冒険者と非行問題
迷宮内の中心部である草原エリア。
その中での、さらなる中心とも言える迷宮主。
攻めているのは最強ともいえる冒険者であり、防御しているのは樹人の陣営。
自由に動けるのは、馬と鬼と忍者。
彼我の距離はさほどなく、すぐに踏破できるほど近寄られている。
そのような状況下で――
『命令する』
ロスダンが言った。
円筒の中で。
『守って』
端的に、それだけを。
「は――」
鬼妖精はあっけに取られ、すぐに笑った。
牙を剥くような凶暴な笑いだった。
命令と言いつつ、それは『命令』ではなかった。
ただの言葉であり、頼みだった。
いくらでも好きにできる権限を使わず、全権を配下に分け与えたまま、命じた。
守ってくれと。
「上等」
これで燃えない奴は、きっと配下になどなれない。
鬼は武装の一切を失っている、身一つしかここにはない。
それでもやれるすべてを振り絞ると、己に誓った。
そうした想いは、きっと他の面々も同じだった。
木村は「はいっ」と短く応じ、花別はその気配だけを濃く重く増やした。
ケイユですらも「あー、まあ、仕方ないですね」という顔で向き直る。
勝機は、きっともうない。
だが、それはもはや問題ではない。
『うん、生き残ろう、皆となら、きっとできる』
ここは迷宮であり、棲まうものは冒険者を撃退する。
そのシンプルに異議などあるはずがなかった。
+ + +
やる気なく、どこか達観したような雰囲気が平常運転のロスダンは、そのいつも通りを変えずに告げた。
『おおばん振る舞い』
言葉の通り、視界が共有された。
迷宮ポイントを使うはずだが、そんなことを言っている場合ではないのだろう。
こわい顔をした冒険者が、我が子を返せと吠えた。
『言われてますが?』
『人違いだ』
『うん、ボクの子』
『ロスダン、それも違くないか?』
『だめ?』
『鬼さん! あ、あたしも血の涙を流しながら認めたるから、こ、子供に、なり……!』
『その気持ちの押し殺し方、なんか違くねえか?』
冒険者が手にしているのは斧だ。
元々が木を倒すために作られた重量武器だ。
百人力かと思える膂力で横薙ぎにそれを振る。
伝説の武器で豆腐を斬るような光景になる。
そのはずだったが――
『おお、やるじゃねえか』
避けた。
木が。
攻撃範囲から幹が逃れる。
肩を組むかのように組み合わされた周りの枝々がその補助をした。
くの字に回避しながら同時に真上から、あるいは木の幹から枝が伸ばされる。
振り切った体制であり、避けるタイミングはまるでない。
仮に後ろに下がったとしても、そこにはくまなく根によるトラップが敷き詰められている。
そして実際、冒険者は避けなかった。
「鎧よ!」
その一言だけで、着込んだ装備から力場が展開された。
どうあっても回避不可能な攻撃を、真正面から撃退してみせた。
すべて壊れて砕け散る。
木片が壊れて舞った。
「シィッ!」
その中を忍者が通った。
地を滑るように移動し、足首を刈るべくサーベルを振り抜く。
「無駄ですよ、そんなもの!」
だが、そこは冒険者がもっとも狙われやすい部位だ。
一際強固に防護が施されている。
レッグガードを傷つけて終わる。
「ああ、もう、怖いんですって!」
「いいから行けッ!」
そうして、ケイユに乗った鬼妖精が、木の頂点から駆け下りた。
完全な無手、両目は見えず、左腕も失われている。
だが、木村が変形させたルートを通るその最中、牙剥く笑いはしぼむことはない。それは――
「行くぞ」
鬼妖精の言葉に応えるように、太鼓が大きく鳴ったからだ。
良い戦いには必ず来るとされる太鼓ゴブリンが当たり前のような顔で現れ、遠慮のない高速のリズムを叩いた。
+ + +
――やりにくい……
冒険者は、それを認めるしかなかった。
敵となる迷宮主の位置に行くのに幾重にも防衛されている。
