冒険者と勇者

斬られた鬼妖精は崩れ落ちる。

多くのモンスターがそうであるように、配下である鬼妖精もまた霧散し、煙のように消え去った。


あの変態冒険者にしてやられた悔しさを抱えたまま、意思は消え失せ、記憶もまた広がる。


それでも、漠然とではあるが感じ取っていた。


迷宮内の幽霊としてあるのか、それとも迷宮そのものと一体化しているのかはわからない。

だが、たしかに事態を理解できていた。


侵入してきた変態冒険者、その姿は前と大きく違っていた。

手足はより太く、強靭になり、武器防具もそれに合わせた強力なものとなった。


かつて怪物から奪い取った斧を振り回し、樹人たちを殺して回る。

その死骸は、鬼妖精と異なりその場にしばらく残る。


彼らモンスターは、復活することはない。

それは、いまだ配下ではない樹人も同様だった。


「それ以上、横暴を許すことはできません」


それを理解した上で、木村は立ち向かった。

すでに獣の形になっていた。


「フッ!」


その枝に絡む赤剣、振り回された不規則な動きは、初見では決して捉えられない。

回避するならともかく、武器で受けることは不可能だと言ってよかった。


だから、冒険者は防御をしなかった。


「どうして、モンスターの許しがいる?」


木村の胴体が、真っ二つに切断されていた。

赤剣が行くよりも先に一閃された。


「ガ……あ……」

「まったく、この程度のものしかいないような迷宮が邪魔をするとは――」

「それをケイユがやらせるわけがないですよねえ!」


トドメの一撃よりも先に馬が突進した。


それこそ《瞬走》じみた速度だった。

馬が持つ複数のスキルを組み合わせて加速し、攻撃力へと変えた。


死角からのチャージアタックは、タイミングとしても完璧だったが――


「まったく、許しがたい」

「え」


無駄だった。

ケイユが蹴りつけた脚が、斬られて飛んだ。

着地のタイミングでもう片方の脚も外れる。


そのまま、輪切りに地面へとばら撒かれた。

苦しみを嫌った馬は、それでも最後まで冒険者を睨んだ。


「こんな――」

「ああ、もう喋るな、不愉快でしかありません」


木村も、同様に殺された。

その頭は砕かれ、赤剣ですらも叩き折られた。


とても退屈な作業を終えたように鼻を鳴らし、冒険者は顔を上げた。


「そこか」


迷宮の中心点、ロスダンのいる場所を見た。

その周囲には、樹人たちの残骸だけが残された。



 + + +



その様子を、鬼妖精はただ見ることしか無かった。

復活の選択権は鬼にはない。自らの意思で生き返ることはできない。


ただ意識ばかりが浮遊していた。


――失敗した。


そうして、声を、いや、意識を聞いた。

ロスダン自身の思考が漏れていた。


――ボクの直感は、ボクのいる場所にしか、効果がなかった……


直感、といったところでそれは感知能力の発展型だ。

周囲の微細な変化を気に留め、そこに意味を見出し無意識に推測する作業を指す。


迷宮内に意識があれば、外の状況まではつかめない。


ちょうど今の鬼妖精の状況と同じだ。

迷宮の内部の様子は苦も無く捉えることができる、だが、外の様子となるとよくよく意思を凝らさなければわからなかった。


『……』


漠然と、そちらに意識を向けてみる。

《 音律結界 》により破壊の限りを尽くされた元ノービス街。そこでちいさなシェルター状となったロスダンの、一部が破砕されていたのがわかった。


あの変態は、力付くでそこから侵入した。

外壁を破壊し、内部にまで滑り込んだのだ。


――このままだと、ボクらは負ける……


迷宮内部であれば、ロスダンの直感は変わらず作動した。

その直感が、「勝機がまるでない」ことを教えた。



 + + +



『負ける、いや……』


そんなことはないはずだ、と鬼妖精は漠然と思う。

ここは普通のダンジョンや迷宮ではない。

元はそうであったのかもしれないが、今となってはまるで違うものだ。


通常、迷宮やダンジョンにモンスターがいるのは「棲み着いている」場合がほとんどだった。

縄張りに入ったものへ攻撃する、そのような本能的な防衛だ。


だからこそ、種々様々なモンスターが一斉に攻撃をしかけるといった事態が起きていない。


