第15話 感情の向く先

「うう、今日は体育があるから憂鬱だよお・・・」

朝起きて、体操服を鞄に入れようとしたところで、気持ちがすっと落ち込んでしまう。私にとってはいつものことだけど・・・


「朝からどうしたのよ。随分と嫌そうな感情が出ているじゃない。」

うん、ルルにはやっぱり心配をかけてしまうよね。事情は説明したほうが良いだろうけど・・・


「たいいくにがて、みんなでおきがえにがて、からだをうごかすのはもっとにがて・・・」

「ちょっと、意識を戻しなさい! シオリ、シオリ・・・!!」

はっ・・・! あまりに嫌すぎて、また意識が飛んでしまったようだ。

私が通っているのは女子高だから、とんでもない意味ではないけれど、同性ばかりだろうと苦手なものは苦手なんだよ・・・!


「それで、みんなで着替えるのが苦手って、私と毎日お風呂・・・そういえば、私が最初に服を消した時、恥ずかしがっていたかしら?」

「うん・・・でもルルの体がすごく綺麗だったから、何か吹っ切れたような気もするけど。」


「じゃあ、他の人間達と着替えるのだって、同じことじゃない。」

「る、ルルだけだよ。私が見られてもいいって思うのは。」


「・・・シオリがそういう風に言う時って、何かとても危うい感じがするのよね。」

「き、気のせいじゃないかなあ・・・」

もしくは、ルルはやっぱり魅力のスキルとか持ってるんじゃ・・・?


「と、とりあえず、ご飯食べて学校行こうか。」

「ええ。それが良いと思うわ。」

妙な空気になりそうだったところを、どうにか引き戻して、私達は学校へと向かった。



『・・・とりあえず、シオリが体を動かすのは苦手と言っていた意味は、分かった気がするわ。』

『うええええん・・・!』

そうしてやって来た、体育の時間。ルルにもきっと伝わるよね。準備運動の時点でもう怪しくなりつつある私のことが。そして・・・


『その、バスケットボールという人間の競い合いはよく分からないけれど、初歩の動きである球体を操るのが、シオリには難しいのね。』

『うううう・・・ボールが勝手にどっか行くんだよお・・・!』


『最初にシオリがそれを下に落とす時、方向と強弱を上手く調整すれば良いのではなくて?』

『頭では分かってても、身体が付いてこない人間だっているんだよ、ルル・・・』


『まあ、人間に限らず、魔法を使う時とかにそういうことはあるみたいね。

 ・・・って! シオリ、そんな状態で実戦に入るの?』

『体育の授業だから、一回くらいは形だけでもやるよ。大丈夫、苦手な人同士で組むことになるから。』

ルルが少し驚いているけれど、授業だから仕方ない。私は必敗の戦場へと歩みを進めた。



『なるほど。敵味方関係なく、誰かがあの籠に球を入れてほしいという祈りを込めたものなのね。面白い習慣だと思うわ。』

『そんなことが起きるのはきっと今だけだよ、ルル・・・』


『それに、シオリも二回くらいは思ったところに球を落とせたようだしね。』

『うっ、リアルな数字が心にくる・・・』

他の生徒達も試合に入る中、ルルの真っ直ぐな言葉に私は少し心に傷を負った。


『あら、シオリとよく話す人間が出てきたわよ。』

『あっ! 最後の組だから、一番上手い人達かな。梢ちゃん、やっぱりすごいなあ・・・』


『それから、よく黒い感情を互いに向け合っている人間達も同じ側なのね。大丈夫なのかしら・・・』

『あわわわわ・・・単純に上手い順で適当に分けてるから、不幸な事故が・・・!』

いや、普段から生徒全員の相性をチェックするほうが難しそうだし、ここであからさまに別にしても、贔屓ってことになるよね。人間社会って難しい・・・私も人間だけど。


『ま、まあ、この何分かだけでも、仲が悪くないよう装ってくれればいいんじゃないかな。』

『あら、片方の人間が球を取られたら、もう片方がすごい目で睨んでるわ。』

『ひいいいいい・・・!』


『あっ、今度は球を取りに行く動きを利用して、あからさまにぶつかったわね。そしてもう片方が反撃。掴み合いの戦闘開始というところかしら。』

『もう止めてえええ・・・!!』

こんなところでお約束のような喧嘩なんて、私は見たくなかった・・・



『あら、シオリとよく話す人間が間に入ったわよ。両方を止めて・・・いえ、強い口調で何か言ってるわね。』

『今は授業中だから、先生やみんなに迷惑かけてるって二人を叱ってるよ。梢ちゃん、すごいなあ・・・』


『・・・シオリ、妖精視フェアリサイトを使ってみてはどうかしら。』

『えっ? う、うん。お願い、ルル・・・!』

ルルに言われるがまま、慌てて心の準備を済ませたところで、視界が切り替わる。


『・・・っ!! 黒いのが、梢ちゃんに向けられてる?』

『ええ、さっきの人間達の怒りが、そちらに向いたようね。

 ・・・シオリも、気を付けなさい。私も力が使える限りは何とかするから。』

『ありがとう、ルル・・・梢ちゃんにも、私は何か出来るのかな。』

思わぬ心配事が生まれてしまったけれど、私に出来ることを、考えなくちゃ・・・

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