冒険者と空虚な現在
オーガのファンになった。
あるいはストーカーになった。
そう言っても良かった。
どんな情報も欠かさず集めた。
百人殴鬼の逸話を食い入るように読んだ。
飲み屋で潰れた仲間を十人ばかり抱えて運ぶ姿がSNSで載ったのも確認した。
毎週のように騒ぎを起こすオーガを追いかけるのに苦労はなかった。
月間怪物収集で、オーガの写真が載ったのを見たときは気絶するかと思えた。隣にいた上司だという女オーガのことは意識から消した。
少ない収入をすべてそこに費やした。
後悔などなかった。
すべては事前準備だった。
きっといつか、オーガの隣で役に立つための。
そうして――気づけば冒険者となっていた。
種族として、そのように変じていた。
その絶望は、今でも思い出せる。
未来がすべて暗闇に閉ざされた。
怪物となりたいという贅沢は言わない。
せめてノービスになりたかった。
彼に無惨に使い潰されるのであれば、それも一つの幸せの形だ。
どんな形であれ、彼の役に立ちたかった。だというのに、現実は完全な敵対者だ。
手を持ち上げ見つめてみても、弱く、変わらない、ニンゲンのままではあった。
本当にこんなものが冒険者か?
オーガの力強さとは対極だ。
だが――
――これで、手に入れられる……
心の中の悪魔が、そう囁いた。
そのスキルも、暴力も、偏見も、殺意も、あるいは善意や道理を通す部分ですらも、残さず余さず簒奪できる。
誰にも渡さず、独占できる。
あのときの、学校での殺戮の続きを、別の形で行うことができる――
痺れた頭のまま、特集号に載る写真を見てみた。
オーガの周囲には、さまざまな怪物がいた。
仲の良いもの、仲の悪そうなもの、あるいは親しそうな相手や、拳同士を打ちつけ合う姿があった。
生き生きとした姿だ、だがあのときの、虐殺を繰り広げる英雄としての姿からは程遠い。
――こんなのは、オーガじゃない。
自分ならオーガ自身よりもさらに「オーガらしく」あることが、できる。
本当の彼を、取り戻せる。
それはもう、自分にしかできない――
一度発生したアイディアは、どうやっても消えてはくれなかった。
何をしていても頭の片隅に残り続けた。
苦しくてたまらなかった。
オーガが好んで飲むという酒を嚥下しては吐いた。
瓶の中にとってあるオーガの乾いた血を飽きるまで眺めた。ついでに舐めてもみた。
写真に載る、オーガの隣に映る人々の顔を念入りにペンで塗りつぶした。
そうして、これが恋だと、ようやく気がついた。
こんなにも、欲しくて欲しくてたまらない気持ちが、それ以外の言葉で表現できるはずがなかった。
――この初恋を叶えよう……
その決意が、最後の一押しとなった。
+ + +
――だというのに……
欲してやまないものを奪われた。
文字通り、物理的に、あのオーガを横から掻っ攫われた。
すべて奪うはずだった相手が、すべて違うものへと上書きされた。
ゆるせない。
ゆるせるはずがない。
今もここにあのオーガがいて、誰かと仲良くしているのだと思うとハラワタが煮え滾りそうだった。
きっともう、似ても似つかない姿となっている。
知っているオーガは、どこにもいない。
その事実をわかった上でなお、殺意を抑えられることはなかった。
この迷宮すべてが汚物だった。
触れるのも汚らわしい邪悪だけで構成されていた。
呼吸ですらも忌々しい。
地を這うように滑り来た、忍者の集団を蹴り殺しながらそう思う。
彼らの投げる手裏剣やら針やらには毒が付着していたようだが、そんなものは効果がなかった。
多く殺した冒険者の中には《 毒物無効 》のスキルの保有者もいた。
今の冒険者には歴史上トップクラスのスキル量があった。
冒険とは、進み続ける作業を指す。
その進みを止めるものの排除に不足はなかった。
最後に、一際強い忍者が立ちふさがった。
「参る」
姿ばかりは他の忍者と変わらない。
だが、見えないほどの攻撃速度、攻撃を捉えることのできないほどの隠形。
実力はまったく別物だった。
この迷宮の最大戦力だろう。
それでも――
「弱いですね」
わざと攻撃を受け、半ばめり込んだ刃を筋肉で固定化させれば関係なかった。
数瞬にも満たない停滞、すぐさま蹴って離れようとする動作は、このレベルの戦いとなれば棒立ちと変わらない。
斧が忍者を破壊した。
その頭蓋骨を斜めに裂いた。
凝縮された冷たい視線は、最後まで変わらなかった。
だが、それだけだ。
「ふん」
弱いことに変わりはなかった。
それは、奪われる対象だ。
かつてのオーガであれば、きっと自分の意見に頷いてくれたはずだ。
――んなの当たり前だろ?
幻の声が冒険者の背筋を伸ばし、歩みを強くさせた。
霧散する忍者の向こうに、円筒形の物体があった。
草原とは無関係に立つ異様な物体だった。
中身は液体で満たされている。
人が浮かんでいた。
かつて見た姿に似ていた。
きっと迷宮内での、あの子供の姿だった。
――終わらせよう……
この恋を。
あるいは執着を。
いまだに燻り続ける鈍痛は、この殺傷で癒えるはずだ。
斧を持ち上げた。
その腕は、望んだものよりも強固だ。
大地を踏みしめる脚も同様だ。
攻撃も、速度も、タフさも、技術ですらも、かつてのオーガ以上だ。
それでも、ポッカリと心に穴が空いている。
その心を無視したまま、敵へと斧を振り下ろした。
――これが、失恋ですか……
その思いだけがあった。
円筒内部にいるものは、最後まで目を開けなかった。
いや――
「《 瞬迅硬化 》」
開ける必要がなかった。
「!?」
ロスダンのフリをしていた鬼妖精は、己を硬化させながら突進した。
それは、振り下ろそうとする瞬間の斧にぶち当たった。
「ぜってぇ気づかないと思ったぜ」
「なにを――」
驚きは冒険者から行動を奪った。
間近で囁かれる言葉に脳が痺れた。
半ば鬼妖精を裂いた斧の感触が、甘く伝わる。
「お前は、俺のことなんざわかってねえ、現実に目を向けてねえってな」
そうして鬼妖精が突き出した左腕、ガントレットの内部で発生した透明な指先は、冒険者の胸元をすり抜け心臓を握った。
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