鬼妖精とスキル

外部のダンジョンの様子は、ロスダンが中空に映し出す動画で知ることができた。

あまりにも音量が大きすぎるため、音の類は出ていないが、映像だけでもその凄まじさは理解できた。


木村をはじめとした樹人たちは、その様子を食い入るように見ていた。

特に、村長が粉微塵に砕かれ、消え失せる様子を。


『たぶんだけどさ』


ロスダンは言う。

なんでもないような様子で。


『ちゃんと成功したら、あの威力がたった一人に集中した』

「失敗したから威力が分散して、結界内全部をさらった、ってことか?」

『うん、それだと、あの町長しか倒せなかったよね』

「現状でも、割とオーバーキルじゃありません?」

『うん、凄いよね』

「ロスダン、お前主犯だろ、なんで他人事みてえな顔してんだよ」

『凄いのは結界で、ボクじゃないし』

「わかった、デコピンしてやるからそっから出てこい」

『え、やだ』


彼らがいるのは迷宮内部であり、その中でも中枢と呼べる地点だった。

周囲は野原が広がり、ときおり小さな花が咲いているのも見える。


平凡な、しかし、近頃では見かけないような平和な風景。

それを否定するように円柱状のSF的な機材があった。


その内部では、一人の子供がいた。

ロスダンだった。


この迷宮の、その本体だ。

その姿は、外での姿とあまり変わりはない。

目を閉じ、液体内で浮かび、しかし、おでこを守るようにしていた。


「あー、とな?」


気軽に手をパタパタとさせた人が、そこに割って入り、言った。


「気持ちはわかるけど、あんまイジメんでといてね?」

「誰だ?」


朗らかな人だった。

柔らかい髪の毛が注目を引く、天然のウェーブがかかっているのか目元まで広がり隠していた。

その一方で顔の造形そのものは平凡で、あまり目を引くものではない。


「せっかくなあ、傷一つなく守ったのに、おんなじ仲間に傷つけられるのは悲しくなるからなあ」

「いや、だから、誰だよ。あー、俺は配下で、鬼だとか鬼妖精だとか呼ばれてる」

「うん、ありがと。あたしは花別ね。前にも会ったことあるけどね」

「花別……かべつ!?」 

「うん、そう」

「あの忍者か!!?」

「えー、もう、言わんでよ、照れるよぉ」


何に照れてんだ、というツッコミすらできなかった。

以前の印象と今が違いすぎた。


全身を忍者装束で決めたキリングマシーンと、そこらの店員のような気楽な態度が結びつかない。


「嘘だろ……」

「ふっ、本当ですよ鬼、このケイユ様が保証してやりますよ、そう、どっかの鬼妖精のパイセンであるケイユ様が! お優しくも丁寧に教えてさしあげますよ!」

「すげえな、強い奴はいくらでも見たことあるが、そこまで強さを隠せる奴は見たことがねえ」

「無視しないでくれませんかねえ!?」

「んふふ、すごいでしょー」

「ケーイーユ! ほら、ここに偉大なケイユ様がいるでしょうが! 見えません? ほらほら羽を震わせて音に聞け?」

「うるせえぞ、前歯欠け馬」


現在、ケイユは人型を取っていた。

長い髪をたなびかせて、偉そうに胸を張っているが、その内の前歯の一本は半端に欠けていた。

馬のときにもあった特徴だが、人の姿だとなおさら目立つ。


「はああ!? これはケイユ様のチャームポイントでしょうが、魅力そのものでしょうが、知りませんか? 完璧すぎると、近寄りがたいな、あ、すごすぎて尊すぎて気絶しちゃうな、もうやだリスカしよ、となってしまうのを事前に防いでんですよ、そんなケイユ様の寛大さがわかりませんかこの鬼は!」

