第10話 明日のために

「はい、ルル。さっきの蜂蜜だよ。」

「ありがとう、シオリ。ん~~~!! やっぱり花の蜜は最高ね。」

スーパーマーケットでルルが欲しがっていた蜂蜜を、小皿に掬って出せば、口にすると共に幸せそうな表情が見えてくる。


「ルルは元の世界にいた頃、こういうものを食べていたの?」

「ええ。花から蜜を少しもらう代わりに、病気になりにくい加護を与えたりしていたわ。

 中には特に美味しいのもあって、他の妖精や気性の荒い生き物がいると、取り合いになったりもしたわね・・・」


「うわあ・・・どこにでもあるんだね、生存競争って。ちなみにこの蜜は、人間が蜂さんにお家を提供して、そこに集められたのをもらったものだよ。」

「ああ、さっき蜂蜜と呼んでいたわよね。蜂も優しい子ならいいんだけど・・・時には、お礼と引き換えに別の場所まで運んでもらったりしていたし。」


「何、その移動手段・・・!」

「蜂って力が強いし、すっごく働き者なのよ。種類によっては怖い子もいるけど。」

「うん、その辺りは人間にも知られてるかな。体の大きさや意志疎通的に、実際に移動に使われることは無いけど。」

自分の体が小さくなって、鳥や他の生き物に運んでもらうファンタジー作品なら、それなりに数はあるのかな。それを実行できるのは、手のひらサイズのルルだからこそだろうけど。



「ふう・・・こんな風に過ごす日曜の午後というのも、いいなあ・・・・・・あっ。」

「どうしたの? シオリ。急に焦りのような感情が見えてきたわよ。」


「わたし、じょしこうせい。しゅくだい、わすれてた・・・」

「ちょっと、シオリ・・・!? 正気に戻りなさい!」

ルルが私のそばへ飛んで来て、頬をぺちぺちと叩いてくる。嫌なことに気付いてしまった直後から、ここではないどこかへ逃避しようとしていた私の意識は、ようやく元に戻った。



「・・・なるほど。この世界では、独り立ちするまでの人間は集団で学ぶものなのね。」

「うん。住んでる場所や個人の状況によって色々あるけど、基本的にはそんなところだよ。」


「それで、明日までにやっておくべき修練のようなものが、まだ出来ていないと。」

「う、うん。昨日の夜にでもやっておけという話だけど、ルルのことを考えてたら、すっかり忘れちゃって・・・」


「た、確かに、あの時はシオリの中へ入ったきりだったし、心配をかけてしまったわよね。ごめんなさい。」

「ううん、忘れてた私が悪いだけから。

 ただ、これから頑張らなきゃいけないから、ルルのために時間を使うのが、終わるまで難しいんだ。ごめんね・・・」


「私を気にすることなんて無いわよ。しっかりやりなさい。」

「ありがとう、頑張るね・・・」

そして私は、戦場へと向かう。宿題と自分の脳がぶつかり合う、とても孤独な・・・



「はあ? 何なのよ、この引っ込み思案な人間は。言いたいことがあるなら、はっきりと伝えるべきでしょう!」

「あはは、そういう物語だからね。それで、この時の登場人物の気持ちを答えよ・・・と。」


「・・・これが、シオリと私が今いる場所の記録ってことよね。戦いばっかりしているんじゃない?」

「長い歴史の中から、何か起きた時のことを抜き出すと、そうなっちゃうのかもね。実際には離れた場所で、時間も空いてるんだけど。

 ・・・それはそうとして、色々と修羅場すぎるだろうと思う時代はあるけど。」


「何よこの文字の連続。どういう意味かさっぱり分からないわ。」

「これは方程式と言ってね、何かの計算をする時に使うんだけど・・・大丈夫、私もよく分からないから!」

「・・・シオリはそれでいいの?」

「だめです・・・うわああああん・・・!」

「辛かったのね。私が慰めてあげるわ。よしよし・・・」

「ルルうううう・・・!!」


いや、全く孤独ではなかった。説明に多少の時間は使ったけれど、話しながら問題を解くだけでも気分は大きく違う。

・・・苦手科目ではまた正気を失いかけたけれど、どうにか日が沈む頃には、全ての宿題を終わらせた。



「気力を使い果たしたので、今夜は残り物サラダとお茶漬けです・・・! ルル、ごめんね。」

「何を言ってるのよ。私はシオリから直接もらえば良いのだから、自分のことを大事にしなさい。」

「ありがとう、ルル・・・蜂蜜は食べる?」

「そ、それはもらうわ。」

うん、簡単な夕食でも、花の蜜とルルの笑顔があれば、私には華やかだよ。


「それで、明日から5日間は朝から夕方まで学校に行くんだよね。

 ルルは・・・私から多少離れても大丈夫なら、家の中で自由に過ごしてもらって構わないけど。」

「いいえ、私もシオリの中にいれば、問題ないのよね? せっかくこの地に飛ばされてきたのだから、人間の営みというものを眺めるのも良いわ。」


「分かった・・・! あっ、先生によっては話を聞くのも退屈だから、寝てていいからね。私も意識が飛んでるかもだけど。」

「・・・なるほど。そんな時には、シオリを中から叩き起こせば良いのね。」

「うぐっ・・・た、助かります・・・」


「まあ、初めてのものを見るのは楽しみよ。シオリが一緒なら尚更ね。私には気を遣わないで良いから、人間が学校でやるべきことを、ちゃんとやりなさい。」

「ありがとう。明日からもよろしくね、ルル。」

ルルが目を覚まして、二人で過ごす実感を持つようになった初めての一日が、とても濃密だった時間が、もうすぐ終わりを迎える。


明日からも波瀾含みな気がするけれど、どんな日々が待っているのかな。

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