第31話 黒の衝突

「あわわわわわ、ど、どうしよう・・・!!」

たった今ルルから聞いた、結界らしきものに囲まれているという状況に、頭の中が真っ白になる。


「落ち着きなさい、シオリ! 周囲からあいつと同じような気配を複数感じるわ。分裂するとか、結界の基礎でも日頃から作ってるような習性があるの?」

「ぶ、分裂はしないと思うけど・・・」

猫は流体生物という説は根強いけれど、いくらなんでも強化個体になったくらいで、それは考えにくい。あ、でも猫ってことは・・・


「あちこちに自分の匂いをつけて、縄張りを主張する生き物だから、同じ気配ってそういうことかな・・・」

「つまり、私達は迂闊にもその中へ踏み込んでしまったと・・・」

「はい、知ってたはずなのに頭の片隅にも浮かばなかった、私のせいです・・・」

術が使えるような猫をゲーム気分で追いかけて、こちらが攻撃される可能性を忘れていたとか、自分が情けなくなってくる。


「まあ、今更言っても仕方ないわ。それから、急にあいつの気配が強くなった気がするけど、周りが暗くなってきてることと、何か関係はある?」

「言い伝えで聞いたことしか知らないけど、多分すっごくある・・・」

さっき頭に浮かんだ逢魔時おうまがときもそうだし、妖怪にまつわる話って、被害に遭うのは夜が多いよね。つまり、あの猫がそっちに寄った存在なら、強くなってきている理由も分かるし・・・


「あっ、もう一つ思い出した! 猫って明け方と夕暮れ時に、動きが活発になると言われてるんだ!」

夜行性なんて言われたりもするけれど、実際は少し違うみたいだよね。獲物が活動する時間に合わせてるとか、どこかで読んだ気がする。それはそうと今は、あの黒猫はバフが乗りに乗った状況とも言えるわけで・・・


「・・・とりあえず、無事に帰れたらシオリの額に用事があるわ。」

「ごめんなさいいいい・・・!!」

手のひらサイズのルルにデコピンされても全然痛くないけど、心はすごく痛い・・・! 本当に私のバカバカバカ・・・!!



「っと、ゆっくりしてもいられないわね。」

「ひっ・・・!!」

唸り声が聞こえてきて振り返れば、さっきの黒猫が敵意むき出しの表情。こっちが縄張りに侵入してきているんだものね、そりゃ怒るよね・・・


「とりあえず、私の魔法で結界に穴を開けられれば・・・!」

ルルが手を前に出して、力を込めるような表情。私も何か手伝えるかな・・・少しだけ妖精の力を借りて、視えるようにする。


「くっ・・・! 私の身体くらいに開けるのが精一杯ね。向こうがあきらめるのを待つしかないの・・・?」

ルルが顔をしかめるのと同時に、私の視界が切り替わると、そこには膜のようなものに開いた、ルルがやっと通れるくらいの小さな穴・・・それを認識した瞬間、私の体は自然と動いた。


「っ! シオリ!?」

驚く声に構わず、私の手でルルを結界の外へと押し出す。


「私の身体は大きいから、猫が相手なら簡単には死なないよ。ルルだけでも安全な場所にいて。」

「ふざけるんじゃないわよ!! ・・・くっ、もう手段が無いわ。シオリ、私が戻ってくるまで何かあったら、承知しないからね!!」

ルルが声を上げながら飛び去ってゆく。うん、これでいいんだ。全部私のせいなんだから。


あとは向こうの気が済むまで私が殴られる・・・猫だから、噛まれるか引っ掻かれるかな。もしくは妖怪的な力が弱まるだろう、朝が来るのを待てばいい。あっ、でも大体12時間か、長いなあ・・・私って本当に考えなしだ。


もし傷口から菌が入って、命が危ないなんてことになったら、うららさんにルルのことをお願いしよう。そのくらいの力はありそうだし、遺言ならあの人も聞いてくれるよね? ああ、色んなところに謝らなくちゃなあ・・・


「~~~!!」

そんなことを考えている間に、黒猫がいよいよ恐ろしい声を上げて、私に近付いてくる。少しだけ視えた色はどす黒くて、辺りに渦を巻くようだ。


「さあ、来るなら来い! すぷらったの覚悟は少しできてるよ!」

精一杯の私の強がりなんて、気にも留めない様子で、ついに真っ黒な気配が私に飛びかかり・・・


「・・・っ! シオン!?」

私が持つ水晶から飛び出した、もう一つの黒色が、それを弾き返していた。

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