迷宮と配下

冒険者、いや、ユウシャは去った。

迷宮の外で一度振り返り、そのままダンジョンへと向かった。


足取りは重く、けれど迷いはなかった。

新たな冒険に赴く者の足取りだった。


「マジでここでの時間経過がなかったことになってるのな」


その姿は、侵入して来たときとさして変わらなかった。

ユウシャとして復活したため、いくらか縮んではいるが基本的には変わらぬ姿だ。


「そういう嘘は言わないよ」

「まあ、あの変態に看破系のスキルがあってもおかしくねえか」


警戒を、完全には解けない。

その油断によって冒険者の侵入を許したばかりだった。


老衰死の危機を脱したユウシャが、また侵入してくることだって考えられる。

そうなれば、本格的な終わりだ。


なにせこの迷宮は現在、深刻な迷宮ポイント不足だ、いっそ枯渇状態だと言っていい。


向こうは知らないはずだが、なんらかの形でそれを察知してもおかしくない。

再侵入と滅亡の危険はあった。


だが、それでも全員が一斉にため息を吐いた。

あの巨漢が見えなくなった安堵が、どうしようもなくあった。


「うん、生き残れたね?」


ロスダンの言葉は、全員の実感だった。


「まじで死ぬかと思った、いや、普通に何回か死んではいるけどよ」

「ケイユ、もっとスキルを磨きます……」

「そうだな、俺もだが、実力不足すぎた」

「もっと上手く逃げられるようにしないと……」

「そっちかよ!?」

「当たり前ですよねえ! なんですあのゴリラ! 筋肉が暑苦しいんですよ! 話とか通じないゴリラ・ゴリラが暴れて回ってゴリラったじゃないですか! 文明人は文明するから文明砲なんですよ!」

「意味わかんねえよ! なんだよ文明砲って!? お前は俺の馬なんだからチャージかけろよ!」

「はあ!? 誰が誰のですって!? 次に背中に乗ったらそのまま逃げますよ! 何があろうと絶対に、そう、絶対にです!」

「馬が乗り手に逆らってんじゃねえ! 戦闘時くらいは言うことを聞け!」

「馬じゃありませーん! ケイユですー!」


ロスダンはその様子を見ながら笑っていた。

その両肩を忍者が叩いた。


「主ちゃん……」

「花別、どうしたの」

「もどろ、な?」

「んん?」

「主ちゃん自身の許可があればできるんやろ? もとの姿に戻ろ、な?」


有無を言わせない圧力があった。


「えーと、ボクの場合って、どうなるんだろ……」

「む、無理なんか?! 成長したまんまか!?」

「わかんないけど、このままでも支障はないし、別にいいよね」

「も」


全肯定忍者は肯定の返事ができなかった。

もちろん、という四文字が口にできない。


「ロスダン、忍者が血の涙とか流しそうになってるから、試すだけ試してみたらどうだ?」

「鬼も戻ったほうがいい派?」

「どっちでもいいだろ、別に」

「だよね」

「せ、せやな――」

「声震えてんぞ」

「……鬼さん、なに主ちゃんの理解者みたいなツラしてんの? やっぱあたしの敵か? ライバルなんか!?」

「なんの話だ、あと純粋な殺意をこっちに向けんな」

「すっぽり収まるサイズだった主ちゃんがあんなスラッとしてるんで! 世の中こんなんでええと思ってんか!?」

「どっちにしても変わんねえだろ」

「はあ!???」

「ロスダンは迷宮人とはいえ人間なんだから、普通に成長すんだろ、だから、遅いか早いかしか変わんねえ」


配下(サバディネイト)との違いだ。

四種類に分かれたとはいえ、あくまでも「人間」でしかない。


「あー、あー! 聞こえないー! あたしはなんも聞こえないぃい!」

「花別、たまに変になるよね」

「ほっとけ、実害ある変態になったら殴っとけ」


少し離れたところでは、馬の形となったケイユがこの隙に、小動物型となった木村にこんこんと説いた。


「いいですか、ケイユが逃げよう、っと言ったらすぐに一緒に逃げるんですよ? ケイユ一人なら厳しいですが、二人となればきっと皆がついて来てくれます。あのユウシャとかいう変態を見かけたら一目散に彼方へGOです。ケイユが思うに、ちょっとでも躊躇したのがダメだったんですよ」


言われた小動物は、「それ、いいんですか……?」というように首を傾げた。


「ケイユに賛成してくれてありがとうございます。ちょぉっと今、この迷宮って戦闘に偏りすぎなんですよ、バランスを取るためにも、木村には逃走側に来てもらわないと困ります」


