第4話 ルルがくれた景色

「はい、食後の紅茶だよ、ルル。」

「ありがとう! とても良い香りがするわね。」

両親が好きで家にたくさん置いてある・・・私も好きなことを知っているから、海外に行った後も残してくれている、少しお高めのティーバッグを使い、ルルと一緒に紅茶を楽しむことにする。


「うん、気に入ってくれたのなら嬉しいよ。

 ・・・ルルのためのカップも、早めに見付けるね。」

手のひらサイズのルルに合うものを探したら、食器棚の奥にあったお猪口になってしまったので、見た目にはちょっぴりいけないことをしている気持ちになるけれど。


「あら、私はこれでも良いわよ。ちょうど良い大きさだし。」

「あはは、ルルが好きならそれで構わないけど、一度探しに行こうかな。」

それでも、一人暮らしだった家に、こうして笑顔の花が咲くような気持ちになるのは、きっと幸せなことなんだろう。



「それにしても、シオリの住処すみかって良い場所よね。温かくて柔らかいものが、漂っているのを感じるわ。」

「えっ、ありがとう! 妖精にはそういうのが見えるの?」


「ええ、視えるわよ。私を目覚めさせてくれたのだから、シオリにも出来ると思ったけれど、そういうわけでもないのね。」

そう口にしながら、ルルが私のそばに飛んできて、肩のところに触れる。


「そういえば、お礼に加護を授けると言ったことも、まだ果たせていなかったわね。今、視えるようにしてあげるわ。」

「えっ!? 待って、心の準備が・・・!」

答える間もなく、ルルの手から熱いものを感じて・・・私の視界が切り替わった。


「っ・・・!!」

その瞬間、あちこちにいろんな色が現れたように見えて、思わず目を閉じてしまう。少しばかり頭痛も始まったのを感じて、額を押さえた。


「シオリ、どうしたの・・・!?」

「ご、ごめん、ルル。急にたくさんのものが見えすぎて、私の頭がびっくりしてるみたい・・・」


「ええっ!? ごめんなさい、すぐ元に戻すわ。」

ルルの謝る声が聞こえて、肩にある熱い感覚が消えてゆく。そうしてゆっくりと目を開ければ、見慣れた居間の景色があった。



「もう大丈夫だよ。ありがとう、ルル。」

「・・・ごめんなさい、シオリ。お礼をするつもりが、調子を悪くさせてしまうなんて・・・」

「ううん、気にしないで。初めてだったから、まだ私が慣れていないだけだよ。」

落ち込んでしまった様子のルルに、そっと人差し指を寄せて、優しく頭を撫でる。


お父さんが眼鏡を初めて作った時、眼科でお医者さんに診てもらいながら、少しずつ時間をかけて慣らしていったと前に聞いた。

ルルが見せてくれる景色だって、同じように慣れが必要なのかもしれない。


「ねえ、ルル。さっきのを、ほんの少しだけ見えるようにすることって、出来るかな?」

「うん・・・? ええ、やってみるわ。妖精視フェアリサイトの効果を薄くすれば、きっと・・・!」

私の人差し指に、頭をぐっと押し付けてから、ルルが再び肩に手を当ててくる。


「さあ、シオリ。このくらいでどうかしら?」

ルルが触れているところが、じんわりと温かくなるのを感じながら、私は一度閉じた瞼をゆっくりと開いた。



「・・・うん、大丈夫! すごいなあ・・・! 私に見えていないものが、こんなにあったんだね。」

今度は体に嫌な感覚が無いのを確かめて、ルルがくれた景色を眺めてみれば、

さっきまで飲んでいた紅茶と、食器棚の近くに置いたティーバッグの箱に、同じ色が見える。温かくて優しそうな、橙に似た色が。


「ねえ、ルル。私にも見えたよ。紅茶のところにある、温かそうな色。」

「ふふ、シオリが楽しんでくれたのなら、良かったわ。」

そう言って笑うルルのそばにも、同じ色が広がったように見えたのは、気のせいではないだろう。



他の色はあるのかな。部屋を眺め渡してみれば・・・うん? 食器棚の上のほうに、黒い色?


「ルル・・・あの高いところにある、黒っぽい色は何なんだろう?」

「ああ・・・あれは瘴気のたぐいよね。ごく弱いものではあるけれど。」

「・・・・・・お掃除が行き届いてない所だあ・・・!」

自分自身の、もしかしたら家にいた頃の両親も含めての、掃除不足を可視化されて、私はがっくりと肩を落とした。



「もう、せっかく私が授けた力を、使うのはそんなことなの?」

「でも、家が汚れていると体にも悪いし、ルルと一緒に過ごす場所なら、綺麗にしておきたくてね。」

ルルが呆れた様子で言ってくるけれど、家の中を一通り見て回り、お掃除が必要な場所を確認する決意を、私はもう固めていた。


「お父さんとお母さんの部屋、隅々まで掃除してるわけじゃないから、少し恐いなあ・・・」

それは今現在使われていない、両親の部屋だって例外ではない。覚悟を決めて扉を開ける。


「あれ、思ったほど黒っぽい色は無い・・・うん? 引き出しの所に何か見える?」

そんな私を出迎えたのは、想像していたのとは違う景色。


「あれって、シオリが出してくれた紅茶と、同じような色じゃない?」

「そ、そうだね・・・」

ルルの言う通り、私もすぐに気付いたけれど、場所が場所だけに気になってしまう。


「お父さんとお母さんの引き出し、勝手に開けていいのかな・・・」

「何言ってるのよ。少なくとも悪いものではないし、どうしても開けてほしくないなら、封印でもしておくものでしょう。」

「こっちには封印術とか無いだろうから、物理的な鍵かなあ・・・」

確かに、本当に開けてほしくないのなら、鍵をかけるか貼り紙でもするだろうし、何かあれば電話やメールで確認すれば済む話だ。

ルルに背中を押された気持ちになって、引き出しを開ける。


「これは・・・紙って言うのかしら。人間が大事そうにやり取りしてるのは、見かけたことはあるけれど。」

「・・・うん、ルルのいた世界では、紙が高価ななのかもね。こっちでは簡単に手に入るけど・・・」

私はそこにあるものが何か気付いてしまったので、それどころではない。


「これって、私が小さい頃に描いた、お父さんとお母さんの絵だあ・・・それに作文なんかも。」

恥ずかしさと、別の何かも湧きあがってきて、胸がいっぱいになる。


「・・・シオリ、泣いてるの?」

「え・・・・・・」

そしてルルの声が聞こえて、視界が滲んでいることに気が付いた。


「大丈夫よ、哀しくて泣いているんじゃないことは分かるから。」

「うん・・・ルルはすごいなあ・・・・・・」

微笑むルルが、私の頭を優しく撫でてくれて、愛おしい気持ちが溢れてくる。


「私、愛されてるんだね・・・」

大切なことを、改めて気付かせてくれたルルへ、涙でぐしゃぐしゃになった顔で微笑み返した。

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