第22話 ずっと続きはしないこの時間

「いやー、だいぶ遊んだな」


「はい!」


 穏やかな波がさざめく、まったりとした海の風景。


 俺と鞠亜は心ゆくまで海で遊んだあと、海の家で遅めの昼食を食べてゆっくりしていた。


「あの、一之進先輩、最後にやりたいことがあるんです!」


「お、なんだ?」


「あれです」


 鞠亜は、海の家の売店に売られていた手持ち花火を指さして言った。





 日は少し傾いてきたのだろうか。まだまだ暑いけど。


 俺と鞠亜は、海の家で手持ち花火と小さめのバケツ、そして安いチャッカマンを買って、消波ブロックが立ち並ぶ堤防のようなところに来ていた。


 周りに何組か手持ち花火をしているグループもあるのでここなら問題なく花火ができそうだ。


「花火なんていつぶりだろうなぁ」


「わたしは去年とかも友達と花火しましたよ。女の子はこういう映えるの大好きなんです!」


 ……流石、陽キャ女子。キラキラしてる。


 そんな何気ない話をしながら、花火を開封していく。


「おー、結構いろんな種類があるんだな」


「そうですね、こんなにあると迷っちゃいます……先輩、これからやりませんか?」


 そう言って鞠亜は数本入っていた細い花火を手渡してきた。


「線香花火です。どっちの方が長くついているか勝負しません?」


「おう、いいぜ」


 カチャッ、とチャッカマンの引き金を引いて、二人同時に花火に火をつける。


 しばらく火を当てていると、じんわりと花火の先端が赤くなる。


 だんだんと火の勢いが強くなり、ぱちぱちと弾ける線香花火をぼんやりと眺める。


 あぁ、なんかいいな。


 綺麗でいて儚い、刹那的な美しさについうっとりと見入ってしまう。


 しばらくすると勢いは弱まり、ポトッと火の玉がおちる。


 そんな切り取られたひとつの綺麗な映像は、俺の心に大きな余韻を残した。


 ……そういえば鞠亜と勝負してたんだっけ。


「鞠亜、俺落ちちゃったぞ――っ!?」

 

 横の方を向くと、そこには肩を揺らして顔を崩し、泣いている鞠亜がいた。


「ひっ……ひくっ……!」


「ま、鞠亜! 大丈夫か? どうしたんだ?」

 

「すみま……ひっ……せん」


 涙を啜ろうとしても溢れて涙がこぼれてる。


「な、なんか思い出したとかか? この前の悪い男とか? それとも俺なんかしちゃったか?」


 緊急事態に焦りながら聞く俺に、鞠亜さんは無言で強く首を振る。

 そして、続ける。


「なんか……っ、よく分からないです……!」


 火の消えた二本の線香花火がぽつんと残る。


「一之進先輩と一緒で楽しいんですけど……っ、ずっとこのままの関係は続かなくて……。この関係が壊れるくらいだったら、ずっとこのままでいたくて……!」


 泣きながら、鞠亜の想いが爆発する。


「線香花火みたいに、楽しい時間は、長くは続かないんですね……!」


 俯いて、今まで内に秘めていただろう想いを吐露する。


 今思えば、今日ずっと鞠亜はいつもより無理をして明るく振る舞っていた気がする。


 告白を待ってもらっている、という状況。


 そんなガラスみたいにいつ壊れてもおかしくないような繊細な関係。


 鞠亜は明るく元気に見えても、実は繊細で。


 きっと鞠亜には知らないうちにすごく大きな負担をかけてしまっていたんだろう。


「――な、なんて! ごめんなさい、いきなり。まだまだ花火はあるので楽しみましょ!」


 そう言って、無理に笑顔を作る。


 ずっとずっと鞠亜はこうやって無理に明るい顔を作って、我慢していたんだ……!


「鞠亜!」


 俺は鞠亜を真っ直ぐ見つめて言う。


「無理しなくていいんだぞ」


「……え?」


 鞠亜は見かけは明るくて、元気で、優しいけど、実は繊細で、敏感なんだ。


 ただただ何も考えずに二人で遊んでいた頃とは、違う関係。

 でも、それでも今の関係を崩さないために、気まずい関係にならないために、鞠亜は明るく振る舞ってくれていたんだ。


 どこまでも大人で、色んなことを一人で抱え込んで、それでいて真っ直ぐで。

 だけど繊細で、きっと心の脆さもある。


 俺は、それに気付いてあげられなかった。


 何をやっているんだ、俺は。

 年下にこれだけ気を使わせて、儚い線香花火を見て感情が溢れるくらいに我慢させて……!


