第13話 人間の祈り

『ふう・・・今日の授業は終わりだよ、ルル。』

最後の科目が終わり、少し伸びをしながら心の中で話しかける。


『本当に一日こうしているのね。人間って大変だわ。』

『うん、今は勉強をする時期だけど、お仕事を始めたら、もっと遅い時間まで机に向かったりするかもね。外やお店で働く人もいるだろうけど。』


『・・・シオリには、ずっとこんな風にはならない生き方を勧めたいわ。』

『あはは、私もそう思う。ルルと一緒に楽しく過ごせるお仕事があれば良いよね・・・』

いや、楽しい仕事なんてそうそう無いよと、大人の人達は言うかもしれないけれど。


『さて、今日の授業というのは終わったのよね? さっきの気配を探りに行くわよ。』

『本気なの!? ルル・・・!』

お昼にルルが見付けた黒っぽい気配。梢ちゃんによれば、体育倉庫に昔閉じ込められた生徒の怨念という噂もあるようだけど、それをもう一度調べに行くのは、嫌な予感しかしない。


「おっ、詩織はもう帰るの?」

「う、うん。図書室にちょっと寄るけど、早めに帰るつもり。」


「そっか。じゃあ、また明日ね!」

「うん、また明日!」

帰り支度をしながらルルと話していたら、当然といえば当然だけど、梢ちゃんが声をかけてくる。今度はぼうっとしていると思われなくて、良かった・・・!


『ルル。とりあえず作戦会議したいから、本当に図書室へ行くよ!』

『え、ええ。分かったわ。』

教室を出ると共にルルへ伝え、早足で歩き出すと、少し驚いている気がする。人間、勢いが大事な時だってあるんだよ。



『さて、ルルは本気で、あの場所をもっと調べようと思っているの?』

本棚から手頃な一冊を取り、見た目には読書中ですという体勢を作ってから、ルルに尋ねる。


『もちろんよ。まずシオリは、私と繋がった力の使い方を教わりたいと言ったじゃない。これはちょうど良い機会だわ。』

『うっ・・・それは確かに。』


『それに、シオリはこれからも、何度もここへ通うのよね? よく分からないものを放置していて、本当に良いの?』

『ううう・・・危なそうって分かったなら、もう近付かないほうが良いと思うけど・・・確かに気になるといえば、そうだよね・・・』


『ええ、私もすごく気になるわ。調べに行く理由なんて、それだけでも十分じゃない?』

『それが一番の本音じゃないよね・・・!?』

そういえば、興味本位で危ない場所へ近付いて、異世界から飛ばされてきた妖精だったよ、ルルは・・・


『ねえ、ルル。私は自分の安全も大事だけど、ルルに何かあって居なくなるなんて、絶対に嫌だからね! そういうところもちゃんと考えて、大丈夫かどうか教えて?』

『あ、ありがとう、シオリ。さっき視た時に言った通り、刺激しなければそこまで害はなさそうというのは、本当よ。』


『わ、分かった・・・じゃあ行ってみるけど、他にも注意すべきことはあるから、相談しながらね。』

『ええ、分かったわ。』

ここまで話しておいて、やっぱり怖気づきました・・・とはなりたくない。深呼吸を一つすると、本を棚に戻して歩き出した。



『ルル。周りに人の気配は無い?』

『ええ、大丈夫よ。近付いても問題はないわ。あと、シオリの気配も感じにくくしてあるからね。』

さっきの場所を調べる上でもう一つの問題・・・場合によってはこちらのほうが重大だけど、

『使っていない体育倉庫を調べる怪しい人』になってしまう恐れを、ルルの力で解消してもらい、目標に近付いてゆく。

外はもう夜に近くなっていて、部活動の人達がやって来たりしなければ、確かに人も少なそうだ。


『そろそろ良いわね。シオリ、妖精視フェアリサイトを使うわよ。』

『うん、お願い・・・!』

ルルに応えると共に、視界が切り替わる。


『あれって・・・!』

先程までは、ただの扉でしかなかったものの周りに、黒っぽい色が確かに浮かんでいた。


静かに歩みを進めてゆけば、触れそうなくらいに近付いたところで、私を認識したように、ぴくりと色が動く。


『はじめまして。あなたのことが見える人間です。』

・・・いや、何を言ってるんだと思う人もいそうだけど、挨拶は大事だよね?

あっ・・・黒いものがこっちへ向いて来た。


『その、いきなりでごめんなさい。気になったので来てしまっただけで、特に用事は無いんですけど・・・』

心で呼び掛けた私に応えるように、近付いてきた黒い色が、手に触れた。


『・・・っ!!』

痛みが、負の感情とでも言えるようなものが、触れた場所から伝わってくる。


『シオリ、どうしたの!? まさか攻撃されて・・・?』

『ううん、違うよ。これは、挨拶だから。』

想像だけれど、攻撃だったならこんなものでは済まない。この向こうにいる存在が、自分が何者かを伝えてくれているんだろう。


『その・・・辛かったんですね。大したことは出来ませんけど、お祈りさせてください。』

向こうにある存在が、少しでも安らかであるようにと祈る。

私にルルから借りた以外の力があるわけではないし、何も変わりはしない。ただ少しだけ・・・私の目の前にある黒い色が、薄くなった気がした。



『シオリ・・・大丈夫だった? あそこまで深く接触するなんて思わなくて・・・』

そうしてお別れの挨拶をして、その場を離れたところで、ルルが心配そうに声をかけてくる。


『大丈夫だよ。あの人の持っていた気持ちが、少し痛かっただけ。』

『そう・・・最後は祈ると言っていたけれど、シオリにそんな力があったのね。』


『ううん。触れられたのはきっと、ルルの力。祈ること自体は、この国に住んでいる人なら大抵・・・いや他の場所でもきっと、知っている人のほうがずっと多いよ。』

『でも、妙に精神的な力がこもっている気がしたのよね。シオリは習熟しているんじゃないかしら・・・そうよ、食事の時にしていたみたいに!』

『ああ、そういうこと・・・!』


確かに『いただきます』と『ごちそうさま』なら祈り慣れているかな。それが力になっていると思うとおかしくなって、ルルと笑い合いながら家路についた。

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