■■と迷宮

『やれた?』

『ロスダン、頼むからフラグ立てんな』

『そっか、やったか!? だった』

『フラグを強固にしろとか言ってねえよ!?』


鬼妖精たちの前には、頭部を切り離されて倒れ伏した冒険者の姿があった。

草木に向けて血は吹き出し続けるが、だいぶその勢いも弱まっている。


花別は斬り裂かれて消失したが、馬や鬼や獣は生きていた。


鬼妖精の砕けた鼻からは血が溢れて、容赦なく垂れる。


――呼吸しづれえ……


それも、しばらくすれば止まった。

蹴り折られた肋骨の様子も確認しながら立つが、それだけでもふらついてしまう。


近くには折れた剣を引き寄せ、地面に突き刺している小動物の姿もあった。


『――』

『あー、木村も助かったわ、俺等だけじゃ足りなかった』

『……』

『なんとなくの気持ちしか伝わって来ねえが、俺らのおかげでもあるって感じか? まあ、それはお互い様ってところじゃねえか?』


木村は、もう人の姿を取ることは出来なかった。

いくら配下とはいえ元となる物質が足りていない。それだけ粉々に砕かれた。


残ったものをどうにかかき集めて作り上げたのが、今の姿だった。

念話の中ですら言葉を発することができずにいた。


『ねえねえキムラ、にゃー、って言ってみて、にゃー、って!』

『ロスダン、やめろよ!?』

『なんでや、主ちゃんが望んでるんやで! 配下なら叶えたり! な! 猫さんもそう思うよな!』

『!?』

『いや、猫ではないだろ』


幾種類からの根や枝を生やしたそれは、四足歩行の動物には見えたが、その種別までは判別できなかった。


『ならなんや? 犬か? 鬼さんは犬派か? ならあたしの敵やで』

『どっちもいいよね』

『広い心でどっちであっても受け入れる度量が必要よな!』

『いや、木村に決めさせろよ』


木村は鬼妖精の足裾を引きながら「どっちも嫌だ」というように首を振っていたが、全員が見ないフリをした。


『けど、ついにボクの迷宮にペットがきたんだ』

『!?』

『ええな、名前どうしような?』

『うん、えっとねー』

『いや、木村は木村だろうが』

『ッッッ!』

『ほら、さっきから、すげえ勢いで俺を見ながら頷いて訴えてるぞ』

『ええと、ボブか、マリーか、チョガポリモリンペか……』

『最後のなんだ?』

『ニャーツ』

『ほら、木村が無理して声まで出してる』

『最後がいいってことだよね、チョガポリ?』

『!?』

『モリンペ、主ちゃんに逆らうようなことはせんよな?』

『いや、そんな目で見られても、俺は手助けはしねえぞチョガポリモリンペ』


かつて捨て犬を躊躇なく処分場に運ぼうとした鬼は言った。

チョガポリモリンペはショックを受けた様子だったが知ったことではない。


『てーか馬はさっきから黙りすぎじゃね?』

『も、嫌です……』

『いや、なに鬱ってんだよ』

『痛いのとか嫌なんですよ、なんですかアレ!? ケイユは走りたいだけでコケたいわけでも斬られたいわけでもないんですが?!』

『あー、まあ、キツそうではあったか』


輪切りにまでされていた。


『次! 次にこういうことあったら逃げますからね、逃げましょう、逃げるべきです、逃げちゃいます! だってケイユが痛いんですよ!』

『それでも戦ったのは凄いよ、偉い』

『でしょ!』

『さすが俺の先輩配下だ、いざってときはすげえな、覚悟決まってる、うん』

『……なんか鬼が気色悪いんですけど』

『後でちゃんと褒めろって話だったろうが!』

『そういう義務的な褒めとか罵倒と変わらねえんですよ! もうちょっと上手く! こう、ケイユがギリギリで気づくかな、気づかないかな? って感じに賞賛するんですよ! ケイユの気分を良くするために!』

