変化と後悔
戦いは終わった、というよりも、どうでもよくなっていた。
「くそ……」
鬼は、もう限界だった。
連続でのスキル使用が体力を根こそぎ奪った。
膝をつき、そのままうつ伏せに倒れ、身動きが取れなくなった。
「あ゛ー……」
そんなうめき声を出すことしかできない。
「我ながら、ひどいものです」
その様子を見て、木村も戦うのを止めた。
半壊した己の様子をただ嘆いた。
花別はめくれ上がった髪をわさわさと戻し、とことこ鬼に近づき、しゃがみ込む。
「なあ、鬼さん、忘れてたやろ」
『何をだ』
言葉にするのも限界だったので念話で返した。
「この木村って人な、まだ配下じゃないんよ」
『……マジで忘れてた』
殺せば普通に死ぬ存在であることが頭から抜けていた。
「あかんよ、後腐れなく楽しんで殺し合えるのは、配下同士だけの特権や」
『なんだそれ……』
「あとであたしともやり合おうな?」
『瞬殺される未来しか見えねえ……』
強くなったつもりだったが、それでもまだこの関西弁忍者には追いつけそうになかった。
《瞬走》のスキルよりも、あきらかに速かった。
『だが、ぜってえぶっ殺してやる』
「んふふふ、楽しみにしてるな?」
ふわふわの髪の毛に隠された、あの殺戮マシーンの目が覗き見えた気がした。
この相手と何も気にすること無く殺し合えるのは、たしかに配下の特権かもしれない。
どれだけの殺意をたぎらせても、その痕跡はすべてリセットされる。
鬼が目や腕が奪われたようなことにはならない。
そうしたことで言えば――
――たしかに、いつの間にかこの獣と普通に殺し合ってたなぁ……
簡易的な補修をしている木村の様子を羽で聞きながら、そんなことを思った。
もともとは、「ノービスであること」が気に食わず喧嘩をふっかけた形だった。
それが、いつの間にやらズレていた。
気に食わない相手だからぶっ殺したかった。
だが……
――なんか、もう、いいな……
心のどこかで腑に落ちた。
余計なことを考える暇など、戦いの最後に至っては木村になかったはずだ。
あと新スキルで半壊もさせた。
相手を必死にさせるだけのダメージを与えた。
最後に割って入られたせいで、格付けが決まらなかったことだけが不満だが、別の言い方をすれば不満はそこにしかなかった。
「ひとつ、聞きたいのですが」
「なんだ」
どこか動かしそう口を開閉させながら、木村は訊いた。
「この先、ノービスを殺すつもりはありますか」
「ある」
そればかりは断じた。
顔を上げ、木村を睨んだ。
横にはいまだに花別が立っていた。
「ノービスってのは人間にとっての敵だ、この意見ばっかりは変えるつもりはねえ」
「……」
無言で殺意をたぎらせる獣に、鬼はニヤリと笑った。
「だから、気に入らなきゃ俺を止めてみろ」
「え」
「お前も配下になりゃ、互いに死なねえ身だ。殺して止めるが普通にできるようになる」
常識違いに戸惑う木村をよそに、鬼は再び顔を地面に戻して続けた。
「ノービスは、俺のダチを殺した。その復讐を止めるつもりは一切ねえ」
それに対して、木村は返答の言葉を持たなかった。
+ + +
「おお、動けないんですか? ねえ、動けない?」
「うるせえぞ馬」
「はっはっは、文句があるなら抵抗してみたらどうですかぁ?」
肩を上下させながらスキップする、妙な踊りをしながらケイユが鬼妖精の周囲を巡っていた。
いまだに所在なさそうに立つ木村とは対照的すぎた。
「クソ、調子に乗りやがって……」
「いま鬼が動かせるのって羽だけですか? わー、よく夏場とかに見かける羽虫みたいですねえ。いつくたばるか観察しましょうか!」
「前歯欠けの笑顔を見せつけんじゃねえよ」
「これ、アレです? 実質的に鬼の負けってことですか?」
「あ?」
「だって身動きひとつ取れてないじゃないですか。一方で木村の方は元気に動き回っています、これはもう、勝敗は明らかってことでは?」
「よし、わかった、テメエ蹴り抜く、そこで待ってろ」
「こわいこわーい!」
「人の背中に乗るんじゃねえよ!! 重いだろうが!!」