「わかるわけねえだろ、わかるのはガキっぽい奴がガキっぽい顔だった、ってことだけだ」

「はっはっは、今の鬼、ケイユよりずいぶん小さいですけどねえ? おやあ、こんなところにちょうどいい感じの肘置きが?」


背丈で言えば、鬼妖精は中学生程度。

ケイユは大学生ほどの大きさだった。


前歯の欠けた全開の笑顔が、上の方にあることを把握する。

羽の震えは、ついでに手足をはじめとした位置関係も理解させた。


――よし、殺そう。


頭の上の手をつかみ、身体を浮かせる。


「ふん!」

「やめ、こら、やめぇ!?」


そのまま地面へと引きずり倒す。

空中腕ひしぎ十字固めだった。


「……ちょうど左腕だな、俺とおそろいにするか?」

「折るどころか引っこ抜くつもりですか鬼!」

「そうだな」

「駄目ですよ引っこ抜いたらケイユがミロの片腕ヴィーナスに!?」

「お前どんだけ自己肯定感が高いんだよ」


いっそ本当に折っておこうかなと、鬼はちらりと思う。

もっと騒がしくなるだけだと予測できたので止めた。


「あっはっは、仲いいなぁ」

「花別だったか、お前も両目が無かったりするのか?」

「ギブ、ヘルプ! 花別さん! 暴力が、ここに純然たる暴力行為が行われています! この迷宮にイジメが蔓延っています!」

「なあ、この馬の減らず口、どうにか止める方法ってねえか?」

「あのなぁ、太陽って東から昇るんよ」

「そのレベルかよ」

「ふはは、この鬼、実は手加減してますね! ケイユ様の威光にひれ伏し力がちょびっと弱まってますね! いやあ、さすがに? やっぱり? ザ・ビューティそのもの、美の化身を目の前にしてはそうなってしまうのなんですねぇ! だってケイユはこうして地面に寝っ転がってもスペシャルであることに変化なしッ!」

