第14話 夜の気配

『もう、すっかり暗くなっちゃったね。』

体育倉庫の黒っぽい気配・・・触れれば痛みを覚えた誰かの思念を調べて、帰り道を歩いていれば、辺りはもう夜の景色になっている。


『それはそうだけど、ここにしてもシオリの家にしても、光を放つものがあるから、そこまで暗いという感じがしないわね。』

私の中に入ったままのルルからすれば、感じ方が少し違うようだけれど。


『ルルが元いた世界の夜は、本当に真っ暗?』

『ええ。外で夜を明かすらしい人間達が、火を灯しているのは時々見かけたけれど、そうでもなければ何も無いわよ。』


『そ、そうなんだ。それでも妖精には、周りに何があるか見えたりするの?』

『いいえ。妖精視フェアリサイトを使えば何とかなるでしょうけど、日中のようにはいかないわ。そもそも私達だって夜には眠るんだし。』

『た、確かにそうだよね・・・』

思い返すまでもなく、昨日の夜はルルも私の中で眠っていた。花の蜜が好きとも言っていたし、活動するのは昼間なのかな。



『まあ、夜になっても出歩けるのは、人間にとって便利なこともあるからね。』

『そう・・・確かに人の気配が多く近付いてくるわ。何か様子がおかしいけれど。』


『お、おかしいって、どういうこと?』

『さっきのほどではないけれど、黒ずんだものを感じるのよ。』

『え・・・? それってもしかして・・・』

痛みを感じた思念ほどではないけれど、負の感情を持った人達・・・心当たりがないこともない。


『シオリ、来るわ。距離を取ったほうが良いわよ。』

『う、うん・・・』

それ自体はきっと間違っていない。私が道の端のほうで立ち止まり、じっとしていると・・・駅のほうへ続く道から、こちらへぞろぞろとやって来る、疲れた顔をした人達。確かに、あの列には近付かないほうが良さそうだ。


『ふう・・・効果は弱いようだけど、何か精神を操るような存在に取り憑かれていたのかしら、あの人間達は。』

『ううん、あれは・・・ただのお仕事に疲れた人達だよ。』

そういえば、ちょうど帰宅ラッシュに近い時間だもんね。それに月曜日だもんね。

朝の私と同じように、精神的に疲れている状態の人や、満員電車とかで余計に・・・という人が多くいても、おかしくはない。


『・・・ねえ、シオリ。さっき仕事の話というのをしていたけれど、本当にちゃんと選んだほうがいいと思うわよ。』

『そ、そうだね。気を付けるよ・・・』

うん、将来の私があの中に入るとしたら、ルルにも辛い思いをさせてしまうかもしれない。自分の生き方はしっかり考えよう・・・



『でも、ルルも戦場に向かう人達は見たことがあるんでしょ? 帰ってくる時には、今のと似た状況になってたりしないかな。』

『いいえ。私もそこまで詳しく観察したわけではないけれど、生き残ったことや、もうすぐ帰れるという喜びが多かった気がするわ。』

『ああ、過酷すぎるとそうなるんだ・・・』


うん、軽率に比べて良いことではないかもね。お仕事はお仕事で、明日もまたこんな状況が続くという面はあるだろうけど。

去ってゆく背中に、お疲れ様でしたと心の中で伝えて、私達も家に・・・


『あら、もう人間達は去っていったのに・・・こんなことも起きるのね。』

『ふえっ・・・?』

な、何が見えてるの、ルルさん・・・?


『シオリ、妖精視フェアリサイトで周りを視てご覧なさい。』

『う、うん。お願い、ルル・・・!』

そうして私の視界が切り替わり、見えてきたのは・・・


『少しだけど、黒い気配が辺りに漂ってる・・・』

『ええ。さっきの人間達が残していったものよ。すぐに霧散するでしょうけど、同じことが何度も何度も・・・あるいは強い気配を持った人間がこうなれば、周囲に影響を与えるようになるかもね。』

『ああ・・・分かる気がするよ、ルル。』

妖精の力なんて借りられない頃の私だって、何となく嫌な雰囲気というのは、どこかで感じたことくらいはある。


周囲の人から発せられるものが、そういった空気を作り出すのなら、ルルが見せてくれた色を、私達も知らず知らずのうちに感じているのかもしれない。


『ルル。私達も疲れすぎたら大変だから、家に帰って美味しいご飯を食べよう? それから、ゆっくりお風呂に入って、ちゃんと寝ようね。』

『ええ、そうしましょう。聞いているだけで、シオリとそんな時間を過ごすのは楽しみね。』

辺りに漂う黒っぽい色が、少しでも早く薄まりますようにと祈りながら、私達は帰り道を急いだ。

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