この迷宮は、そうではなかった。


オレイアスという一匹の山妖精がいた。

指揮を取り、さまざまな妖精を効率的に運用した。


あり得るはずのない、複数種類のモンスターによる防衛行動だ。

それだけ木村たち樹人たちの暴虐が衝撃を与えていた。


「二度とこうした被害を起こさない」よう、彼らは結託することにしたのだ。

それぞれの場所を適した種族が棲み着き守るのではなく、ひとつの団結した戦力としての対抗を目指した。


頑強なボルダースピリッツたちが盾を手に進み、インプが悪辣な罠を仕掛け、歩く度に巨大化するとされるスプリガンが主力として行く。


軍隊模様に展開し、たった一人の見慣れない「敵」を屠ろうと突き進んだ。

その近くではゴブリンが太鼓を鳴らして盛り上げる。


軍対個人、通常であれば比較するのも馬鹿らしいほどの差だ。


もっとも――それは、「昔の常識」だ。


「だから、どうした?」


たとえばドラゴンの羽ばたきが止められなかったように。

あるいは饕餮ダンジョンの侵略を押し止めることができなかったように。


誰も冒険者の侵攻を止められなかった。


強固な盾は、それを持つボルダースピリッツごと粉砕された。

インプの仕掛けた罠は、大半が踏み抜かれて蹴散らされた。

迷宮の天井にも届かんとするスプリガンの一撃は、片手で受け止められ、反撃の衝撃波で崩壊した。


『レベルが違え……』


どれほどの数の集団で襲ったとしても無駄だった。

存在としての格が違った。

一体、ここに至るまでに殺した怪物の数はどれほどなのか――


『いや、違うのか?』

『なにがですか』

『なんだよ、いたのかよ』


ケイユだった。

先ほど冒険者に殺されたばかりの意識が、いつの間にか鬼妖精の近くにいた。

姿も形も見えはしないが、存在だけは確かにあった。


『配下の待機場所なんだから当然でしょう、先程から鬼が独り言をブツブツ言ってるのも聞いてましたとも』

『聞くな。あー、いや、口喧嘩してる場合じゃねえな、あの冒険者だけどな』

『ええ』

『たぶん、殺してる』

『そりゃそうでしょうよ』

『違えよ、こんな短期間であんだけレベルアップしたんだ、そこらの中ボスを倒したくらいじゃ、あそこまでにはならねえ』

『何を言いたいんです?』

『だから――』


言葉を濁すようなことを言ったのは、鬼自身にも信じられないからだった。


『だから、あの冒険者は、他の冒険者仲間を殺して回って、あんだけのレベルアップをした、って言ってんだ』


冒険者は孤立した存在だ。

その孤立存在が、数少ない仲間を裏切り、殺していた。


『は?』

『それ以外に、あれだけの昇格と武器防具を得る手段がねえ』


もともとは、「冒険者集団が怪物集団を罠にはめて殺した」ことから始まった。

その冒険者集団は全員が昇格し、武器もまた手に入れたはずだ。


その強化し昇格した冒険者の集団を、変態冒険者がすべて殺した。

すべてを奪い、昇格した。


手段はいくらでもあったはずだ。


仲間だと油断したところを突いた。

孤立したものを選んで殺傷した。

そして、食い物に毒を入れた――


『……たしか、経験値でしたっけ? それ、怪物以外はあんまりだったんじゃないんですか?』

『その通りだよ』


冒険者は、怪物を倒してこそ昇格を果たす。

他のモンスターや人間などを殺したところで、あまり強化はされない。


『だけどな、それは怪物を倒すのに比べればしょぼい、ってだけだ』


怪物集団を倒した冒険者たちは、それだけ「経験値を蓄えた存在」だった。


『俺でも知ってるような有名怪物、それを殺して昇格した冒険者ども、そいつらを殺して昇格したのが、あの変態だ』


間接的な形ではあるが、多くの怪物の力を、たった一人に注ぎ込まれた。

変異した力すべてが集中した。


『クソ、考えたくもねえが、あの変態、勇者とかになってねえよな』


勇者――それは仮定上の、あり得るかも知れないとされる変異の形だった。

与太話に近い話を連想してしまうほど、見える冒険者の戦力は圧倒的だった。


軍隊そのものと思える戦力を、あっという間に叩き壊していた。



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