「スペシャルクラッチ」

「ひぃやあぁっ!?」


ケイユの悲鳴を背景に、映像内では岩盤すらも砕かれて街が消える様子が映り、やがては静かに凪いで行った。



 + + +



《 身体操作3 》を獲得した。

《 音感2 》を獲得した。

《 瞬走 》を獲得した。


事態の決着を伝えるかのように、それらの表示が頭で聞こえた。


「いままで出てきたもんはわかるが、この《 瞬走 》ってなんだ?」


身体を動かし、音感に頼った。これらが上がることは理解できたが、まったく見も知らないスキルが生えていた。

後ろに数字もついていない、どうやら今までとは違うタイプのスキルだった。


「ケイユにこんな痛い痛いな思いをさせておきながら、よく億面もなく聞けますねこの鬼!」

「折ってないだろ?」

「ケイユは痛いのが嫌なんですよ! なんで痛いとかあるんですか、意味がわかりません! 責任とって鬼が残った右腕を折ってください!」

「なあ、花別、どういうスキルかわかるか?」

「ええとなぁ」

「無視を! 無視をしないでくれませんか! このケイユ様を無視するとは大罪も大罪! 地獄とかに滞在しちゃうレベルのギルティ! そこら辺わかってますか!?」

「あー、なら訊いてやる、どういうスキルだよ」

「おしえませーん! ベロベロバーカ!」


鬼は低く構えた。

次はアキレス腱固めだ。


ケイユは「ベロベロ」と言っている時点で駆け逃げていた。「バーカ!」のときに両手をわさわささせて舌を出すのも忘れない。

草原の遠くで立ち止まり、明らかに人を馬鹿にしたダンスを踊っている。


「……やっぱあの馬、痛い目みとくべきだよな」

「やってみたらいいんちゃう?」

「どうやってだ」

「瞬走は、いわゆるアクション型のスキルやね、体力使うけど素早く動けるんよ」

「ほお」

「ちょ、花別さん!? そういうのをこの鬼に教えたら――」


――《 瞬走 》


スキル発動と同時に、身体が軋んだ。

羽を含めた全身が『移動』に最適化され、身体を進ませた。


それは、瞬間移動の類ではなく、あくまでも実際に走った結果ではあった。

魔法的な要素はなく、物理的な運動でしかない。


ただし、精度がまるで違った。

筋肉繊維の一本単位で調整を行い、骨を、重心を、体内の水分配置ですらも利用して『走行』を実行する。


羽は風を手繰り、加速を促し、心臓ですらも最適の鼓動を打ち鳴らす。

意思が反映される随意筋以外のものですら巻き込んだ走りは、目にも止まらぬと表現していいものだった。


「ぐ――」


だが、代償は大きい。

スキルが終わった途端、全身に重い疲れがのしかかった。


思わず膝をつく。

そこから歩くことすらできなかった。


すぐ前には、両手を上げたケイユが驚きと驚愕を示していたが、すぐに欠け歯を見せる笑顔になった。


「へへーん! ちょっとばかり驚きましたがやっぱその程度じゃないですか! しょせんは新人ですねぇ、物知らずですねぇ! アクション型のスキルとかいきなり使ったらそりゃそうなりますよ、まあ、たしかに? ケイユ様ほどの逸材ともなれば最初から普通に使いこなせますけれども? 鬼程度じゃあ、そりゃねぇ?」

「ケイユ、似たようなスキルを使った後、半日くらい寝込んでた」

「そやなぁ、耳栓も効かんくらい騒いで難儀したなぁ」

「二人してバラさないでくださいよ!?」


なるほど、と鬼は理解する。

つまるところ、これは慣れだ。


身体が『走る最適』に悲鳴を上げている。

この動きに、身体がついていけない。


――つまりは、クソ苦しいだけだ。


通常オーバーワークは逆効果にしかならない。

無茶の結果は身体の破壊であり、トレーニングにすらならない。

普通であれば。


今のこの身体は替えが効く。

いくらでも使い捨てることができる――


顔を上げ、ケイユの位置を把握した。

そこまでの最短を思い描き、言葉を口にした。


「《瞬走》」

「へ、ちょ?!」


身動きが取れないと思える状況ですらも、スキルは発動した。必要な筋繊維があらかた千切れているためか、先ほどと比べれば鈍いものだったが、それでも普段と比べれば雲泥の差だ。