行くには切り倒して行くしかないが、それを徹底的に邪魔された。
木は当たり前のように攻撃を回避する。
忍者は攻撃の隙をついて確実に当てて来る。
そして、殺さなければならない馬と反抗期の我が子は不規則なタイミングで攻撃を仕掛ける。
そう、躱される。
当たらない。
確実に殺傷できるだけのダメージが悉く避けられている。
まるでこの斧が強力な磁石であり、敵のすべてが同じ極だとでも言うように。
原因は、わかっていた。
――音、ですか。
聳え立つ木々の頂点、そこから太鼓の音色が絶え間なく響いていた。
さながらこの戦闘を盛り上げる伴奏のようだが、それに合わせて敵の全員が動いている。
いくらか生じる連携のズレが、太鼓のリズムによって補正された。
隙のない連携攻撃に対処するために手を割く必要があった。
その結果、こちらの攻撃は単調にならざるを得ない。
「いくら力があろうが速かろうが……」
子鬼が言う、馬の背に乗り、複雑な軌道を描いて進む。
「テメエの身体は人間で、手は二本しかねえ、どうしたって限界はあんだよ!」
馬から飛び行き、宙で回転しながら蹴りを放つ。
その動きは羽の補正もあり、まったく見慣れないものだった。
どこかあの樹人の赤い剣を思わせる蹴撃は、冒険者の顎を打ち抜く。
「む――」
本当なら、かすり傷にもならない攻撃。
顎先を狙ったところで、脳は僅かにも揺れることがない。
だが、なぜかダメージが入った実感があった。
道理に合わない力。
だが、それ以上に――
「それは、お父さんの戦い方ではない! どうしてそんな風に戦っているんです?!」
「うるせえ! これが今の俺の全力だ! 前の俺がどうとか知るか!」
「あああああッッッ! 教育だ、あなたには教育が必要だ!!」
我が子の非行こそが問題だった。
+ + +
勝利してはいない、だが、押している。
そのような状況を作り出せたのは、たった一人生き残ったゴブリンの太鼓だった。
その音に乗り、その音に合わせ、あるいはタイミングをズラす。
そうした認識と感覚は、鬼妖精から他へと伝えていた。
念話によってすべて伝達される。
次の音でどう動き、さらに次にどう動くべきかを示す。
『へっ……!』
言葉としては伝えきれない。
音に合わせる、というものは感覚的なものであり、言語ではあまりに遅い。
より深く接続した念話で、ようやく可能だ。
『頭、こんがらがるのですが……』
『考えんな!』
『むちゃくちゃ言いますね、この人でなし、鬼!』
『だからどうした?』
『あ、鬼って罵倒してもただの名前呼びにしかなってない!?』
だがそれは、逆を言えば一歩間違えればたやすく崩壊する手法でもあった。
太鼓のリズムに合わせて動くことが鬼妖精しかできない以上、すべての指揮は一人で取る必要がある。
一つでも外せば敗北へと至る。
わずかにでも間違えれば、危ういバランスは崩れる。
だが、別の言い方をすれば、「鬼妖精の指揮によって勝利できる」のだ。
「クハっ」
個人が音に合わせて動くのとはまた違う、音で人を動かす面白さがあった。
自分の手足の延長のように、馬が、忍者が、樹木が動く。
音と攻撃と位置と動作が、寸分の狂いもなくキレイに揃う。
ときに二人や三人が同時に攻撃を繰り出す。
それらの連携の基礎となる、太鼓ゴブリンの叩くそれは精妙を極めた。
コンマ一秒のズレもない。
「この――」
冒険者の苛立ちも当然だった。
速度と力を、連携とリズムが凌駕していた。
「そんな悪い遊びを教えたのは、やはりここの連中ですね!」
『むしろケイユたちが教えられた方なんですが』
『変態に言葉が通じるわけねえだろ』
鬼妖精は吐き捨てるように言う。
均衡は、まだ途切れない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます