冒険者のひとつの終わり

どう言えばいいのかわからない。

何を思えばいいのかも不明。


だが、チリ、とした違和感のようなものがあった。

まったく同じ表情で、冒険者に向けて言うその姿は――


「駄目でしょう?」


オーガのものだ。

敵に向けて、倒すべき相手に向けて宣言したものだ。


冒険者は、常にそれを横から見ていた。

横からだ、仰ぎ見るべきものだった。

こんな風に、真正面から浴びせられるものではない。


だって、自分は何一つとして悪いことなんてしていない。

礼儀正しく生き続けた。

学校では優等生として有名だった。


この位置にいるのはおかしい。

なによりも――


「それは、お父さんの台詞だ、子鬼のじゃない――」

「違えよ」


どうしようもなく耳に馴染むイントネーションで、目の前の妖精は拳を向ける。


「俺が、お前をぶっ殺すって言ったんだ」

「だからそんなことをパパに言ってはいけないと言ってるんですよ、どうしてそんな簡単なことがわからないんですか、パパの言ことはちゃんと聞かないと駄目でしょうがぁああああああ!!!!!!」


苛立ちそのままに斧を振り下ろした。

高速からの踏み込みは、当然のことながら回避など許さない。


表情ごと叩き壊すべく振り下ろしたそれは、右肩へと行った。

瞬間的な子鬼の回避が、頭頂部からそこへとズラした。


禍々しい輝きを放つ斧は、妖精の腰まで通り過ぎる。

羽ごと肉体が裂かれ、生々しい血肉と肌が覗き見える。

致命傷だ。


「言っただろうが」


だが――


それでもなお、鬼は踏み込んだ。


体格差をものともせず、傷がさらに深くなることなど気にもしないというように前進し。


「真正面から、テメエをぶっ殺すんだよ!」


切断された左腕から透明な手を伸ばし、冒険者の心臓へと再度突き入れた。



 + + +



それは、ガントレットの持つ効力だった。

だが、幾度も使い、幾度も死闘を繰り広げた、その能力を活用した。


明らかに格上の、比較するのも馬鹿らしいほどの強者に、僅かとはいえ傷をつけた。

その成果の結果として、


 《 透明腕 》を獲得しました。


死亡からの復活タイミングで、スキルを獲得できた。

技能に習熟したと見なされた。


スキルとしては、もともとガントレットが発生させたものとあまり変わらない。

少しばかり頑丈にはなったが、武器を振ることなどできはしない。


それでも、これは唯一、冒険者を殺しうる手段だった。

どれだけの防御力があろうと無視できる殺戮の手順だ。


相打ち上等のカウンターを行ったのも、そのためだ。


殺されながらも前へと進み、この《透明腕》を敵へと伸ばし、ここに「お前を殺し得る手段がある」ことを敵に教えた。


「くそ……!」


それは、たしかに、胸を貫き心臓まで届いた。

だが、そこまでだった。


冒険者に「ぐぉ!?」という呻きを上げさせただけで終わる。

心臓表面を引っ掻くのが限界だった。

致命傷には程遠い。


鬼の方は裂かれた身体に構築が持たず、そのまま霧散した。


透明腕ではなく、身体そのものが消え去った。

聞こえる世界も同様になくなり――


『ロスダン、次だ!』

『はいよー』


即座に復活を果たした。

消えた場所で、霧散した灰が巻き戻るかのように形を取る。


見えない、ということがこの場合は有利に働いた。

消失から巻き戻る際にも視界変化の影響はなく、音の違いしかなかった。


ただ羽を震わせ、敵の位置を知る。


「子鬼、あなたは……」

「《透明腕》《瞬迅硬化》ァ!」

「ッ!」


さすがに冒険者も気付いた。

透明な手の脆さを、《瞬迅硬化》により補ったことを。


高速移動からの必殺を行える図式を作り出した。


「鎧よッ!」


それを受けるわけにはいかないと、全方向への力場照射を行う。


「ぐがッ!」


当然のように、鬼妖精は吹き飛ばされた。

致命傷ではないが、全身打撲だ。

左の《透明腕》も消える。


「そのようなことをしたところで子鬼、あなた私に届くことは――」

「うるせえ、黙れ」


冒険者が森ごと粉砕したためだろう、鬼妖精の近くに枝が落ちていた。

拾ったそれは、枯れてほどよく乾いている。


「戦いに余計なもんを混じらせ入れるような馬鹿が、冗談でも戯れ言でも嘘でも、俺の親を名乗ってんじゃねえよ!」


そのまま、枝の切っ先を己の目から奥まで突き刺し、回す。

脳幹を破壊する一撃は鬼妖精の命を確実に奪った。


その死亡から、


「ぐ」


また即座の復活を果たした。


「ちっとは真面目に戦いやがれ!」


叫び、再び、スキルを使用する。

それを鼓舞するかのように、遠くの樹人たちが枝で自身を叩き始めた。



 + + +



悪夢のようだった。

あるいは、夢のようだった。


まちがいなく、子鬼は弱い。

どうしようもなく脆弱だ。


だというのに、真正面から向かってくる。

何度死のうとも、あるいは、自ら死にながら戦いに赴く。


よく知っている表情で、殺意をまるで衰えさせず、何度も突進する。

背後に、下手くそながら統一されたリズムを背負いながら。


「なにを、そんな馬鹿なことを……」

「おいおいおい、引いてんじゃねえぞビビってんじゃねえぞ、何度俺を失望させれば気が済むんだ? 笑って俺を叩き潰せよ、百回だろうが千回だろうが繰り返し俺を殺してみせろ! 雑魚を叩き潰す程度のこともできねえやつが、身内面してんじゃねえッ!」