 鞠亜にそんな想いさせる訳にはいかない……!


「鞠亜に色々考えさせちゃって負担をかけてるのは紛れもなく俺なんだけど……俺は自然体の鞠亜が魅力的だと思ってる!」


「――っ!」


 上手く伝わってくれ、と願いながら言葉を紡ぐ。


「鞠亜は無理して取り繕って上っ面で仲良くするっていく関係になりたいんじゃないだろ。俺に対しては変に気を使ったりしなくてもいいから。泣きたい時は無理に我慢しなくて、俺にその気持ちを伝えてくれていいからっ!」


 鞠亜の辛い顔は、見たくない。


「一之進……っ、先輩っ……!」


 鞠亜はまた爆発したように泣き出す。


「好きなんだけど、お姉ちゃんも一之進先輩が好きで……! 一之進先輩もお姉ちゃんのことを好きだから! ずっとずっと不安で!」


 俺は泣く鞠亜の肩をさすってやる。


「だから一之進先輩に夏休みまでって長めに期間を決めてもらって……! だから会えた時には頑張らないとって思ったんです……!」


「鞠亜……」


「ほんとはこんな派手な水着着るつもりもなかったんですよ……」


「……やっぱりそれも無理してたのか」


「でも、一之進先輩にはバレバレでしたね……」


 鞠亜は泣きながら薄ら笑みを作って言う。


 ……俺のせいで、鞠亜に沢山の負担をかけてしまっている。


「ごめんな……」


「一之進先輩が謝らないでください!」


 自責の念に溢れて謝りの言葉を漏らす俺に、鞠亜はこちらを真っ直ぐ見つめて言う。


「謝らなきゃいけないのはわたしの方です。一之進先輩をわたしの気持ちに巻き込んでしまって……! 無理を言っているのはわたしの方なんです!」


「いや――」


 俺が、そんなことない、と言おうとした時、鞠亜はチャッカマンを手に取り、他の花火に火をつける。


「――もう大丈夫です、一之進先輩。花火はまだまだあるんです」


 ボーッ、と今度は勢いよく光る花火を持ちながら、鞠亜はこちらを見て言った。


「わたしがどう思っても、この関係はいつか変わっちゃうと思います。でも、そんなこと言ってても何も意味がなかったですね」


「鞠亜……」


「……一之進先輩のお陰で、吹っ切れました! 一之進先輩と、この時間を楽しみたいです」


 鞠亜は頬に伝っていた涙を強引にぬぐい、笑顔を作って言う。

 その笑顔は、さっきまでのぎこちないものではなく、俺の知っている鞠亜の笑顔だった。


 ……俺はこの笑顔が本当に好きなんだ。


「……おう!」


 鞠亜の弾ける花火に対抗せんと、俺は花火に火をつける。


 鞠亜と過ごした、楽しかった一日。


 ずっと続きはしないこの時間、でもこの時間を目に刻みつけようと、パチパチ輝く花火を見つめた。





 どこか海の余韻が残る、地元の帰り道。


「一之進先輩、めっちゃ楽しかったですね!」


「そうだな!」


 鞠亜と並んで帰る、いつもの風景。


 鞠亜は先程までのどこか無理をした様子はなく、ザ・いつもの鞠亜という感じだ。


「もう……今日は一之進先輩を好きにさせようと思ったのに、ますます好きになっちゃったじゃないですか……」


「な、何言ってんだよ……!」


 複雑な関係。でも、二人が二人であることは何も変わらない、はずである。そうあれたらいいなと思う。


「一之進先輩、今年の夏は楽しみましょうねっ!」


 鞠亜ははちきれんばかりの笑顔で言った。


 夏休みの終わりまで、約一ヶ月。


 もう帰ってこない、ないかけがえのない高校生の夏。


「……おう!」


 さっきまでとは違い不安よりも、今を楽しもうとしている鞠亜を見て、後悔しないように毎日を刻みつけようと思った。







――――――――――――――――――――――――――――



 更新が滞ってしまっていて申し訳ありません!


 なかなか小説を書くペースが作れず……不甲斐ないです。

 

 先述した通り遅くなってしまっても必ず完結まで書かせていただくので、最後までお楽しみいただけたら嬉しいです!

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