第5話 お風呂場と妖精
「よし、シャワーを浴びよう。」
朝起きた時から・・・もっと言えば、昨日お花の苗を買ってきた後から、初めての出来事が続けざまに訪れている気がする。
この辺りで一度、頭をすっきりとさせるのもいいだろう。
「ええ、さっきまであんなに泣いていたんだもの。顔を洗ったほうが良いわよね。」
「言わないで、ルル・・・」
落ち着いたら少し恥ずかしくなってきた気持ちを、前向きに切り替えようとしたところで、ルルが容赦なく引きずり戻してくる。
「シオリ、なんだか自分に嘘をついているような感情が見えるわ。さっきのことで、後ろめたい何かなんてあるの?」
「うぐっ・・・それは確かに無いけど・・・」
自分で言うことではないかもしれないけれど、思春期の心というのは難しいのです。
「とにかく、お風呂場でシャワーを浴びようと思うけど、ルルはどうする?」
「どういう場所なのかは、さっき簡単に聞いたけれど、要は水浴びよね。
それから・・・そのシャワーというのは嫌な予感がするのだけど、私から離れた場所で、一度見せてもらっても良いかしら?」
「あっ・・・・・・」
私も何かを察してしまったけれど、ともかく言われた通りシャワーを手に取り、誰もいない浴槽へと向けてから、蛇口を捻る。
「・・・私を穴だらけにするつもりかしら?」
「ご、ごめん。そこまで考えてなかった・・・」
勢いよく飛び出してゆく水の線を見ながら、ルルがジト目を向けてきた。
・・・あれ、でもちょっと待って?
「ねえ、ルルがいた世界にも、雨の日くらいあったんじゃない? その時はどうしてたの?」
「・・・良いところに気付いたわね、シオリ。
雨の気配を感じたら安全な場所に避難するか、どうしようもなければ結界でも張っていたわよ。向こうにいた頃の私ならね。」
「あっ・・・!!」
そうだった。ルルはこちらの世界へ飛ばされて、消える寸前まで力を失って、私と繋がってどうにか命を繋ぎ止めた状態なんだ。今の言い方だと、きっと元の世界のような力は使えないんだろう。
「ルル、ごめんね。それじゃあ、一緒にお風呂に入ろう? 温かいお湯が苦手じゃなければ、水浴びよりも気持ちいいと思うよ。」
「あら、シオリがそこまで言うのなら、入ってみようかしら。期待しているわよ。」
うん・・・私がやることは、温度調節をしながら浴槽にお湯を貯めるくらいだけど、ルルが楽しみにしてくれるのなら、興ざめするような話は止めよう。
いつもよりずっと、お風呂の温度に気を遣ってみせるんだから・・・!
「よし、いい感じ! それじゃあ入ろうか・・・あれ?」
そうしてお風呂の準備が整い、ルルと午前中からの入浴を楽しもうかという時に、ふと思い浮かんでしまった。特に重大というわけでもないけれど、私にとっては気になる疑問が。
「そういえば、ルルのその服って、どうなってるの?」
緑色が主となった、まさに妖精のイメージにぴったりという感じの作りだけど、昨日は着ていた服も含めて、光に変わっていたよね。
「ああ、これね。一応は私から独立した、身を守るためのものだから、人間が着ている衣服と大差ないと思うわ。結局は妖精の力で出来ているから、出すのも消すのも自由だけど。」
そう言って、ルルがぱちんと指を弾くと・・・一瞬にして着ていた服が消える。つまりは、そういうことで・・・
「る、ルル・・・! 急に裸になったらびっくりするよ。人間から見れば、ちょっと恥ずかしいかな。」
「あら、身体だけなら昨日私と一つになったようなものなのに、そんなことを恥ずかしがるの?」
「言い方、言い方・・・!!」
もし私達の会話をここだけ耳にした人がいるとすれば、どんな想像をするだろうか。力を使い果たして消えそうになったルルが、私の中に入って回復しただけだからね? ・・・いや、こちらのほうが余程、異常事態かもしれないけれど。
「でも、言われてみればそうか。ルルの体、すごく綺麗・・・!」
手のひらに収まってしまう程の背丈に、整った身体と透き通るような羽。金色の髪もさらさらに見える。
もしこのまま私と同じくらいの大きさになったら、街で大変な注目を集めてしまうんじゃないかなあ・・・
「・・・ねえ、シオリ。さすがにじっと見つめられるのは、違和感があるわよ。」
「はっ・・・! ご、ごめん・・・」
ルルの少し冷えた声が聞こえて、我に返る。物語やゲームで時々出てくる、魅了のスキルとか持ってないよね?
「じゃあ、私も服を脱ぐね。ルルに比べると、全然だけど・・・」
「何言ってるの。その辺とか柔らかそうで、くっついたら寝心地が良さそうだわ。」
「今の流れで聞くと、人を傷付けかねない言葉だよ、それは・・・!」
でも、ルルの心地よい寝床になれるなら、私はごく普通の体型のままでいるよ。
「なるほど、これが人間の水浴び・・・いえ、お風呂というのね。シオリが薦める気持ちも、分かる気がするわ。」
入るまでにばたばたしてしまったけれど、さっと体を洗った後、ルルと一緒に温かいお湯に浸かる。そこまで大きなお風呂でもないけど、ルルの背丈なら大浴場だったりするのかな。
「だけど、冷たい水を浴びた時のすっきりとする気分も、良いものだと思うのよね。」
「人間がそれをやりすぎると、体調を崩す恐れがあるんだよね・・・」
この辺りは人間と妖精の、感覚の違いもありそうだから仕方ない。
「それから・・・こうしてシオリと顔を合わせて、同じ水に浸かるというのも、心地よいものだという気がするわ。」
「あっ、ルル! それは私も一緒だよ・・・!」
二人の違いを感じてからすぐに、同じ気持ちになれたことが嬉しくて、ルルと温かな時間を楽しみながら笑いあった。
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