黒猫はどこへゆく

第27話 神出鬼没の猫

「よし、今日はお散歩日和! 一週間、何事もないって良いなあ・・・!」

土曜日の朝、窓の向こうに見える穏やかな日差しを見ながら伸びをする。


「言い方がどこか痛々しい気がするのだけど、シオリの住んでいる場所が基本的に平和だというのは、分かってきたわ。」

「うん、先週が特別だっただけからね?」

体育の授業で起きた喧嘩から、私が学校で一番仲が良い友達と言っていいだろう、梢ちゃんが黒い感情を向けられる事態となったばかりか、最後にはお祓いの依頼が神社に行く騒動にまでなるなんて、そうそう起きて良いことじゃない。


私が住んでいる場所は、事件遭遇率が異常に高い物語の探偵さん達が暮らす、終末世界と噂されるような所ではないんだよ!


「まあ、何も起こらない場所は、やがて誰にも注目されなくなる・・・という考え方もあるようだけど。」

「どことなく恐怖を感じるような言い方は止めて・・・!?」

そしていつか、私達も忘れられるように消えていって・・・想像するだけで恐すぎる。何とかの猫じゃないけれど、私やルルは観測されようがされまいが、幸せに生き続けてみせるよ!



「あっ・・・! シオンも平和な毎日のほうが良いって思うよね?」

ルルとそんなことを話していると、うららさんにもらった水晶付きのアクセサリーから、びりびりとした刺激を感じる。お祓いで消滅することを免れた、元・体育倉庫の思念さん・・・改めシオンが、私に意思を伝えてくれているんだ。


「その思念の微妙な揺れが分かるのは、シオリだからこそなのかしら・・・それにしても、あなたが付けた名前、本当に反発されていないのね。」

「うん。思念さんのままじゃ、ちょっと可哀想かなって思ったし・・・それに、自分で決めておいて何だけど、良い名前だと思うよ!」

シオンは物語でよく使われる人名だったり、有名な宗教と関わりのある地名だったりするけれど、お花の名前にもあるんだよ。

秋に咲く薄紫色の綺麗な花! 漢字で書くと『紫苑』だっけ・・・うん、私の名前とも一文字違いで、響きもいい感じだから良し!


「良しって、大丈夫な時とそうではない時、どちらに使うんだっけ?」

「基本的には大丈夫なほうだよ!?」

そうではないほうの事態を招く、二足歩行タイプの猫もいるようだけど・・・それはともかく、こっちの世界について勉強しようとしているのは分かるけれど、ルルが何か毒されてきているようで、私はとても悲しいよ・・・誰の影響なのかは考えたくないけれど。


それはそうと、ルルとお話するのも良いけれど、このままでは日が暮れてしまう。私達はお散歩に行くんだよ・・・!




「こちらの世界でも、少し時が経てば植物や花が移り変わるものなのね。」

ルルが今日も姿を隠しながら、公園を歩く私のそばを飛んでいる。確かに一週間ほど前に来た時よりも、木々の緑は少し濃くなって、この前には無かった花も咲いている・・・その逆もあるけれど。


「うん。今見られる景色は、本当に今だけのものなんだよね。人間が語り伝えてる言葉には、これに近い意味のものがいくつかあって、私はこういう景色を見た時に実感するんだ。」

「あら、人間も良い伝承を持っているのね。」

景色を眺める私達の近くを、犬の散歩をする人が通りすぎてゆく。くんくんと草花の匂いを嗅いで、これもまた平和な光景かな。


「そういえば、人間はあれを飼い慣らしているのね。向こうでは割と危険視されていた気がするけれど。」

「あっ・・・この国ではともかく、すごく近い種類の生き物は、場所によってはいまだに恐れられてるんじゃないかなあ・・・」

うん、平和と危険は隣り合わせかな? ずっと昔に狼を飼い慣らした人達は、すごかったのかもしれないね。


「それから、こういう場所は犬だけじゃなくて、たまに猫も日向ぼっこしてたり・・・あれ?」

ふと見れば、黒い猫がこちらへと近付いてくる。飼い主の存在を匂わせるようなものは、身に付けていないけれど、人に慣れているのか私にずんずんと寄ってきて、にゃあと一鳴き。


・・・すっごく可愛い!! どうしよう、キャットフードの類いなんて持っていないけれど、今すぐどこかへ買いに行ってでも、この子に食べさせてあげたい・・・!


「シオリ、しっかりしなさい!!」

「え・・・!?」

急にルルの声と力を強く感じて・・・あれ、可愛いのは確かだけど、どうして急にご飯を食べさせてあげたいなんて思ったんだろう。


「こいつ、ただの動物じゃないわ。魔力的な力を持っている・・・!」

「ええっ・・・!? あっ、逃げた・・・!」

私がルルの言葉に驚いている間に、ご飯はもらえないと気付いたのだろうか、黒猫は近くの茂みへと駆け込んでいった。


「・・・・・・妖精視フェアリサイトを使っても行き先を探れないわね。逃げ足も速そうだわ。」

「ええええ・・・可愛かったのに、力を使う猫だなんて・・・」


「シオリ、あなたはまだ魅了にかかっているの? 額に一撃いきましょうか?」

「そ、そういうわけじゃないけど、術か何かを使われたことと、可愛いは別なんだよお・・・!」


「ていっ!」

「うっ・・・! 全然痛くないけど、ルルに突かれると心が痛い・・・そうだ、一番可愛いのはルルなのに、私は何を考えていたんだろう・・・」

「どうやら、駄目そうね・・・」

ルルが私を呆れた目で見ているけれど、可愛くてちょっぴり危険そうな黒猫について、これから調べることになりそうだ。

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