第8話 二人でのお買い物

『ねえ、ルル。人が多くて疲れてるとは思うけど、一ヶ所だけ寄っていきたいお店があるんだ。』

いくつかの店舗が集まる場所で、隅のほうのベンチに腰かけながら、私の中にいるルルと心で会話をする。『精神感応』と朝起きたばかりの頃に言っていたっけ・・・


『ええ、構わないわよ。こうしてシオリの中にいれば、そこまで疲れるわけではないし、しばらく休めたからね。』

『ありがとう。それじゃあ出発するね。また少し人の多いところだけど・・・』


最初に考えていた、ルルのための新しいカップを買いに行くのは、また今度にしよう。見た目は少しだけ微妙だけど、お父さんのお猪口はあるわけだし・・・

だけど、これだけはやっておかないと、私達の生活そのものに関わるんだ・・・いざ行かん、駅前のスーパーマーケットへ。


『うっ・・・ちょうどお昼前だし、人が多いなあ・・・ごめん、ルル。しばらく我慢してね。』

『ええ、あまり視ないようにすれば大丈夫よ。何かあったら呼んで頂戴。』

頭の中にルルの声が聞こえなくなる。きっと目を閉じているような状態なのかな。


それはともかく、ここに来た目的を果たさなければ。冷蔵庫の中身を思い返し、入口に貼り出された広告を少し眺めて、買いたいものを頭の中にリストアップ。

特売品に殺到する、慣れた人達のようには行かないけれど、私も気合いを入れなければ・・・!


『・・・シオリ、ただならぬものを感じるけれど、戦場にでも行くつもりなの?』

ルルにも伝わってしまったのか、お休みに入ったはずの声が聞こえてきた。


『うぐっ・・・確かに、ある意味では戦場かもね。』

一円でも安く買おうとする、歴戦の方々のようには、私はまだまだなれないけれど。



『えっと、この辺のお野菜が少し安くなってるから、買うことにするね。何人か先客がいるけど、入り込めないほどではなさそう・・・』

『・・・あの人間達は、何をしているのかしら。さっきのシオリのように、真剣なものを感じるけれど。』

結局、興味が出てきたらしいルルと話しながら、店内を歩いていると、質問が一つ。


『ああ、野菜の鮮度を確認してるんだよ。種類によって、どの部分を見れば分かるのか、詳しい人達は把握してるから。』

『ふうん・・・ちょうど良いわ、シオリ。力を使う練習をするわよ。』

『ふえっ・・・?』

急に告げられて、驚く私に構うことなく、ルルの声が続けて頭に響いてくる。


『さっきみたいに、少しだけ視えるようにするから、あの野菜の山を見てみなさい。何か分かると思うわ。』

『わ、分かった・・・!』

積み重なったお買い得の野菜を前に、視界が切り替わる。

うっ・・・やっぱりまだ慣れないけれど・・・あれ? 水色に似て柔らかそうな雰囲気を感じるものと、そこまでではないものがある。隅のほうに避けられているものは、少し黒っぽい何かが見えるかな・・・


『分かったよ、ルル。これが当たりだね!』

『ええ、もう摘まれてしまったものではあるけれど、生命力を残しているわ。』


よし、まずは一つ確保! 鮮度が良いならもう一つ買おうかな。あっ! 少し横のほうに良い感じのものが・・・隣の人の手にさらわれていった。


『ちょっと、先に取られたわよ? シオリ。』

『ごめん、私が手を伸ばすのが遅かったから・・・さっき言ったよね、ある意味では戦場かもって。』

『人間、恐いわ・・・』

ルルが危機感を覚えてしまったようだけど、気を取り直して次に良さそうなものを確保する。その次の売場も順調で・・・

あれ? これって買い物をする時のチート能力じゃないかな。私も、何かやってしまう側の存在に、足を踏み入れてしまったのかも。



『シオリ、どうしたの? 心が乱れているようだけど。』

『うん・・・今更だけど、この力を使って買い物をするのって、ちょっとずるいんじゃないかと思い始めちゃって・・・』


『随分と心が綺麗なのね。さっきの人間だって、何らかの手段を用いて、野菜に残る生命力を見分ける方法を得たのでしょう? シオリの場合はそれが、消えかけた妖精を助けるというものだっただけよ。』

『あはは、ルルは優しいなあ。うん、そう思うことにするよ・・・』


『そうね・・・それでも気が済まないなら、向こうの人間は精霊に魔力を捧げて、強い魔法を使ったりしていたわ。

 シオリも妖精に捧げものなんてどうかしら? 例えば、あんなのとか・・・』

ルルの視線をたどると、その先には・・・蜂蜜。妖精の力で視てみれば、確かに質も良さそうだ。

ルルはこういうのが好きなのか。異世界の空を自由に飛び回り、花の蜜をぺろりとなめる妖精の姿・・・うん、とても良い!


『もちろん! 可愛いルルのためなら、いくらでも捧げちゃうよ!』

『・・・シオリ、今の発言がとてつもなく危ういものに思えたのだけど。』


『き、気のせいだよ、気のせい!』

私にだって自制心はあるよ、きっと。心の平静を取り戻してから、瑞々しい野菜の入った買いものかごに、美味しそうな蜂蜜も加えて、お会計へと向かった。

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