『褒め言葉にクオリティとか求めてんじゃねえよ!』


鬼妖精の足元では、ちいさな獣が達観した顔でいた。


『仲ええな』

『どこがです!?』

『ねえよ!』

『ふぃぃ……』


円筒水槽内ではロスダンがおおきく息を吐いた。


『けど、うん、間に合って良かった』

『なにがだ?』

『迷宮ポイント』

『ああ、そういや盛大に使ってたな』

『あともうちょっとで、枯渇するところだった』

『たしかに遠慮なしに使いすぎたな、俺たちが迷宮を周回して――』


ポイントを戻さなきゃいけない、そうした言葉は言えなかった。

なぜなら、参照して見えた迷宮ポイントは、


 0/21


とあったからだった。

それほど詳しく記憶しているわけではないが、最低でも分母は720はあったはずだ。


『ど、どういうことだ?』

『え、だからポイントがもう足りなかったから、無理矢理スキル使った』

『は?』

『そういう無茶やると、下の方が減るみたいだね』

『まじか……』


0となった後でも鬼や忍者や馬や獣を復活させるために能力を行使し、その結果として身を削るような事態となった。


『これ、迷宮は大丈夫なのか?』

『んー、たぶん?』

『クソ不安になるんだが平気かよ。いや、助けてもらっておいてこんなこと言うのは不義理だけどよ』

『まあ、なんとかなるよ』

『せやで、主ちゃんがこう言ってるんやから、間違いない!』

『あー、たしかに、配下である俺がくちばし突っ込むようなもんでもねえか……』


言いながらも、もう一度迷宮ポイントを確かめた。


 0/20


という数値になっていた。


『何に消費してるんだよ!?」

『そういうこともある?』

『この念話が駄目って話か? 消費やべえのか、すぐに切るか?』

『自然回復分と相殺、って感じだから平気』

『そっか、それなら……いや、違えって! だからどうしてまだ減っていってんだよ!? もう19とかだぞ!?』

『それはもちろん――』


水槽内のロスダンが、目を開けた。

そのまま、ひょい、と地面に足を着ける。


素足が草に触れていた。

かすかな接触音を全員が聞いた。


誰もがロスダンを注目していた。

花別が抱きかかえようとするが、手で押し留め、ただ見つめた。


倒れ伏して、すでに血すら流れていない冒険者の死骸を。


「必要だからだよ」


その死体が、輝きを放った。



 + + +



それは、配下の復活とは似て非なるものだった。

あるいは、それ以外のいかなるものとも違った。


この世界における、初めての事象が起きていた。


べこん、と凹む、否、消失した。

周囲の草花と土がなくなり、クレーター状となる。


手に刺さっていた短剣がランダム模様に溶け消える。


同時に冒険者が持っていた袋の膨らみが減る。

その全身が、血が失われたのとも異なる白さを帯び始める。

内側より染められたように、あるいは、色素そのものが抜け落ちたような色へと変化する。


「なんだ?!」


ここは迷宮内であり閉ざされた空間だ。

だというのに、空から光が降り注いだ。


それは冒険者を包み、ゆっくりと浮かび上がらせた。


神聖な光景――要素だけを抜き出せばそう見えるはずだが、まったくそうは思えなかった。

禍々しさともまた違う、自分たちがまったく知らない法則が、この場で行われた忌避感があった。


裂かれた頭部と身体がぬちゃりとつき、見えない誰かが縫い合わせたかのように接合される。

傷跡が塞がれるに従い、その全身がしぼんで行く。


「あァ゛ッ」


呼吸というよりも吐き出すかのような息を吐き、冒険者が生命活動を再開した。


『アイテムによる蘇生、いや、ちげえ……ッ!』

『なんです、これ!?』

『へー、こうなるんだ』

『――』


目を開き、そこにいたのは――

冒険者ではなかった。


姿形はそのままだ、だが、決定的に何かが欠けていた。


「わ、わたし、は……?」


そう左右を見渡す様子ですら、どこか違和感がある。

以前までの、粘着質な何かが消えていた。


「勇者が生き返るって、こういう感じなんだね」

「は……?」

「言ったでしょ?」


ロスダンは、当たり前のように肩をすくめ。


「ボクらに、勝ち目なんてもともとないんだ、だって――」


目の前の、それを指差し言った。


「冒険者が、勇者へと昇格したんだから」


それは勝てない戦力が、殺すことができなくなった事態を指していた。

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