起床と目標

ダンジョンにおけるモンスター、あるいは中ボスの類が一定の期間を経て復活するように、迷宮における配下(サバディネイト)も復活する。

その際に、怪我や毒などの状態は引き継がない、完全に元の状態で現れる。


これは一からの再構成であり、実のところよく似た別個体の復活ではないかとも言われているが、鬼妖精自身の感覚としては「忍者に斬られたと思ったら外にいた」という感覚だった。


「あ、起きた」

「寝ぼすけ過ぎませんか、この鬼」


饕餮ダンジョンだった。

世界最大と言われるそれは、見た目だけで言えば平凡だ。


洞窟の巨大さこそ規格外だが、それ以外の部分はさして変わらない。

整備された道ではないが、あまり凹凸があるわけでもなかった。


鬼妖精は、身体を起こす。

どうやら馬に荷物のような形で運ばれていたようだ。


「……事態がいきなりすぎてついていけねえんだが」

「体、大丈夫?」

「あー、それは、平気だ。痛いところはねえ」


唐突すぎる展開に目を白黒させていたが、たしかに両足の激痛は消えていた。

足の指をグーパーと広げてみるが、違和感の類も存在しない。


左腕についたガントレットもそのままであり、無理なく動く。


「ならいつまでもケイユの尻にすがりついていないで飛んでくれませんかあ? ケイユ、野郎を乗せるの嫌なんで」

「ん? ああ、どこの馬かと思ったら馬か、思った以上にお前って馬だったんだな」

「はああ!? 鬼こそ印象よりもずいぶんちっこいですよねえ? なんです、縮みました? 復活のたびにサイズダウン? 妖精ロードを爆進中ですか? 目指せ手のひらサイズ原寸大鬼妖精してます?」