違う、賛成とかしてない、というように木村は首を振っていたが、訳知り顔に頷く馬の目には入っていなかった。


「あの鬼が来てからバトル一色、戦いとか最後の手段なのに初手からファイト全開です、バッカですよねぇ、脳筋ですよね、あんなことだから変態に絡まれるんですよ。真正面からぶつかったら、コミュに飢えたコミュ障が涙流して嬉ションするに決まってるじゃないですか」


鬼妖精はその会話を聞いて頷き、隣のロスダンに訊いた。


「ロスダン、ヤスリとかねえか? 硬いもんを削るやつ」

「あるけど、どうして?」

「どっかの馬の角を研ぐんだよ」


指で示しながら鬼は言った。


「あれで突き刺したら、いいダメージになるのは俺が保証する。せっかくのいい武器があるんだから磨こうぜ」

「なに物騒なこと言ってんですか、というか話を聞いていたのなら理解しましょうよ! ケイユは戦わないんですよ!?」

「謙遜すんな」

「なにがどこがの誰がケンソン?!」

「一度はきっちり俺を殺せたんだ、問題なくいい武器だ」

「は?」


復活するためにケイユの角を利用して自殺した。

それだけの硬さがあることを、身を持って鬼妖精は知っていた。


「いや、いやいやいや?!」

「俺の額の骨をぶっ壊せる程度はできたんだ、マジで普通に攻撃にも使えるぞ、それ」

「本気の真面目に心当たりないんですが!? え、うそ? ケイユ、鬼のことを殺してた?」

「まあ、お前は吹き飛ばされて気絶してる間のことだったな、そういや」

「はえ……?」

「まったく気づかなかったのかよ」

「……そういえば、なんか濡れてるなぁ、気持ち悪いなぁ、くらいは思いましたが、ケイユ、起きてすぐにあの変態に向かう必要がありましたし……」

「な」

「な、じゃないですよぉ!? 不殺逃走馬のケイユのすばらしさをなに台無しにしてくれちゃってんですか!?」

「俺が乗る馬なんだから、俺を殺せるくらいじゃねえとダメだろ」

「完全意味不明な戦士概念をケイユに押し付けないでくれません!? というかケイユは鬼のものになった憶えがありませんが!!」

「なんだよ、あの変態ぶっ殺すのに協力しねえのかよ?」

「逃げるんだったら大賛成で力を貸しますよ!」

「その向きを変えるだけだろうが!」

「完全に方向が正反対じゃねえですかよ!!」


いつものやり取りを無視して、木村ことチョガポリモリンペは見て回っていた。


同じ仲間の、樹人の破片、それらは周辺一帯にばら撒かれた。

鬼妖精から生えて冒険者に砕かれた木の根もそうだが、砕かれ意思を失った。


その大半は地面の栄養として分解されたが、中には挿し木の形で生えているものもあった。


長く長く時間をかけて根を張り、伸び上がろうとしていた。


一度は完全に破壊されたそれらは、元の樹人とは異なるものだ。

人格も記憶も失われ、新たな芽吹いた。


「――」


樹人ではなく、純粋な樹精としてあるそれは、本当の意味で「迷宮内のもの」となった。

この彼らこそ、きっと元ノービス街に植えるのに相応しい。


この迷宮のように、まっすぐにおかしな形で生長するに違いない。


「あ、二人とも、喧嘩はいいけど、殺しはダメだよ」

「なんでだよっ!? 配下の楽しみ奪うなよ!」

「この喧嘩っぱやい鬼に言ってください! もっと厳しく言って止めてください、できるのなら息の根も!」

「迷宮ポイントすっからかんだから、普通の復活だってもう無理だよ?」

「は」

「え」

「おいこれ!?」

「うわ、なんです!? え なんでまだここって迷宮やれているんですか!?」

「残りポイント2ってどういうことだよ! 0/2ってなんだよ!?」

「ちょっと使いすぎた?」

「当たり前だろ! 危機感もてよ?! というか、いくらなんでも限界まで踏み込み過ぎだこのロスダン!」

「これ、戻るんですか? 増えるんですか!? というかケイユたちって迷宮から外に出れるかどうかも怪しくないですか!?」

「えへへぇ」

「なに照れてんだよ!?」

「なあ、二人とも? これは、主ちゃんの決めたことや。言葉が過ぎるで。配下なら、主ちゃんのこの照れ顔を見れただけで元は取れたやろ?」

「鼻血出しながら何言ってんだこの忍者」


まあ、とてもひん曲がって破滅的に騒がしい木々になるかもしれないけれど。




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