第34話 三人

「なるほど。あの黒猫は詩織さんを見るなり、術をかけてきたのね。元はただの猫だった存在が、長く生きたり素質が開花するなどして、力を得た可能性がありそうだわ。」

「食べ物をくれるように周りを魅了するかあ・・・いかにも動物的な力の付け方をしてるよね。」


「その術は私が解いたのよ。妖精の力なら出来るからね。」

「向こうで妖精と交流することはありませんでしたから、そうした話が聞けるのは興味深いですね。」

あの黒猫と遭遇した時の話に、皆が考察などを繰り広げている。私はこの後、何が待っているのか想像がついて、既にお腹が痛いけれど。


「それで、ルルに術を解かれるとすぐ逃げてしまったので、気になって追いかけてみることにしました・・・その日は結局、見付かりませんでしたけど。」

「なるほどね・・・それで、私と会ったのはその捜索中というわけ?」

「ひゃ、ひゃい・・・!」

うん、予測可能・回避不可能ってやつだね。こちらを見るうららさんの視線が冷えている。


「なぜその時に話してくれなかったのか、聞いてもいいかしら?」

「そ、その・・・まだこの前のお礼もお返しできていなかったので、別の相談事を持ち込むのは悪いと思いまして・・・」


「はあ・・・気を遣ってくれるのは良いけれど、それでもっと大変な事態になったのだから、次からは何か心配事があれば、ちゃんと話してほしいわ。」

「は、はい、気を付けます・・・」

あっ、これはどうにか正座コースを回避できたのかな?



「まあ、本当の理由は、誰かさんが恐いから・・・という気もするけどね。」

「・・・は?」

「ひいっ・・・!!」

いやいやいや、何という爆弾を投下してくれるんですか、しんどう先輩!?


「ほら、シオリさんがまた脅えていますよ。こんな調子では、相談することも出来なくなるのでは?」

「あ・な・た・た・ち・?」

「あわわわわわ・・・」

いつの間にか、しんどう先輩の奥様が私の傍に寄って、頭を撫でてくれている・・・のは良いけれど、うららさんの引きつった笑顔が全方位攻撃に見えてくるのは何故だろう。


「まあ、初めて弟子みたいな子が出来て、気合いが入るのは分かるけど、あまり厳しくしすぎると逃げられちゃうよ。」

「はあ・・・昔から自由なあんたらしいわね。まあ、分かったわよ。私も注意するわ。」

・・・あ、あれ? 一触即発的な空気かと思ったら、そうでもない?


「大丈夫ですよ。このくらい私達には・・・特にあの二人には、いつものことですから。」

「は、はい・・・」

しんどう先輩の奥様が、そっと耳元でささやいてくれた。


『シオリ、本当みたいよ。この人間達はじゃれあっているような感じだわ。』

『そっか・・・三人とも本当に仲が良さそうだもんね。うららさんがそこまで恐くはないってことは、ちゃんと意識しておこうかな。』

ルルも心に伝えてきてくれて、実感する。そして・・・私が入り込めないくらいの絆が、そこにあることも。


うららさんにしても、しんどう先輩と奥様にしても、それぞれが名前で呼び合うのを聞いてはいるけれど、たとえ『~さん』をつけたとしても、私には何か違うと感じてしまう。

だから当分の間、私は皆さんを苗字呼びなのです・・・奥様はちょっと特殊だけど。お言葉に甘えて相談はちゃんとするけど、気配りもできる新人を目指すよ・・・!


『シオリ、また変なことを考えてない?』

『あはは、大丈夫だよ。私にはルルがいるから!』

そう言うと、水晶からびりびりと痛みが伝わってくる。うん、もちろんシオンもね!



「それで、夕暮れの時間に縄張りらしき場所へ踏み込んでしまったら、急に恐ろしい気配になりまして・・・」

「ああ、そういうことね。身をもって分かったとは思うけど、何らかの条件で力を増すような怪異も存在するから、十分に気を付けるようにね。」

「はい・・・! ルルとシオンが居てくれなかったら、大怪我をしていたと思いますし、もっと慎重に行動します!」

それから、しんどう先輩の軽口のおかげか、張り詰めたような空気も収まって説明はスムーズに進んでゆく。この件はもうルルに怒られ済みだし、本当に反省しています・・・


「確かにそれなりの力は感じたし、結界もちゃんと張られていたから、戦う力のない詩織さんには恐ろしかったよね。」

「あ、あの・・・私は必死でよく見ていなかったんですけど、お二人があれを壊してくれたんですよね。」


「うん、二人分の魔力を乗せて・・・」

「光の魔法で結界を壊して、そのまま本体も無力化しました。」

うん、お二人の共同作業だったか・・・そして奥様、とてつもなく強い金髪美少女ということが分かりました。魔法って、やっぱり異世界由来なのかなあ。


「あ、ありがとうございます。そういえば、あの黒猫は消えちゃったんですか?」

魅了されていたとはいえ、可愛がっていた人達も確かにいたから、ちょっとだけ罪悪感が・・・いや、それより恐かった気持ちのほうが大きいけれど。


「ああ、そのことなんだけどね。詩織さんはもし助けられるのなら、あれを助けたいと思う?」

「そ、そうですね・・・縄張りに踏み込んでしまったのは、私にも悪い所がありますし。」


「まあ、縄張りを作る動物は多いけど、そこへ踏み込んだ人間に襲いかかるあたり、問答無用で消し飛ばされても仕方ないんだけどね・・・でも、詩織さんがそう言うんじゃないかと思って、用意しておいたわ。」

「え・・・・・・?」

そう言ってうららさんが取り出したのは、一枚のお札のようなものだった。

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