「んなわけねえだろ、変わってねえ。変わってない、よな?……ロスダン、そうだよな?」

「――うん」

「見えなくてもわかるぞ、絶対に信頼できねえ顔してやがる」


羽を震わせ、浮遊し、周囲を聞いた。

すぐ近くにいるのは馬と子供だ。


馬はケイユであり、どうやら短い角が生えている。

全体として僅かに濡れているようだ。


ロスダンは変わらない。

どこにでもいる子供の姿で、すっとぼけたような表情をしている。


鬼妖精は己の身体をたしかめるが、数センチ縮んだとしても気づきそうにはなかった。


――馬は、たぶんケルピーか。


それも把握する。

人を溺れさせて喰う、馬の姿をした妖精だ。


もっとも、そうした恐ろしい伝承は歯を剥き出しにして笑う顔からは伺い知れない。

良く見れば、前歯の一本も半端にかけている。


「このマスターって妖精迷宮のトップですよぉ? 信頼なんかできるわけないでしょう?」

「たしかにそうだな、俺も当たり前すぎることを訊いた」

「君たち?」


ロスダンに不満そうな顔をされるほうが不満だった。


「というかだ、あの忍者なんだよ」

「花別(かべつ)のこと?」

「そういう名前かよ、なんであんな格好してんだ」

「たぶん趣味」

「趣味って……」

「花別さんですか、明るくて気さくでいい人ですよね」

「嘘つけ!?」

「うん、いい子」

「呑気すぎて大丈夫かとたまに思いますが」

「なあ、俺が見たのと本当に同一忍者かそれ?」


一瞬しか見ていなかったが、どう考えてもキリングマシーンだった。


「ただ花別は、ボクの守護者だから、あんまり外には出せないけどね」

「守護者?」

「うん」

「……なるほど」


少しだけ納得した。

忍者姿や印象の違いではなく、そのあり方について。


ダンジョンを構成するのは、雑魚と中ボスとボスだ。

雑魚モンスターと中ボスを倒したところで意味はないが、ボスを倒せばダンジョンは崩壊する。


同様に、迷宮を構成するのは、雑魚と配下と迷宮支配者だ。

迷宮支配者が倒されたら、迷宮は崩壊する。


外にいるこのロスダンとは別に、迷宮に「支配者」がいた。

そちらこそが本物のロスダンだと言っていい。


鬼や馬が最優先で防護しなければならない存在であり、その最終防衛ラインが「守護者」だった。


「道理で強いわけだ」

「鬼が辛そうだったから、ボクが頼んだ」

「親切ですねマスター」

「でしょ?」

「やり方が納得いかねえけどな」

「鬼も、あんな苦しむくらいならすぐに死ねばいいのに」

「カジュアルに物騒なこと勧めんなよ」

「配下の日常」

「慣れたくねえなあ」


それは戦士的な価値観ではなかった。

いくらでも死んでいい、という心の隙を得たくはなかった。



 + + +



「そういや、なんで俺を外に出したんだ?」

「ん?」

「苦しんでたから復活させた、そこまではいいんだが、迷宮内部で別にいいだろ」

「あー」

「ゴブリンじゃなくて別のモンスターを相手に周回させられるもんだとばっかり思ってたんだが」

「うん……」

「おい、ロスダン?」


子供は生返事だった。

それは、確実に何かを誤魔化すためのものだった。


違ってくれと願いながら、彼は言葉を続けた。


「まさか、まさかと思うが、もうゲームやら戦略書やら遊び道具やらを迷宮内にバラ撒いたとか言わねえよな? 反対しそうな俺を黙らせて、その合間にやったとか、そういうわけじゃねえな? そうだよな?」

「馬鹿ですねえ、この鬼は、まったく……」

「ケイユ、どっちだ、俺が余計な心配をしすぎる馬鹿ってことか? そういう意味だよな?」

「このマスター、人の嫌がることなんて積極的にするに決まってるじゃないですか、もう適当にぜんぶバラ撒いて、迷宮内の時間を加速させて、定着させてますね」


絶望情報だった。

モンスターが余計なパワーアップがするよりも先に潰そうとする対策すら封じられた。


「俺、今はじめて戦いたくねえ、って思ってるわ……」

「がんば」

「応戦すんな! というか危険度が読めねえ環境を自ら作ってんじゃねえよ! どう考えてヤバすぎるだろうが!」

「さっきから、花別からすごく文句が来てる」

「あんだけ強い忍者が苦戦するとかぜってえ駄目な状況だろうがァ!!」

「暇つぶし用に取っておいた遊び道具を無断でモンスター強化に使うなって、こう、抗議が長文で?」

「そっちかよ、なら、そこまで苦戦してるわけじゃ……」

「あとボクの本体が割と危なかったらしいね」

「なんでお前、そんなに他人事なの?」


迷宮内が魔境と化していた。

それは守護者すら越えかねない強化だった。


「鬼、まあ、考えても仕方ありませんよ?」

「……なあ」

「なんです」

「馬、俺と一緒に迷宮周回を頑張らねえか?」

「ケイユはマスターを乗せて移動するというとても難易度の高い試練の最中ですからねえ、残念ですねえ!」

「遠慮すんな、俺といっしょにどういうスキルが生えてるかもわからねえモンスターを倒そうぜ」

「ふははは! 偉そうにしている鬼が悔しそうにしている様子はとても愉快!」

「あ、そのうち二人一緒に迷宮周回はしてね」

「え」

「鬼妖精って移動速度が足りないから、周回効率ちょっと悪いし」

「確かに! ロスダン、俺もそう思ってた! 効率って大切だよな!」

「ま、待ちましょう? 冷静になりましょう? マスター、だって、ほら、ね? アレですよ」

「なに?」

「具体的な言葉が出てきてねえ時点で抗弁とか無駄じゃね?」

「うるさいですよ鬼! ほらその、マスターが危ないですし! 今のこのマスターの姿は、言ってみれば迷宮における外壁です! たしかにある程度の頑丈さはありますが、下手に傷つけられたら外敵の侵入を許します! そんな事態はいけません、そんなことは絶対に駄目です、配下として許容できません!」

「モードを変えるから大丈夫」

「――」

「モード?」

「うん、種類は決まってるけど、割と姿は変えられるんだボク」


長期ダンジョン攻略に、迷宮人の参加が必須となる理由のひとつだ。

迷宮人は望む姿をいくつか取ることができる。


そのうちの一つに「モンスターが侵入できないほどの頑丈なシェルター」があれば、見張りすらいらない休息を取ることができた。


「へえ、迷宮人って滅多にいねからな、その辺の事情はあんまり知らねえんだよな」

「ふふん、すごいでしょ」

「俺がノービスどもを引き連れて来たのは、マジで物知らずの失策だったな」

「ん、でも、次はそこだよ?」

「いや、どこだよ?」


茫然自失とした、どこか虚ろな表情で進むケイユを横に、ロスダンは当たり前のように言葉を続けた。


「饕餮ダンジョンの区画のひとつに、たくさんのノービスがいる場所がある」


それは、怪物集団から得た情報だった。

饕餮ダンジョンは全容こそ知られていないが、それでも外縁部をいくらか調査されていた。


「鬼妖精を外へと呼び出したのも、そのため」

「なにをするつもりだ?」

「え、当然――」


ロスダンは、当たり前のように。


「ノービスのいる区画を滅ぼして、ボクのものにする」


そう断言した。



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