第6話 初めてのお出かけ(上)

「ねえ、ルル。次は外へ出かけてみない?」

お風呂から出て、しばらく落ち着いた時間を過ごしたところで、視線を合わせて尋ねてみる。


朝から濃密な時間を過ごした気がするけれど、まだ午前中だ。紅茶を飲む時に話した、ルルのためのカップを探しに行くのだって、十分に出来るだろう。


「んー・・・? 私としては、もう少しこのままでいるのも良いけれど、この家の外も確かに気になるわね。」

そのルルはといえば、柔らかい椅子に腰かけた私の上に、手のひらサイズの体を乗せて、腕や足にもたれかかっているのだけれど・・・


そういえばお風呂の時に、寝心地が良さそうって言ってたもんね。今もそんな風に見えるもんね。つまりはぷに・・・いや、これ以上考えるのは止めよう。私の心にすごく良くない。

そうだ、そんなことよりルルが可愛い。世間でまことしやかに囁かれる『可愛いは正義』という言葉を、強く信じてしまいそうになるくらいには。私の腕や足なんて、いくらでも使って良いからね、ルル・・・!


「ねえ、シオリ。また変なこと考えてない?」

「はっ・・・! ご、ごめん。ルルが可愛すぎて、おかしくなってたみたい。」


「何を言ってるのよ・・・それより、外へ行くのだったわね。私はすぐにでも構わないわよ。」

「あ、あれ・・・?」

なんだろう、ルルが急にこの体勢を変えようとしているようだ。理由はちょっと恐くて聞けない・・・



*****



「それじゃあ、気を取り直して出発!」

それからしばらくして、気持ちを切り替え身支度を終えて、ルルと共に玄関の扉を開ける。


「そういえば、ルルの姿って他の人に見えるの?」

「うーん・・・魔力感知に長けた人間でもないと、妖精を視ることは出来ないはずだけど・・・今はどうかしら。念のため、姿を消す術を使うわね。」

ルルがお風呂場で服を消した時と同じように、指をぱちんと弾いた。


「う、うん。私には、何か変わったようには見えないけど。」

「あら、シオリは私と繋がっているのだから、視えるのは当然だけど、妖精視フェアリサイトを使えば術の効果もすぐに分かるわよ。そういえば、外ではやらないの?」


「うん・・・まだ私が慣れていないのもあるけど、人が多い場所であれをやると、色々見えすぎて大変かなって・・・」

「見えすぎて大変? よく分からないわね。」


「私も、さっき家の中で見せてもらっただけだから、想像でしかないんだけど・・・外にはすごく人が多いからね。」

「ふうん・・・シオリがそこまで言うのなら、このままにしておきましょうか。」

ルルが首を傾げているけれど、私は確信に近いものを感じながら、家の門を出た。



「・・・・・・シオリ、ごめんなさい。少し中に入って休んでも良いかしら?」

それから住宅街を少し歩き、人通りが多くなってきたところで、ルルが疲れた顔で尋ねてくる。やっぱりかあ・・・


「もちろんだよ、ルル。好きなだけ休んで!」

すぐに私が手を伸ばすと、ルルが光に姿を変えて、吸い込まれるように消えてゆく。


『ふう・・・見えすぎると大変だと、シオリが言うのも分かったわ。私なら目に入るものは調節できるけれど、周りに人間があまりにも多いことは、どうしようもないわね。』

そして間もなく、頭の中に声が響いてきた。ん・・・調節?


「あれ、ルルが疲れたのって、そっちの理由なんだ。私はこれだけの人が発するものが、全部目に入ってきたら大変だと思っていたんだけど。」

『それなら、昨日シオリに頼まれた時みたいに、自分に視える量だって変えられるわよ。人間の動作だと、目を少しだけ開けるようなものかしら。』


「ああ。そこはやっぱり、私が慣れていないだけなんだね・・・そういえば、人は聞く時もそんな調整が出来るって、どこかで読んだなあ。」

『あら、人間も器用なところがあるのね。』

確か、『カクテルパーティー効果』とか呼ばれているんだっけ。個人差はあるにせよ、周りでたくさんの人達が話している中でも、人は自分が気になる会話を集中して聞き取る力があるって・・・



「いつかそんな調整も出来るようになれば良いけど・・・ルルは私の中にいれば、人が多すぎて疲れるのは治まる?」

『ええ。シオリとの会話以外は、感覚をあまり使っていない状態だから、だいぶ良いわ。少しくらいは周りの気配を感じてしまうけどね。』


「そっか・・・じゃあ、出来るだけ人の少ない道を通るね。」

『・・・待ちなさい、シオリ! そっちのほうから、良からぬ気配がするわ!』

「えっ・・・!?」

頭の中にルルの強い声が響いてきて、ぴたりと立ち止まる。

もう、疲れたから感覚を抑えるようなことを言っておいて、ちゃんと気にしてくれているんだから・・・! って、感動してる場合でもないか。


人通りの無い道に、良からぬ気配・・・・・・

うん、この通りの先に、恐かったり悪かったりする人達がいるんですね、分かります。


「・・・ごめん、ルル。すぐに引き返すから!」

私はそんな中へ華麗に飛び込んでいって、無双するような物語の主人公ではない。危ない場所には近寄りたくない、ただの女子高生です・・・!



「待って、シオリ。今度は元来たほうから・・・!」

「ふえっ・・・!?」


「あっ・・・! ごめんね。」

私が引き返す先から飛び込んできて、危うくぶつかりそうになったのは、同じくらいの年か、少し上にも見える、格好いい印象の女の子。

あれ、私はこの状況、どうすれば良いのかな?

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