木村と距離
『おお、ようやく戦いになりましたね』
『へー』
『やるなぁ、鬼さん……』
状況が、変わった。
木村が攻撃を続け、それを鬼妖精が回避するばかりだったものから変化が生じた。
「行くぜ!」
「この、なにを……!」
鬼妖精が近づき、木村がそれを遠ざける戦いが描かれた。
木村が駆けるように遠ざかり、鬼妖精はジグザグに加速しながら接近する。
『なるほどなぁ』
『花別さん、なにひとりで納得しているですか』
『ええやん、鬼さんがんばってるんや、応援したり』
『いや、なんであの鬼が避けてばっかりから攻撃に回ってたのか知りたいんですけど』
『どうしようかなぁ、そういう解説けっこう野暮やし』
『花別、教えて?』
『ええで主ちゃん! ええとな――』
『なあロスダン! この念話って俺から切れねえのか!』
木村は近距離では枝を伸ばすことで、遠中距離では赤剣で攻撃していた。
どちらも厄介なものではあるが、実のところ枝による攻撃は致命的ではない。
なにせ、木による攻撃でしかない。
数こそ多いが、剣と違い一撃で致命傷となるものでもない。
鬼妖精は、それに対処してみせた。
二つある攻撃手段の内、片方を無効化した。
『鬼さんは、近距離まで入り込めば戦えるんよ。だから、できたら近寄らせたくない、けど、突き放す手段があの赤い剣しかないんよ』
枝による攻撃は、あくまでも近くの敵を倒すためのものだった。
中遠距離は、赤剣で行う。
『ずっと空振りが続いたからなぁ、そっから学んで、鬼さんは上手いこと避けてるわ』
剣そのものを回転させ続ける攻撃は、まったく見慣れないものでその動きもつかめなかった。
だが、奇襲に近い攻撃であるからこそ、パターンは限られた。
木村が迷宮内で戦った敵は、それで対処ができたのだ。
実戦だからこそ、初見殺しに特化した剣術となっていた。
「この、なぜ……!」
その上で――
『近接戦闘で、鬼さんが上回った、それが大きいな』
木村の全身から枝が生える。
先端を尖らせたそれらが、まるでトラップを踏んだかのような勢いで突き出される。
なすすべもなく穴だらけにされるはずの状況を――
「クハハッ!」
鬼が持つ棒が残らず粉砕した。
破壊された枝は、さすがにすぐには戻らない。
一方的な有利の理由は、未だに左手で行う心臓加速と、敵の攻撃を光点として対処する認識と――
「まさか《瞬硬》が役立つとか、思ってもなかったぜ!」
それだった。
軽く、短時間しか効果のないスキルが、手持ちの武装にも使用できた。
たったそれだけの事実がすべてをひっくり返した。
『もともと踏み込む速度は鬼さんの方が上、そこに、敵をボコボコにできる武器が加わったんよな』
鬼妖精が持つ、根のついた棒は町長が埋め込み、生長させたものだ。
木村が生やしている枝々のそれも、根本的には変わらないものだ。
どちらも木であり、伸縮の動作のために硬さを犠牲にしている。
同硬度同士をぶつけたところで、両方砕けるだけだ。
だが、《瞬硬》により、わずかとはいえ硬さを増せば、話は違った。
赤樫のような硬い木で、桐のような柔らかい木を破砕するような状況となった。
『近寄れば鬼さんが一方的に有利、離れれば一方的に不利になる、そういう塩梅やね』
さすがに赤剣を弾き返すほどの硬さにはなれない。
だが、懐に潜り込んだ妖精に対して剣は使えない。
実力として完全に上回っているはずの獣の方が、一方的に逃げて回っている――
そのような、逆転した状況となっていた。
「グダグダよそ見しながら戦ってんじゃねえぞ!」
残像すら見えそうな速度で近づく。
その動きは既に妖精という域にはない、仮に戦いの妖精がいるとすればこうであろう戦意に満ちた笑いと血まみれの姿で、伸ばされた枝を壊して回る。
「――!」
だから木村は、残る脚七本を使って横へと跳躍した。
有利な距離を確保するためだった。