当然のようにケイユに追いつき、その背後へと移動し、その首を裸絞にすることにも成功した。



 + + +



短期間での《 瞬走 》連続使用の代償として、鬼はその場に倒れた。

背中を草花の感触がくすぐる。


隣には絞めて気絶させたケイユもいた。

復讐は果たした。


「クソ弱いな、この身体」

「妖精やしなぁ」

「そういう花別は、背中に羽とか生えてねえんだな」

「邪魔やからなぁ」

「ん?」

「ちぎって捨てたわ」


平然と、とんでもないことを言った。


「……それ、配下として復活する度に生えねえか?」

「うん、生えるよぉ、だから、毎回ちぎってる」

「……」

「こう、ぶちぃ、ってな?」

「いや、身振りでなんかやってるみてえだが、俺からだとわからん」

「羽あるのに、仰向けで寝たらあかんよ?」

「言われてみりゃそうだな」


羽音の跳ね返りによって周囲を把握している。

その発生源を地面に隠したような状態にしておく理由がなかった。


身体は全身がいまだに痛むが、どうにかうつ伏せになり、羽ばたいてみる。

嬉しそうに花別が羽を毟る様子を再現しているのがわかった。

片方ずつ、全身の力を込めて一気にやるのがコツらしい。


「いま鬼さんがやってるみたいにな、羽って音を出すんよ、静かに移動したいならいらんのよねえ」

「だから、もぎ取ったと」

「うん、そう」

「なるほど、アリだな」

「せやろ、せやろ! なんかなぁ、みんなドン引くんよ」

「羽付きだったら、前の奇襲のときにも俺は気づけたかもしれねえ、そこまで身を削ったからこその技術か」

「ふふ、なんか照れるわぁ」

「俺も羽なしでも平気なくらい強くなりてえなぁ」

「んん、でもなぁ、鬼さんはあたしとは方向性がちゃうから、必要やと思うよ」

「そうだな、それでも羽がなきゃ弱くなる、ってのは防ぎてえ」

「それは確かにやね――」


少しばかりズレた会話をしている横では、ロスダンが円筒形から抜け出していた。

ある種の安定装置であるそこは、迷宮内の時間加速の影響を受けない結界でもある。


羽すらない、本当に子供のような姿で抜け出し、頭を振って水気を飛ばす。

そうして、久しぶりに自分自身でもある迷宮の様子を確かめた。


「変なの」


そんな感想しか浮かばない。


『お、主(あるじ)ちゃん、平気かー?』

『うん、だいじょうぶ』

『その大丈夫、って言葉を聞いてて一気に不安になるのどうしてなんだろうな』

『えー』

『主(あるじ)ちゃんが大丈夫いうんたんだから、大丈夫なんよ?』

『……花別、意外とお前、甘々だな』

『ふふん』

『主ちゃんって、見てると甘やかしたくなるよなぁ』

『んなことねえよ』

『ボク、花別すきー』

『ふふ、あたしもやー』

『やべえ、ケイユ、頼むから起きろ。この場に俺一人は耐えられねえ』


ある程度の距離は離れているが、近くにいる花別は非常にだらしない顔をしているのはわかった。


『けど、なんで装置から出てきたん?』

『あ、そうだ、後始末というか後処理しなきゃだった』


言ってロスダンはそのまま近寄った。

木村にだった。


彼らにとっては故郷とも呼ぶことのできない、昔の先祖がいた場所でしかなかった箇所が破滅したのを確認し終えたところだった。

十人ばかりいた樹人の全員が、どこか放心状態で立っていた。


「ねえ、少しいい?」

「……助けを、ありがとうございました。はじめに礼を述べるべきでしたね。遅くなり申し訳ない」

「あー、そういうのは、いいから」


木村は木製獣から、人の姿へと変えていた。

枝々を組み合わせて形作られたそれは、見た瞬間に人でないとわかる、遠くシルエットだけを見ればどうにか誤認する程度の「人型」だ。


「これから、どうするかって考えとかある?」

「……いいえ、我々は復讐にばかりかまけていました、終わった後のことなど、想像したこともなかった」

「そっか」


ひとつ頷き。


「だったら、継がない?」

「……どういうことでしょうか」

「あの場にいた村長は木っ端微塵になって砕け散った、あれ、言ってみれば中ボスとかの類だ。あの地域一帯を支配するのを饕餮ダンジョンに委託されてた」

「……」

「それが、全部消えた。今は空白。その地位を木村が継がない?」

「それが意味するところは――」


樹木によって作られた身体は表情を出すことがない。

けれど、慎重に言葉を探した。

その意図を把握しようとした。


「私達があなたの傘下に入るということですよね」

「うん、そうなると思う」


饕餮ダンジョンの一部が破壊された。

中ボスが倒された。


それでも、物理的につながっている。

饕餮ダンジョンとここまで、洞窟の経路は続いている。


まだ外縁部の、端っこでしかないが、向こうがその気ならすぐにでも戦力が送り込まれるはずだ。


饕餮ダンジョンの一部となる選択肢を取らないのであれば、頼ることのできる戦力は眼の前の面々しかいなかった。


「ボクは、ここを基点として周囲を攻める。ダンジョンを迷宮にする。そのための手助けが欲しい」

「私は元はノービスで、今はこのような姿です、あなたがたにとってはモンスターでしかない」

「だからどうしたの?」


当たり前のようにロスダンは続けた。


「配下(サバディネイト)にしちゃえば一緒だよ、そんなの」

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