にカウントされてんの!? 饕餮に挑戦するための!?」
『当然』
「おい、ケイユとか言ったか? 察するにお前は今、この迷宮から出て現実のロスダンの周りにいるんだよな? 力づくでもその無謀を止めろ、本気で俺らがくたばるだけだぞ」
『ムリです』
「なんでだよ! ヤバいのはお前もわかってんだろ!」
『あなたも配下として外に出ればわかりますよ、根本的な命令違反が、できない。そういう生物になってしまっています』
「マジか……」
絶望的な情報だった。
放っておけば勝手に迷子になるようなこのロスダンに、この先の命運の一切が握られている。
『いいから行くよ?』
「饕餮ダンジョンにか?」
『当然』
「クソ! 誰か今すぐいい感じに強いモンスターとか冒険者、出てきて止めてくれねえかなあ……!」
『ボク、そういうのは直感的に避けられるから大丈夫』
「救いがどこにもねえ……」
鬼妖精は、可能な限り急いで強くなる必要が出た。
このロスダンが言っているのは、RPGで言えば「襲撃者に襲われたからラストダンジョンに行こう」と言っているようなものだった。
さらに言えば鬼妖精という初期キャラを引き連れて、「戦力として当てに」しながらだった。
変態冒険者から逃れるためとはいえ、あまりに勝ち目のない道へと行こうとしている。
「ロスダン、どうやれば技量とやらを上げられる……!」
多少の強化程度では焼け石に水かもしれないが、いち早くそうする必要が出た。
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