「読めてんだよ!」
「な――」
無作為に伸ばした枝の一本に、鬼妖精の棒が絡んでいた。
バネのように鬼は前進する、剣は間に合わない。
回転させてから斬る、という剣術はタメを必要とする。
戦闘速度が有利不利をひっくり返していた。
鬼にとっての好機。
次があるかどうかもわからないほどの。
哄笑を上げながら口を開き――
「――」
スキル名を叫ぼうとして、喉にひっかかった。
まるでロスダンがそう命じたかのようだったが、違った。
《 瞬走 》と《 瞬硬 》が統合されます――
頭の中で、そう伝えられた。
「《 瞬迅硬化 》!!」
その名を叫べと、スキルが強制したのだ。
+ + +
《瞬走》の加速から、《硬化》の硬さが叩きつけられる。
スキルは、そのような結果をもたらした。
木村は身を捩り避けようとしたが叶わなかった。
右手で枝を引き寄せながら放った蹴撃は、木村の脚の一本を破砕した。
痛みのためというより、驚きのために獣の巨体が揺れる。
「クハハハッ!」
鬼妖精の全身を凄まじい疲労が襲うが、気にもならなかった。
「どうした、しょせんはお前もノービスか? その程度のダメージでビビってんじゃねえぞ!」
「200歳にも満たない若造がだまりなさい!」
「なんだ老いぼれかよ、反応にぶくても無理もねえなぁ!」
「スキル頼りでよくそこまで胸が張れますね」
「当たり前だろ? 俺が磨いたもんだ、俺が誇って何が悪い!」
戦いの天秤は、さらに鬼へと傾いた。
近距離有利に加えて、中距離の有利まで加わった。
杖を伸ばして獣の体をつかまえれば、慣れないスキルでも「思った通りの地点」へ行く事ができる。
そして、剣での迎撃ですら間に合わない速度で妖精は突っ込む。
これを防ぐことは、柔らかい枝々では無理だった。
単純な蹴りで残らず壊され、胴体にまで突き刺さる。
――《瞬迅硬化》って言ったか、これはいいな。
鬼妖精は、ひとり思う。
それは《瞬走》と《瞬硬》の良いところ取りであり、同時に悪いところ取りでもあった。
《瞬走》ほどには速くはない、剣よりも素早い移動とはならない。
また、一瞬で敵の背後に行けるほどの継続距離もなかった。
様々なマイナス要素はあるが、その分だけ疲労は少なく、使いやすくなった面もあった。
《瞬硬》の方は、まるで違ったものとなった。
元々の硬さは変わらない、その場で立ち止まって使用したところで「ちょっと硬くなったかな?」程度であることに変化はない。
だが、速度が増せば増すほどに硬くなった。スキルをかけた部分の重量が増した。
あるいは――もともとそうした性質を隠し持つスキルであったのかもしれない。
振り回した少し硬くなった枝が、一方的に壊せる状況は出来すぎた。
ただ、そうであったとしても硬度上昇はそれほどではなかった。
明確に感じ取れるほどの重量と硬化の増加はなかった。
今は、まったく違う。
――速ければ速いほど、ぶっ壊せる……!
獣の別の脚も破壊する。
十分すぎるほどの手応えだった。
失われたものを再び得た感覚があった。
もちろん、オーガのときのように、どっしりと構えた戦闘はできない。
だが、特攻じみた速度で、敵をぶち壊すことはできるのだ。
背中の羽が思わず震えるほどの喜びがあった。
――敵からのカウンターが決まれば、俺はあっさりくたばる。
振り抜かれた剣の冷たさを、直ぐ側に感じながらも確信する。
――さらに言えば、加速しすぎりゃ、重さが増して役立たずだ。
前の《瞬走》ほどの速度を出せば、途中で地面に落下して一歩も動けなくなる。
実質、速度制限がついたようなものだった。
それでも――
「嬉しいぜ、真正面から、気に入らねえのを吹き飛ばせる!」
鬼妖精はようやく、戦いのための術を得た。
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