「おお、これ鋭利な傷跡、うねうねしてます、気持ち悪いですねぇ!」
「人の切り落とされたガントレット観察してんじゃねえよ!」
ケイユは持ち上げ覗き見ていた。
手甲の内部の中央部分には球根があり、そこから四方八方に枝や根を伸ばしていた。
精緻に動くためというよりも、内部を充足させて硬度を上げる形状だった。
片手しか使えない鬼は、どうにか起き上がろうとするがびくともしなかった。
仮にケイユが乗っていなかったとしても起き上がれなかったほどの疲労具合だ。
「……さすがに、戦った直後の人にそのようなことをするのはどうでしょうか?」
木村が半端に欠けたような人型となりながらも、そう言った。
「よし、よく言った、もっと言ってやれ」
「これは配下同士のコミュニケーションですよ?」
「バカがアホやってるって自覚すらねえんだ、もう少しくらい客観的事実を教えてやれ」
「ここだけの秘密ですがね、実はこの鬼、マゾなんですよ、痛ければ痛いほど喜びます、今もこんな風に言っていますが内心では、邪魔すんな、もっとケイユ様にいじめられたい、踏んでなじってたまんねえ、って思っています」
「ねえよ。それって、お前の願望か?」
「ああ!? 喧嘩売ってます!?」
「テメエが直前に言った言葉すら思い出せねえのかこのボケ!」
「なるほど」
木村は真面目な顔で頷いた。
「野暮でした」
「待て、おい、なにがだ!? 遠ざかんな! 戻ってこの馬を一緒にバカにしろ!」
「ふふん、ケイユの誠心誠意の言葉は伝わるものなんですねぇ! ほらほら客観的にもやっぱり鬼はマゾの権化! これで証明されました!」
「んなわけねえだろ!」
「おや、抜け出そうとしてます?」
「当たり前だろ、クソ、力が入んねえ……」
「なるほど、ちょうどケイユもまたがって走るのを体感したかったのです、はいよーッ!」
「ロスダン! ムチとかねえか! この馬の尻をひっぱたくのにちょうどいいやつが!」
「へぇ? ほぉ? そうですか、なるほど……?」
「今の言葉はキャンセルだ! ぜってえこの馬にそれを渡すようなことはすんな!」
「ん、わかった」
「おい、遠すぎてわかんねえが、なんか操作してねえか!」
とても真面目かつ信用できない顔で、何かを探している子供の姿があった。
「マスター、さすが話がわかるぅ!」
「おい、花別! 羽が使えねえからよくわからんが、近くにいるよな! いますぐ俺を殺してリセットさせろ!」
「んー、さすがにこのまんま見過ごすのは気分悪いかもなぁ」
「花別、無駄遣いは、だめ」
「鬼さん、我慢や! ここで苦痛に耐えてこその戦士や!」
「お前はロスダンのこと甘やかしすぎだ! 無駄ってことなら物品取り出しにも迷宮ポイントかかるだろうがよォ!」
思わず叫ぶが、同時に――
「うん?」
近づく集団を感知した。
森林エリアの外から身を隠すこともなく、まっすぐこちらに向かって来る。
そう、考えてみれば派手に戦いを繰り広げた。
まだモンスターが発生していないような環境で、その位置を周囲に知らせるようなことをした。
それは迷宮内に棲み着くモンスターを呼び寄せていた。
「警戒!」
「んっ」
「鬼! リセットしときますか?」
「頼む!」
即座に戦闘態勢へと移行した。
ケイユが立ち上がり、鬼の首を折ろうとするが。
「あー、大丈夫や」
「ええ、無害ですね」
迷宮内を知っている獣と忍者は、平然とそう言った。
「は? いやいや、あれは――」
「うん、ゴブリンやね」
「いや、お前……」
雑魚モンスターの代表のような敵だ。
「花別さん、どういうことです?」
「んー?」
「まあ、ロスダンに大甘な忍者がそこまで無警戒なら、平気なんだろうけどよ」
常識の違いに戸惑う三人と違い、花別は平然とそのゴブリンに話しかけた。
「遅かったなぁ、もう終わっとるで」
そのゴブリンは、ショックを受けたような表情をしていた。
「盛り上げ役失格やな?」
十人ばかりのゴブリン集団、彼らは全員、太鼓を持っていた。
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