不満と爆弾
モンスターを配下(サバディネイト)にする。
それは、実際に体感した鬼だからこそ、不可能ではないと思えた。
その行動は、言ってしまえば「この迷宮に合った形での収納」だ。
元がなんであろうと「迷宮に合った形」として出力される。
『いや、さすがに納得いかねえぞ』
『だめ?』
『いけずやなぁ』
『人間とモンスターは違う、その一点ばっかりは譲れねえよ、一時の共闘なら問題ねえ。だが、完全に同じ陣営で仲間、ってのは受け入れらんねえ』
ファンタジーによって人類が変わった。
ファンタジーからモンスターが溢れた。
この二つを同一視するようなことはできなかった。
『不安?』
『あ?』
『今の鬼妖精が、人間じゃなくてモンスターになったんじゃないか、って不安になったりしてる?』
すぐに答えることはできなかった。
その懸念も、たしかにあった。
迷宮からはモンスターが自然に発生する。
この「迷宮に合った形」となった鬼もまた、そうなのではないか。
木村という獣を配下にすることは、「今の鬼妖精がモンスターと区別がつかない」ことの証明だ。
『それは――』
『つまりビビってんるですね、なーんもできない無能鬼が白旗上げて降参ですかぁ?』
『ああ゛!? 誰がビビってるってんだ馬!』
『あなたですよ、鬼ですよ、スキル使いすぎてぶっ倒れてるどこぞの無能さんですよぉ? いやあ、なんだかんだ言って最後に立っているのはこのケイユ様、偉大の中の偉大、ベストホース連続優勝ともっぱらの噂のこのケイユ?』
羽を震わせて確かめてみれば、確かにケイユが立っていた。
『いや、普通にフラフラじゃねえか、立ってるのがやっとじゃねえか、念話だからって虚勢はってんじゃねえよ!』
『ふ、こ、この程度の擬態も見抜けないとは知れてますねぇ。いえ、ですがそれもビビり鬼なら仕方がないこと、弱々ですしねぇえ?』
「だから、何を言ってやがんだよ!」
思わず声に出して言っていた。
「止めればいいじゃないですか」
返答も、声で返ってきた。
存外、静かな声だ。
「配下として、あるいは人間としてふさわしくないモンスターでしかないと思えば、鬼、あなたが消せばいいんです。たとえ復活しても何度でも、繰り返し、消滅を願うまでやればいい、それだけの話です」
すぐに返答することができなかった。
気に入らなければ力付くで解決する――それは、鬼こそが取る常套手段だった。
「……馬、お前はそれでいいのかよ」
「なにがです?」
「ノービスがここに入り込むのを嫌がってたのはお前も一緒だったはずだ、配下になった途端にそれ以外の奴らも受け入れんのか?」
「え、普通に嫌ですよ?」
「あ?」
「けれど今となっては彼ら、樹精の類じゃないですか、割と妖精とは近しい間柄です、そこまで嫌がるものでもなくなりました」
「そうかよ」
どこか裏切られたような気分があった。
「お、なんです、寂しい? ねえ、寂しい?」
「アホか。俺は、ただモンスターが許せねえだけだ。あいつらに背中は預けらんねえ」
「ははあ、なるほど、そうですかそうですか、この鬼ちょっぴり勘違いしていますね。やっぱり鬼だからですか? 脳みそ成分が角に吸い取られていらっしゃる?」
「今の俺には角は生えてねえ、お前には生えてるなバカ馬」
「これは叡智の証ですが? いえ、ともあれ――」
向こうの、ロスダンたちの方へと向き直り。
『マスター、その木村という樹人、どうするつもりですか?』
『え、だから、消えてなくなったノービス街の、新しい町長になってもらうつもり』
『ですよね』
「む」
「つまりなぁ」
花別が気軽な様子で続けた。
「木村さんとは、別行動やね。違うところで頑張ってもらう、ってことやね」
「……」
「鬼さんは、人がモンスターを使役するのも許せんの?」
鬼妖精が許せないのは、同格であることであり、また共闘だ。
同じ陣営としての味方であることが許しがたい。
だが、距離が離れれば?
あるいは、同格ではなく「別拠点」の使役する対象であれば?
それでも受け入れることができないか、と問われた。
「クソ、みんなして俺の価値観を揺さぶりやがって……」
そして、それでも気にいらないのであれば、真正面から叩き潰せばいい……
――これ以上はただのガキのわがままか?
否定できるほどの根拠を、鬼はもう持たなかった。
言葉としての否定はできない。
だが、納得できないものも、心にあった。
「わかったよ、けどな――」
だからこそ、ひとつ条件をつけた。
+ + +
その後は、いくらかの作業を行った。
村として再建するにしても、さまざまな物資が必要だ。
簡易的な住居を迷宮内で作り、外へと運んだ。
当然、迷宮ポイントが必要だ。
木村を配下とする。
当然、このためにもかなりの迷宮ポイントが必要だ。
掘り起こされたクレーター状の元ノービス街に、ロスダンの迷宮から土を運び入れる。
当然、膨大な迷宮ポイントが必要だ。
結果的に、「迷宮内で木村たちがモンスターを狩った」ことで得たポイントと、先程の戦闘で獲得したポイントの大半は、これで消える予定となった。
「よし」
「よしじゃねえよロスダン!」
「まじで無駄遣いの天才ですよね、このマスター」
「気風がええな、上に立つのがケチじゃあかん、使うときにはパーッと使ってこそや、さすがや主ちゃん!」
「でしょー?」
「なー?」
鬼と馬は顔を見合わせた。
鬼は視線だけで問いかけた、「これ、いつもか?」と。
返ってきたのは沈鬱な肯定だった。
ロスダンを全肯定するやつが入ったせいで、ブレーキが消え失せた。
この先、ロスダンのさらなる暴走が見込まれた。
「ケイユ、お前って苦労してたんだな」
「わかってくれます?」
「あの、私はいまだに事態を理解できていないのですが……」
だからこそ、いまだに所在なさそうに立つ獣をぐいと鬼妖精は引き寄せた。
「このままじゃ色々やべえんだ、この際、贅沢は言ってらんねえ、お前もこっちの陣営に入れ」
「……派閥形成は、危険です」
「木村でしたか、そんなにも暴走列車に乗りたい趣味が?」
「別に反旗を翻したいわけじゃねえ、ただ、ヤベえ事態を止めたいんだよ!」
「そこまでの事態でしょうか?」
鬼は顎で示した。
その先には、ロスダンと花別が戯れる様子があった。
「ここをボクらの拠点とする!」
「よっ!」
「遊園地とかも、いいなっ」
「ええな、あたしも好きやー」
「あと、お菓子の家と、ソーダのプールと、射撃場と……」
「ばんばん造ろなぁ」
木村は向き直り、重々しく頷いた。
「止めましょう、絶対に」
「ああ」
「だめなことをだめって言えることは大切です、ケイユはそれを痛感しました……」
硬い結束だった。
迷宮においては、ときに死よりも恐ろしい無茶振りが起きるのだと、新入り見習いは知った。
「あ、そうだ」
そんな真っ二つに別れた迷宮内の状況も知らず、ロスダンは周囲に向けて気軽に。
「さっきの戦闘でボクの規模が拡大したから、みんな好きなスキルをひとつ選んでね」
そんな爆弾を放った。
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