「ッ!」


斧を振る、その先に妖精の細い肉体の感触がある。

それは致命傷にはなっても殺戮にまでは至らない。


攻撃が、相手を沈黙させない。


「ああああああああああッ!」


跳び来た子鬼を両断したというのに、斧を振り切った段階でもう『復活』していた。


斬られた肉体が修復している。

千切れた羽を震わせ、左腕が、空気を撹拌しながら来る。


死神のような、その透明手が来る。

だが――


「遅いッ!」


一度は突進を停止させたのだ。

そこからの再加速は、斧の振り戻しを間に合わせるには十分過ぎた。

斬るのではなく、叩きつけるように子鬼を吹き飛ばす。


「なるほど――たしかに私にも甘い部分があったのでしょう、だが、だからといってあなたの脆弱さには変わらない! それは私が一方的に蹂躙できるレベルのものだ!」

「ああ、その通りだ! なんも間違っちゃいねえ!」


無様な転がりからすぐさま立ち上がり、笑う。

オーガそのものの、いや、もっと凶暴な笑みで。


「だから、テメエは俺に負けるんだよ」

「なにを――」

「《瞬迅硬化》ッ!」


再びのように迫る。

無駄としか思えない突進。


その復活とてタダではないはずだ。

にも関わらず攻撃を続けているのは――


――細かいダメージの積み重ねのため、否……


たしかに回復薬を使う暇すらない。ダメージは積み重なっている。

だが、致命傷にまで至るには、あと千回以上は繰り返す必要があった。


勝ち筋に結びつかない行動を、この子鬼がするはずがない。

この無謀には、きっと意味がある。


樹人たちが鳴らす太鼓、その音の狭間で思考する。


――敵は、これに合わせて攻撃をした……


「そこですかッ!」

「ッ」

「ぐ……!?」


背後からの一撃――潜んでいた忍者を斧で撃退した。

いつの間にか復活し、忍び寄っていたそれを両断する。


同時に、迫っていた子鬼を後ろ蹴りで対処する。


子鬼の腕は、あくまで心臓などの重要器官に届かせるからこそ有効だった。

ただの蹴りでも対処ができた。


奇襲がいつ来るか、そのタイミングは音が教えた。

迷宮側が行い続けた連携を、ついに冒険者はつかんだ。


――先程までの行動は、時間稼ぎですか……!


それも理解した。

この忍者が参加できるまでの間を欲した。


だが、対処はできた、これで……


「いいえ、ケイユもですよ!」


水妖馬が走り来る。

同じく斧で破砕しようとするが、踏み込もうとする足には子鬼がいた。

透明な腕をめり込ませ、凄まじい顔で動きを止める。


斧も同様だった。

身体にめり込ませながらも、忍者が斧へと絡み確保していた。

冷たい目を変えぬまま、その刃を封じる。


足を鬼妖精に取られて即座には動けず、武器は忍者を裂いて重しとなる。

対応できぬ詰みの状況――


「お勉強不足ですよ?」


だが、この状態からでも、冒険者は反撃ができた。

鎧のスキルを発動させ、力場で無秩序に吹き飛ばした。


「ッ」

「ごはっ!」

「うばあ!?」


忍者はめり込ませた部分から更に裂け、子鬼は直下の地面に叩きつけられ、馬も当然のようにひしゃげた。


「私のスキルを把握すらせずに決着をつけようとするのは、戦闘者として失格です」

「そうだな、言い間違えた……」


地面で顔を土まみれにした子鬼が、身体を持ち上げながら言った。

力場照射直後の、冒険者の呼気に紛れ込ませるように――


「テメエは、俺たちに、負けるんだ」


赤が、弧を描いた。

欠けた赤剣だった。


いつから、どこにいたのか、


「――」


猫ほどの体躯から枝を生やした樹人が――木村が、対処不能の剣技を振り抜いた。

鎧による吹き飛ばしの隙をついた。


「あ」


それは、冒険者の首を通った。

赤い線が引かれ、すぐさま血が吹き出した。


空気が口からではなく傷口から入る。

噴水のように盛大なアーチを血が描く。


「――」


反射的に手で塞ぎ、筋肉を引き締め、血の流出を抑えた。


逆の手では、回復アイテムを使用するべく伸ばすが、


「シィッ!」


忍者が投げつけた短剣が刺さり縫い止めた。

半ば裂かれてなお、完全に冒険者の手を貫き、身体へと固定させる威力を見せた。


「!」


ちいさな獣のような樹人が、再度攻撃を行う。

翻り不規則な回転を続けるそれを、冒険者は蹴り上げた。

弾き、無効化される。


バネじかけかのように強力かつ正確に振り上げた脚、その向こうに、羽を広げる妖精の姿があった。


馬の体を跳び箱のように使いながら跳ね、宙へと浮き上がり、吠えた。

壊れた透明な手の残骸をまといながら、蹴撃が一閃する。


「喰らえッ!!」

「子鬼ッ!!」


蹴りと反撃の拳は、交差することなく互いを打ち抜いた。


「ガア……ッ!」


鬼妖精は、鼻を潰されまっすぐ吹き飛ばされたが――


「くㇶュ……!?」


蹴撃は、半ば裂かれた冒険者の頭を剥がした。


頭部が傾き、身体から離れる。

抑えようとする手の動きが間に合わうことはなかった。


両膝が勝手に力を抜き、草むらにつく。


頭が90度を超えて傾き、ついには身体をスロープに転がった。

くるくると回転を続けて落ちる。


視界が暗くなり、意識が不可逆的に遠くなり、冒険者は終わりを実感する。


――そういえば……


最後に思ったことは。


――私は結局、オーガさんの頑強さを、奪えなかったんでしたっけ……


愛を完遂できなかったことの、小さな後悔だった。


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