第32話 決壊

「シオン、ありがとう!」

私に飛びかかってくる、どす黒い気配を纏った黒猫を、シオンが弾き返す。そういえば、まだ体育倉庫にいる思念さんだった頃も、悪意に反応していたよね。

うららさんに水晶の中へ封じられて、私のところへやって来た時も、悪意が近付いてきたら自分が守るというように、痛みを伝えてくれていたよね・・・


「あっ、それは危ないよ!」

少し怯んだ黒猫に向けて、今度はシオンが黒いものを伸ばしてゆく。だけど、少し視える状態の私には分かってしまう。力が強いのは、向こうのほうだって。


「~~~!!」

私が予感した通りに、シオンが伸ばした黒いものは、唸り声を上げる黒猫に弾かれて、水晶の中へと戻ってくる。


「シオン、無理はしないで。守ってくれただけで十分だから!」

次は私が頑張る番だ。閉じ込められた結界の中をぐるりと回るように走り、黒猫から距離を取る。もちろん、向こうだって許してくれそうにないけれど、危ないところまで近付かれたら、シオンがぴしゃりと反撃してくれる。あとはこれの繰り返し、体力勝負だ・・・!




「・・・・・・私に体力なんて、あるわけなかったよう・・・」

もう何度、同じことを繰り返しただろうか。いや、あまり時間は経っていないようにも思えるけれど、何にせよ数える余裕なんて最初から無い。

梢ちゃんにランニングを勧められて怯えていたのは、どこの誰だっけ。体力測定のトラウマ、シャトルランの記憶がよみがえってくる。嫌だよ、こんな走馬灯・・・


息はもうとっくに切れて、ぜえぜえ言いながら走っている。シオンが出してくれる黒い思念の勢いも、だんだんと弱まっているのが分かる。


「ねえ、シオン。辛いと思ったらもうやめて。あなたが消えちゃうほうが、私は嫌だからね。」

手の中にある水晶をぎゅっと抱きしめる。シオンがいなければ、私はとっくに傷だらけだろう。

だからそれを耐えることも、今はもう恐くない。


後ろから唸り声が聞こえて、疲れた様子もなく黒猫が近付いてくるのが分かる。呼吸を整える暇もなくて、次に走り出す時には私はへたり込んでしまうかもしれない。痛いの痛いの、来るならなるべく優しくして。


少し遠くなりそうな意識の中で、迫り来る黒猫をじっと見ていたら・・・周り全てが弾け飛ぶような衝撃が、辺りを包んだ。



「え、え・・・?」

思わずしゃがみこんで頭を抱えていたら、ばたばたと足音が聞こえて、辺りに光が走ったように感じる。

恐る恐る周りを見れば、さっきまであった黒猫の結界も、どす黒い気配も、跡形もなく消え去っていた。


「大丈夫? 怪我はないかな?」

「あっ、あの時の・・・!」

私がルルと初めてお出かけした日に声をかけてくれた、うららさんの友達でもあるという格好いい女の子が、いつの間にか傍に立っている。


「外傷はないようですが、念のため回復魔法をかけておきますね。」

「ふえっ・・・?」

気付けばその隣から、とてつもない金髪美少女という感じの人が、私に光を当ててくれている! ルルが感じてたもう一人って、この人なのかな・・・?


「そうだ! ルルに・・・私と一緒にいた妖精に会いませんでしたか!?」

結界の外に押し出した時、安全な場所にいてと伝えたけれど、その後どうしたのかは、こちらが逃げ回るのに必死で確認できていない。


「うん、もう少しで着くと思うけど・・・出来れば早めに触れてあげて。」

「え・・・?」

格好いい人が向く先を見れば、別の足音と気配・・・って、うららさん!? 急に緊張が走ったのは許してほしい。


「詩織さん、無事だったのね。色々と言いたいことはあるけれど、まずは妖精を見てちょうだい。」

「・・・っ! ルル!!」

うららさんの手の中には、ぐったりとした様子のルル。その身体はうっすらと光に包まれている。


「うちの神社の結界に、すごい勢いでぶつかってきたのよ。驚いて外に出てみれば、自分がぼろぼろなのも構わずに、詩織さんを助けてほしいって。すぐ二人に連絡したわ。」

「ええっっ!!」


「応急処置として回復魔法はかけています。妖精であれば、多少の効果はあるでしょう。」

「あ、ありがとうございます・・・」

いや、今はルルのことで頭がいっぱいだけど、さらっと重大な情報が出てきたよ? この金髪美少女さんも異世界の人ということだよね・・・


「でも、一番効果があるのは、繋がっているあなたが触れてあげることだよ。さあ、早く。」

「は、はい・・・! ルル、聞こえる・・・?」

格好いい人に促されて、うららさんの手からルルに触れ、そのまま胸元へ引き寄せる。


「ええ、聞こえるわよ、シオリ・・・」

目を開けたルルがこちらを向いて、弱々しい声で言った。


「もう・・・安全な場所にいてって言ったのに、無茶をするんだから・・・」

「・・・無茶をしたのはどっちかしら?」


「うっ、ごめん・・・・・・ルルが助けを呼んでくれなかったら、本当に危なかったよ、ありがとう・・・・・・」

「ええ、無事なようで良かったわ。少し休ませてもらうわね。」

「うん、好きなだけ私の中で休んで・・・!」

ルルが光になって、私の胸の中へと消えてゆく。その存在を、身体で確かに感じる。良かった、本当に良かった・・・!

ほっとしたら、急に目の前がぼやけてきて、しばらく止まりそうにないくらい、自分が泣き出しているのに気が付いた。

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