第29話 一時休憩
「うん、クッキーが美味しいなあ・・・」
今日もお散歩にやってきた公園。温かな日差しの下で、ベンチに座って広げるのは、思い立って挑戦してみた手作りクッキー。
ちゃんとしたお店やお菓子メーカーの商品のように、さくっとした食感にはまだならないけれど、お気に入りの紅茶と一緒に味わえば、やっぱり美味しい! 良い休日の午後だなあ・・・
「・・・確か、こういうのを現実逃避と言うのだったかしら。」
「うぐうっ!」
ルルの言葉が私に突き刺さる。というか、クッキーの欠片が喉に詰まる危機だったから、物理的にもクリティカルヒットしかねないよ・・・
「え、えっと、こういう場合は気分転換って言い方もあるんだよ、ルル。」
「なるほど・・・自分に暗示のようなものをかけて、調子を上げようとする人間は、向こうでも見かけたわね。」
「あははは・・・どこの世界でも人間って同じようなこと考えるのかな・・・」
うん、だんだんと私の視界が遠く霞んでゆく気がするよ・・・・・・痛っ!?
「はっ、シオン! そうだね、自分で自分の気を遠くしてる場合じゃない!」
「器用なことをするのね、シオリは・・・」
シオンが私を励ますように、水晶の中からびりびりと刺激を与えてくる。ルルは呆れた顔で私を見ている。
目を逸らしてはいけない。私達が昨日に続いてこの公園へやって来たのは、あの黒猫を探すためなんだから・・・!
「とりあえず、公園を一周してみたけど、何も手がかりは無かったね・・・」
「まあ、適当に歩きながら探しているだけだものね。昨日も少し話した通り、気長に調べるしかないかしら。」
「そ、そうだよね・・・非常事態が起きているわけでもないし。」
あの黒猫に術みたいなものをかけられると、餌をあげたいという気持ちになってしまうのは、良くない気はするけれど、裏を返せばそれだけだ。
術なんか使わなくても、同じように可愛い声を上げて、飼い主さんと出会った元・野良猫も世にはたくさんいるだろう。
「まあ、今日はお散歩がメインだったということにして、クッキーと紅茶を楽しもうか、ルル。」
「あ、見付けたわ。」
「な、何だってえ・・・!?」
私がおやつに集中しようとした途端の出現・・・これがガチャガチャした確率の世界を飛び越えてくるという、物欲センサーの干渉かな? いや、猫さんは物じゃないけれど。
「あっ、本当にいる・・・こっち見た! って、もう行っちゃった!?」
「慌てないで、シオリ。今回は術を打ち消す必要も無かったし、先に見付けたのは私なのよ。追いやすくなるよう視ておいたわ。」
ルルが真剣な表情で、黒猫が去った後を見つめている。そうか、あらかじめ準備しておけば、マーキングみたいなことも出来るんだね? ルル、すごい!
「あれが昨日のことをどこまで覚えているのか分からないけれど、ひとまずは警戒されていると考えたほうが良いかしら。後を追うのは、少し時間を置いてからということでどう? シオリ。」
「うん、私も賛成!」
猫って基本的に警戒心が強い生き物だよね。昨日もすぐにいなくなっちゃったし、急いで追いかけても、余計に逃げられるだけだと思う。
「ところで、ルル。さっきからクッキーと紅茶をちらちら見てるのは、私の気のせいかな?」
「き、気のせいではないから、もう一つの包みを開けてもらえるかしら?」
「あはは、もちろん!」
うん、急いで追いかける必要がないなら、ゆっくりとおやつを楽しむのが一番だよね。ルルも手作りクッキーを気に入ってくれたようで、私はとても嬉しい・・・!
・・・シオン、その少し強めのびりびりは、何を言いたいのかな? シオンも一緒に食事を楽しめるようにするには、身体が必要で・・・・・・とんでもない禁忌に触れそうだから、長い目で考えさせてね。
しばらく休憩したら、今度こそ黒猫の行方を探しに出発しよう!
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