第12話 扉の向こうは

『相手に睡眠を誘う魔法・・・力の強い妖精は使えると聞くけれど、人間にも似た力を持つ者がいるとはね・・・』

『・・・ルルも眠くなったの? でも起こしてくれたはずだけど。』

午前中の授業を終えて、ルルが私の中から話しかけてくる。あの教師は妖精にとっても強敵なのか・・・


『あの人間の声を聞こうとするからいけないのよ。教室の中でどれだけの人数が眠りに呑まれたか観察したり、それに抗おうとする感情や、あまりやる気が無さそうな術者の感情を眺めていれば、気分も変わってくるわ。』

『それ、私がやったら授業聞いてないのと一緒だよね!?』

というか、本人もやる気ないの? まあ、あるならもっと寝ている生徒を注意するとか、興味を持ってもらえそうな授業の進め方をするのかもしれないけれど。


「おーい、詩織? またぼうっとしてる?」

「あっ・・・ごめんね、梢ちゃん。さっきの授業の後遺症が・・・」


「ああ、あれはしょうがないよね。クラスの半分くらい寝てるし・・・詩織も、落ちかけてから急に復活してなかった?」

「見られてた・・・!? 梢ちゃんは眠くならないの?」


「まあ、少しはなるけど。どうせ教科書をなぞってるだけなんだから、勝手に先のほうを読んでいれば、気も紛れるよ。」

「すごいなあ、梢ちゃん・・・」

これだから出来る子はっ・・・! と本人に言っても仕方ないので、口には出さない。


『なんだかその感情、見ていて哀しいわよ、シオリ。』

『うぐっ・・・!』

頭の中にルルからの的確な突っ込みが飛んできたけれど、表情に出さないよう私は頑張る!



「ところで、今日は学食に行く?」

「あっ・・・お弁当持ってきてるんだ。ごめんね。」


「ああ、気にしないで。でも詩織、すごいよね。両親が海外だっていうのに、全部一人でやっちゃうんだから。」

「ううん、そんなことないよ。家電とかはそのまま残ってるし、仕送りもあるから何とかなってるだけ。

 今日のお弁当だって、おにぎりと冷蔵庫の残り物詰め合わせセットだよ。」


「いや、それでもすごいってば。おっと、学食が混むから行ってくるね。」

「うん、行ってらっしゃい!」

手を振りながら、教室を出てゆく梢ちゃんを見送る。


『・・・シオリ。行ってきますの時には、何かするんじゃなかったの?』

『ごふっ! 梢ちゃんとはそういう関係じゃ・・・その、ルルがしてくれたから、私もしたいなって、思ったからだよ。』


『その言葉自体は嬉しいのだけど、言い方がとても危うく感じたのは、気のせいかしら? 昨日も別のことであったと思うけど。』

『・・・たぶん、きのせいじゃないです・・・』

幸い、周りに人はいなかったから、私の頬が赤くなったのは気付かれていないだろう。



「ごちそうさまでした。」

気を取り直して、お弁当を食べ終わり、手を合わせていつもの言葉を口にする。


『ルルと一緒に食べられる状況じゃなくて、ごめんね。』

『いいえ、シオリが怪しまれないことのほうが大切よ。後でちょっと吸収させてもらうけど。』


『うん、もちろんご自由に! そうだ。お昼休みの時間はまだあるし、ルルに学校の中を見てもらおうかな。』

『ええ、分かったわ。なかなか広そうな場所だし、観察させてもらうわね。』

教室を出て、職員室や購買、学食といった場所を巡る、程よい感じでの一周コースを頭に浮かべて歩き出す。


『ふむふむ、学校の中でも色々な場所があるのね。人が多いのはどこも同じようだけど。』

『ああ、そればかりはどうしようもないかなあ・・・』

そりゃあ、人が集まって学ぶための場所だもんね。こればかりはどこでも変わらな・・・


『あら? この奥に黒っぽい気配が集まってるわ。変わった所もあるじゃない。』

『・・・・・・え?』


『だから、ここに変わった気配があるのよ。推測ではあるけれど、思念の塊みたいなものかしら。』

『ええええええ、そんなの知らない知らない!・・・』

購買と学食の中間くらい、通路の横に佇む、よく見ると扉になっているような場所に、ルルが興味を示している。


『そりゃあ、視る力の無い人間には見えないでしょうね。良かったわね、シオリ。妖精視フェアリサイトを使えばあなたにも視えるのよ。』

『うううううん! 近付いちゃいけないことが分かるのは、きっと良かったと思うよ!』

知らないままでいたほうが、幸せだったのかもしれないという考えもあるけどね・・・!



「あれ、詩織。こんなところで何してるの?」

「ひっ・・・! って、梢ちゃんか。いや、お弁当を食べ終わって、少しお散歩してたんだけどね。今更だけど、この扉みたいなのって何かなと思って。」


「ああ、運動部でもないと分からないよね。その先は体育倉庫のあんまり使わない版というか、

 まさに体育祭の時だけ引っ張り出されてくる色々や、その他にもめったに使わない用具とかがしまってある所だよ。」

「そ、そっか、なるほどねえ。それなら確かに私は知らないや。」


「そういえば、昔ここに生徒が閉じ込められたとかで、怨念が漂ってるみたいな話は聞いたことがあるなあ。」

「ぴいいいっ! や、やだなあ。怖がらせないでよ、梢ちゃん。」


「ごめん、そういう噂があるのは本当。それから、この中でふざけてた生徒が怪我をしたことも、どうやらあるらしいんだよね。

 だから詩織も、理由もなく近付かないほうが良いのかも。」

「・・・・・・梢ちゃん、その、一緒に教室まで帰らない?」


「あはは、分かりやすいなあ、詩織は。いいよ、ちょうど私も戻るところだし、行こう。」

「うんっ・・・!」

全身が震え出しそうになったところを、梢ちゃんを心の支えにして、どうにか教室へと歩き出す。


『仕方ないわねえ、シオリは。刺激しなければ、そこまで害は無い気もするし、後でちゃんと調べるわよ。』

『どうしてそうなるの!?』

お父さんお母さん。私は今、ルルがちょっと恐いです・・・

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