ミスと宝箱
逃げ切ることはできた。
あの冒険者から距離を取れた。
しかしながら――
『どうします、この事態』
『こんなことになるとは……』
「あー、まあ、最悪、俺を捨てていいよ、本当に」
問題の棚上げでしかなかった。
『あの変態冒険者は、鬼のことを追ってるんですよね?』
「ああ、そうだな」
『どういう手段かは知りませんが、すごく正確に追跡して来てましたよ、アレ」
『うん、惚れられてるね、鬼妖精』
「冗談やめろ」
『あなたは直接見てないから言えるんです、あれ、ストーカーレベル一万くらいありますよ』
「頼む、冗談だって言ってくれ」
彼は左腕を見る。
その欠損は、もとに戻るかもしれないものだった。
今は、もう不可能となった。
自らの意思で捨て去った。
「あの変態、俺が切断された腕を感知してた、オチだったりしねえかなあ」
『無理でしょう、それ』
「だよなあ」
逃げ出すための手段、一回きりの煙幕として消費した。
『ケイユが思うに、あのストーカー、そういう追跡スキルを持っているのでは?』
「やめろ、アレは冒険者だ、スキルとか発生しねえはずだ」
『冒険者がその手のスキルを使えない、ってわけじゃありませんよ?』
「マジかよ」
『怪物だって、種族によってはスキルっぽいのとか使えるでしょう、冒険者も昇格すればたまにそういうことができます』
「絶望しかねえ……」
『えー……』
コホン、というわざとらしいロスダンの咳払いがした。
『テステス?』
「なんだよ、ロスダン」
『マスター、普通にケイユには聞こえていますが?』
『ちょっとだけ、悪いお知らせがあります……』
嫌な予感がした。
その声色は、やけに真面目だったのだ。
『えーと、皆様? アイテム一覧を参照してください』
「なんだ」
『ほいはい?』
ロスダンと配下同士であれば、どれほど距離が離れていても声を届けることができる。
同様に、思い浮かべればアイテムなどの一覧が確かめられた。
膨大に保存された食料品や武器やその他の物品だ。
ロスダンの性格を反映してか、それらは大雑把にしか分けられていない。
おそらくは収納したそのままの形だ。
『んん、これ、変じゃないですか……?』
「なんか、少なくないか?」
だが、いくらか目減りしているように見えた。
食料関係は違うが、武器関係がごっそり減っている。
回復を始めとしたアイテムは無事だが、鬼妖精ですら知っているような伝説級の武具たち、その大半が参照できなくなっていた。
『ほら、ね?』
「ね、とか言われても困るんだが」
『まさかとは思いますが、マスター?』
『えへへ……』
「なに照れてんだ、このロスダン」
『だって、幻術スキル使いながら収納から出すとか、初めてのことだったし?』
「え――」
『取り出し失敗!? ここに無いアイテム全部、操作ミスって報奨化してしやがりましたか!?』
『急いでたしさあ、仕方ないよ、うん』
「は、はあ!? おい! どういうことだよ!!」
『鬼! もうわかっているでしょう! このバカ愚かマスターは、あなたが今いる迷宮内に、預かった武器防具ばらまきやがったんですよ! 宝箱を探してゲットできる『報奨品』にしたんだ!』
ダンジョンでは宝箱が出る。
それは自然発生のものもあれば、ダンジョンマスターがニンゲンを釣る餌として設置する場合もある。
同様に、迷宮でも宝箱が出る。
自然発生することはあるが、迷宮人が報酬として設置することもできる。
無論、こちらはあまり意味がない。
パーティの運搬役を担う迷宮人としては、有害な機能だとすら言われている。
「もとに戻せねえのか!?」
『無理。だって、もう宝箱に入ちゃってる』
「あんだけあった物資が、全部パアってことか!? 嘘だろ……ッ?!」
『いやいや、あるよ、ちゃんとある、うん』
「この迷宮を探査して、宝箱を開ければ、ってことだろうがよぉ!!」
『ケイユ、すごいかっこいい宝剣とか目ぇつけてたのに……』
「お前は剣とか使えねえだろ!」
『ああ!? 馬が剣士になってなにが悪いんですか!』
「格好が間抜けだろうが!」
『たしかに! 反論できない! やりますねこの鬼!』
「褒められてもまったく嬉しくねえ……」
言いながらも彼は手元の杖を見た。
より強いものに乗り換えるまでの繋ぎでしかないつもりのものだった。
だが、今となってはこれ以外の武器が存在しなかった。
『うん、だから……』
なぜか、肩をぽん、と叩かれた幻影が彼を襲った。
ロスダンが、とてもいい笑顔で親指を立てている幻もまた見えた。
『鬼妖精、がんばって?』
一瞬、意味がわからず呆けた。
だが、現状は明らかだ。
世界最大規模のダンジョンへと挑戦中。
ミスって武器アイテムの一切を失った。ならば――
「回収か? 俺にぜんぶ回収させるつもりなのか!?」
『預かりものだし、無くしたら責任問題だし?』
「その責任を取らせようとする奴は、全員が死んでるはずだ!」
アイテムのもともとの所有者は集合予定地の怪物たちだ。
彼らは冒険者たちが駆逐したものだと予想がついた。
『……協会からの依頼だった』
だが、その言葉には黙るしかなかった。
種々様々なニンゲンを管理する協会は、契約を守らせることに命をかけている。
そこを経由しての依頼となれば、下手に誤魔化すことは難しい。
なにせこれは、ダンジョン探索による損失ではなかった。
ダンジョンを攻略するための、必要な消耗であれば目こぼしされるが、ロスダンの操作ミスによる遺失だった。
最低でも、損失した武器の補填金が要求される。
『ほら、これ、鬼妖精の提案に従って、急いでやった結果だし? 責任の八割くらいは鬼妖精?』
『あー、それは確かに鬼が悪い、命がけで回収しなきゃ駄目です、ものすごく残念ながら、とても頑張んなきゃいけないですね、うん』
「鬼とか言ってるけど、お前らのほうがよっぽど鬼じゃねえか……」
とはいえ、選択肢がなさそうだった。
迷宮配下とは、そう簡単に増やせないものらしい。
ロスダン本人はもちろん、ケイユも馬である以上、あまり戦闘に特化していない。
今、迷宮を探査し、宝箱を回収できるのは、鬼妖精しかいなかった。
『あと、モンスターもたくさん狩って、迷宮ポイントも増やして?』
「なんであのときの俺は、配下になることを了承したんだ……!」
見えない目で天井を見上げる。
だが、結果として、鬼妖精を放逐する話は有耶無耶となった。
冒険者による襲撃はたしかに破滅の可能性があるが、協会による取り立ては確実な破滅だ。
優先事項が変わった。
破滅の未来を回避するため、鬼はデスマーチを要求された。
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