第4章
第27話 旅行開始
車窓から注がれる朝日が美しく輝く。
程よく揺れる車内は心地よく、朝早くなのも相俟って眠気を誘発させてくる。
俺は新幹線の三人掛けの座席の、真ん中の席に座っていた。
右側には鞠亜、左側には有澄さんがいる。
――どうしてこんな状況になったかは、追々話すとして……。
青い三人並びの座席には、かつてないピリついた空気が俺にだけ感じられるほど微かに漂っていた。
「一之進先輩、楽しみましょうね!」
鞠亜が俺の腕に抱きついてくる。
「……い、一之進君」
それを見て、有澄さんも控えめに俺の手を握ってくる。
これ、傍から見たらとんでもない光景なんじゃないか……?
さっき通りかかった警備員さんからも、かなり訝しい視線をいただいた。
「とりあえず二人とも、落ち着こう。ほら、窓の外の景色でも見て」
――ビュン。
そう言った瞬間、無慈悲にも新幹線はトンネルに突入する。
「ま、鞠亜、一之進君を困らせないで……!」
「いや、お姉ちゃんだって……!」
ピリッ。
一瞬空気が凍る。
……どうしてこうなってしまうんだ。
今まではあまりこの三人で出かけることなどなかったが、いざこの三人で集まるとどこか普段とは違う雰囲気になってしまう。
――ビュン
新幹線はトンネルを抜け、車窓からは明るい光が差し込む。
……夏休みも、あと少し。
いつまでもこの時間は続かない。
この旅行が三人にとっていい思い出になればいいな……。
そう思った。
●
なぜ一之進たちが新幹線に揺られていたのかと言うと――、それは一之進が二人の母・文佳と初めて話した日の数日後に遡る。
及川家のリビングのテーブルに、一枚の紙が置かれた。
『田中商店三十周年記念くじ引き 一等 旅行チケット三名様分』
「今日商店街のくじ引きに当たったわ」
文佳は、あくまでも淡々と言った。
「へ、へぇー、すごいじゃん」
「……こ、こういうのって本当に当たるんだね」
鞠亜と有澄は、何かを探るようにチケットに対して反応する。
文佳は何も言わず、娘たちにチケットを差し出した。
「「……?」」
「あら、分かってるでしょ? 一之進くんと行ってくれば?」
「「――ブッ!?」」
二人同時に、噴き出した。
「あら、二人ともそう思っていたんじゃないの?」
……三人分のチケットと聞いて、確かに二人の頭には一之進の顔が浮かんでいた。
一之進と旅行に行く、その発想はあったが……それは流石に実現しないだろうと思っていた。
普通こういうのは家族で行くものだ。
だから、もし一之進と旅行に行けたら楽しいだろうな、くらいの妄想に過ぎなかった。
まさか母からそんな提案があるなんて思わなかった二人は、目を白黒させる。
「三人だと家族で行くにしても一人行けないし、私とお父さんとか、有澄と鞠亜とかの二人で行くにしても一人分余っちゃうじゃない。一之進くんが適任だわ」
たしかに……?
文佳の弁に納得しかけるが……、
「で、でも……」
「え、えっと……」
――でも、一之進先輩(君)といきなり旅行なんて……!
行きたい気持ちはあるけど、本当にいいのだろうかと迷う二人。
二人とも根は非常にピュアなのだ。
「あ、そうだわ」
ポンと手を叩く文佳。
「――私と一之進くんで行ってもいいのよ」
「「何言ってんの!!」」
そんな素っ頓狂なことを言い放つ。
「……冗談よ」
この人は、どこまでが本気でどこまでが冗談なのか分からない。
というかそれだったら文佳と旦那の二人で行けばいいだろう。なんで不倫旅行なんか思い付いているんだ。
「私は一之進くんを信用してるから……きっと三人で行けば楽しいんじゃない?」
「……いや、だからなんでそんなにお母さんは一之進先輩を信用してるのさ」
「…………」
母にジト目を向ける娘二人。
ちなみに一之進と文佳が抱き合っていた件については、文佳から「悩んでいた一之進くんを慰めていただけ」みたいなニュアンスの説明があった。
が、二人ともまだ完全には納得していなかった。
有澄と鞠亜は、お互い顔を見合わせる。
「……わたしは……行きたいよ」
「わ、私も……!」
――どうやら二人の意見は一致したようだ。
一之進が二人の告白の答えを出す期限である夏休みが終わるまで、あと少し。
一之進と旅行に行くなんて機会は、最初で最後になってしまうかもしれない。
二人は、それぞれが強い想いを持って旅行という一大イベントに臨んだ。
――ということがあって、色々と寛大で柔軟な考えをお持ちな文佳のお陰で、三人の旅行計画が始まったのである。
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