第9話 昼食と人の業

「ふえええ、疲れた・・・」

お買い物を終えて家に帰ると、どっと疲れを感じてしまう。

ルルのおかげで鮮度の良いお野菜が分かる状況だったから、ついつい多めに買ってしまったし、蜂蜜の瓶も微妙に荷物の重さを増やしていただろうか。


「シオリ、お疲れ様。妖精視フェアリサイトを何度も使っていたから、影響が出ているかもしれないわね。」

「ああ・・・そっちの原因もあるのか。」

私の中から出てきて、妖精の姿に戻ったルルが、気遣うように言ってくる。

常に力を使っているわけではないけれど、今まで見えなかったものが見える状態は、慣れるまでの間はやっぱり負担になるのかもしれない。それに・・・


「もうとっくにお昼だよね。お腹空いた・・・」

疲れというか、力が抜けた気分になるのは、これも大きいだろう。スーパーマーケットに着いたのがお昼前。それからルルと話しながら買い物をして、重くなった荷物と共に帰宅すれば、やや遅めの昼食にもなってしまう。


「そういえば、日が高くなる頃には、食事をする人間をよく見かけたわね。」

「ああ、異世界でもその辺りは同じなんだね。」

朝起きて活動していたら、ちょうど空腹を感じやすい時間帯ということかな。



「そういえば、ルルはお腹空いてないの?」

「ああ・・・人間と妖精の感覚は違うでしょうし、もし足りなくなった時は、ね・・・」

口にしながら、ルルがちょっと目をそらす。うん? これはもしかして・・・


「・・・私の栄養、吸収してたの?」

「ご、ごめんなさい。シオリがここまで消耗しているとは思わなくて・・・」


「ううん、気にしないで。私もルルの力をたくさん借りてるし、それに・・・」

「それに?」


「お腹が余計に空くってことは、美味しいものを多めに食べても良いんだから!」

「シオリ・・・さっき自分の体の柔らかさを気にしていたのは、どこの誰かしら?」

「それは言わないで、ルル・・・」

ここでの柔らかさとは、前屈で手が足の先まで届くといった話ではない。寝心地が良さそうとルルが言うくらい、ぷに・・・もう思い出すのは止めよう。

だけど、二つの欲が相反することだって、人間にはあるんだよ・・・!



「よし、冷蔵庫に残ったご飯があるし、チャーハンにしよう!」

嫌な記憶は置いておくとして、手の込んだ料理を作るには、私はお腹が空きすぎている! 朝食のサンドイッチにも入れたベーコンと、買ってきたばかりの野菜を使えば、具材もばっちりだ。

そしてもちろん、卵も溶いておいて・・・あれ? ルルがじっとこちらを見ている。


「ルル、どうしたの?」

「・・・人間って、生まれる前の生き物も食べるのよね。感覚が違うのは仕方ないけど、気になってしまうわ。」


「あっ・・・妖精としてはこれも駄目な感じ?」

「ええ。蛇が食べているのも見たことはあるから、人間だけが・・・というわけでもないでしょうけど。」


「うん・・・でも人間って、何でも食べようとする性質はあるのかも。

 すごいところだと、毒のある生き物の一番危険な内臓を、長い時間をかけて毒抜きして食べる方法が伝わっていたりするし。」

「何よそれ・・・長いってどれくらいなの?」


「ルルには『年』の感覚が無いかもしれないから・・・日が昇って沈んで、また同じところへ昇るだけの時間を、700回以上・・・1000回くらいって聞いたこともあるかな。それくらいかけて食べられるようにするの。」

「・・・・・・は?」


「やっぱりそういう反応になるよね。昔の人が編み出したやり方なんだけど、現代の私達だって思うんだよ。なんでそこまでして食べようとしたの? って・・・」

「人間って、分からないわね・・・」

ルルの瞳が、宇宙を見つめる半流体動物のようになってしまった。まあ、人間はそれくらい、食べることに貪欲なのかもしれないってことだよ。



「今のは極端な例だし、人間の中でも動物由来のもの・・・卵やお肉を食べないという考えの人もいるよ。だけど、食べる人のほうがずっと多いし、人間が生きるための栄養が豊富なんだ。単純に美味しいって意味でも、私は卵が好きだし。」

「美味しい・・・・・・」

うん、今は妖精の力を借りていないけど、ルルの心が揺れ動いているのが分かる。


「そうだ、言い訳みたいになるけど、この卵は『無精卵』なんだ。どれだけ温めても、最初から雛鳥の命は宿っていないよ。」

お店で売られている卵は、ほとんどが無精卵だと聞くし、これを買ったお店は有精卵をちゃんと表記していたから、もちろん適当に言っているわけではない。


「・・・・・・ええ、そのようね。シオリ、私も少し食べていいかしら?」

「うん、もちろん!」

卵をじっと見つめてから、ルルが口にするのを聞いて、私は卵を割って溶き、チャーハンを作り始めた。



「ふわあああ・・・! 何よこれ! 私の中でふわふわしてるわ。このコメという穀物も、さっきの野菜も美味しいじゃない!」

「うん! 我ながらよく出来た。ルルも喜んでくれて嬉しいよ。」


小さなお皿にちょこんと乗ったチャーハンを、ルルが美味しそうに頬張っている。ちょっと私の我儘が入ってしまったかもしれないけど、一緒にご飯を食べて美味しいと言えるって、やっぱり私は幸せだと思うな。

・・・ルルへの言葉が嘘にならないよう、卵を買う時は毎回無精卵かどうか、ちゃんと確認しよう。


「そうだ、ルル。私が食べる時にいつもやってる、『いただきます』と『ごちそうさま』のこと、ちゃんと教えるね。」

「あら、何か真剣そうな気持ちが出てるじゃない。もちろん聞かせてもらうわ。」

うん、色々なものを食べる私達だから、こういうところは大切に。ルルは私が巻き込んでいる面もあるから、このこともしっかり伝えておこう。

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