第5話 チャレンジャー気質

 ラスボス的なジェットコースターに乗った後は、休憩も兼ねて遊園地内のレストランで少し早めのお昼を食べ、お互い落ち着いた状態で軽めのアトラクションにいくつか乗っていた。

 軽めというのは、鞠亜が絶叫系の耐性が全然無いことが発覚したので、コーヒーカップやメリーゴーランドとかの誰でも楽しめる系のやつだ。


「一之進先輩、次はあれ行きませんか?」


「……あれか」


 鞠亜が指したのは、お化け屋敷だった。


 ……鞠亜、意外とチャレンジャー気質なのかな?


「はい! ここの遊園地、お化け屋敷にもけっこう力入れてるらしいですよ」


「……鞠亜、怖くて泣いちゃわないか?」


「舐めないでください、一之進先輩! 大丈夫だと思います……たぶん!」


 ……フラグにならないといいが。


「まあ、怖くないとお化け屋敷じゃないしな。行ってみるか」


「はい!」


 俺たちはキャピキャピした雰囲気の遊園地で唯一異彩を放っているお化け屋敷に向かった。



 やはり待ち時間は短く、すぐに自分たちの番になった。


「何名様ですか〜」


「二名です」


「カップル様二名入りま〜す」


「――あ、カップルじゃないです」


 スタッフのお姉さんのできるだけ避けて欲しい間違えに一瞬たじろいでしまった。


「あら、それは失礼しました~。お二人お似合いだったのでカップルかと思っちゃいました~。ではどうぞ~」


 お姉さんは甚大な爪痕を残して、俺と鞠亜を屋敷の中に案内する。


 とりあえず苦笑いを向けて、足早に屋敷の中に入った。


「……わたしたち、やっぱりカップルに見えるんですかね」


「……ま、まあ、そうかもな」


 俺と鞠亜はあくまでも友達という名前の関係である。しかし、ただの友達でもない。

 この関係を下手に言語化してしまったら、もう今の関係ではいられなくなる気がした。


 ぎこちない空気に包まれる中、前方にあるモニターから映像が流れる。


『ここは三十年前に閉鎖された、郊外の病院――。夜中になるとここから不気味な物音が聞こえると言われている』


 ――ゴロゴロゴロゴロ!


「うおっ!」


 大きな雷の音とともに、部屋全体が黄色に点滅する。


「一之進先輩、多分まだこれイントロみたいなやつですよ」


「ちょ、ちょっとビビった」


 結構こわい演出だと思ったが、鞠亜は意外とまだ余裕があるのか?


『この扉の先に行けば、引き返すことは出来ない。良く考えて進め――』


「……これは良く考えた方がいいな」


「一之進先輩ビビりすぎですって!」


 いや、わざわざ物音が聞こえる恐ろしい病院に自分から入っていく必要なんてないじゃん!


 完全に雰囲気に飲まれて怖くなってきてしまった。


 ただ、男がこんなに弱々しかったら格好がつかない。


「よし……行くか」


「はい!」


 意を決して気味の悪い扉に向かう。


 扉の前には『一人一つお持ちください』と書いてある看板とともに、円筒型の懐中電灯がいくつか置いてあった。

 俺と鞠亜はそれぞれ懐中電灯を持ち、恐る恐る木製の扉を開ける。


 中は薄暗く懐中電灯で照らさないとお互いの顔もはっきり見えない。


「すげぇ雰囲気あるな……」


「はい……」


 懐中電灯の細い明かりを頼りに、狭い通路を進んでいく。


 ――プシューッ


「きゃっ!」

「わっ!」


 誰もいない壁の隙間から、寸秒だけ勢いよく風が吹く。


「……怖いですね」


「……怖いな」


 二人とも声を震わせて言う。


 ……お互い普通にビビりだったようだ。


 諸所から来る風や荒廃した病院のリアルな雰囲気に怯えつつ、ゆっくりと順路を進む。


 ビビっていても、お化け屋敷は容赦ない。

 明かりが急に消えたり、不気味な音が聞こえたりと、襲ってくる仕掛けに縮み上がりながら、なんとか歩を進める。


 やっとの思いでいくつかの部屋を抜けた。

 このお化け屋敷、意外と長いな……。早く終わってくれ……。


 次の部屋は病室だろうか。閉じられたカーテンが一つ一つベッドを区切っている。誰もが想像する紋切り型の病室だ。


 なんか来そうだぞ……。


 ――シャッ


 俺の嫌な予感が見事に的中。


 閉じられていたベッドを区切るカーテンが突然勢いよく開き――、ベッドから骸骨が起き上がる。


 そして――、

 

「キャーーー!!」


 鞠亜のかわいらしい悲鳴とともに、起き上がった骸骨の頭蓋骨がポトリと落ちた。


 その瞬間、二人は一斉に駆け出す。


「無理! 無理です!」


「怖すぎるって! 心臓止まるかと思ったわ!」


 中学校の理科室以来の骸骨を後にして、一目散に出口方面に駆け抜ける。


『ドンドンドン』


「せ、先輩! なんか足音が聞こえませんか!?」


「う、嘘だろ?」


『ドンドンドンドン』


「聞こえる! なんか近づいてないか?!」


『ドンドンドンドンドン』


 恐る恐る振り返ると――


「「ギャーーー!!」」


 髪の長い、ザ・貞子みたいなのが追ってきていた。


 お化けって足音するんだ!


 二人とも気づかないうちに手を繋いで、無我夢中に出口へ駆けていく。


「鞠亜! 明かりが見えたぞ! あそこが多分出口だ!」


「はい!!」


 ――その時、


「あっ」


 鞠亜が左手に持っていた懐中電灯を落とす。


 前方に転がる懐中電灯。


 屋敷内は暗いので落ちた懐中電灯がどこにあるか分からない。


 しかも、全速力で走っていたのですぐにブレーキがきかず止まることもできない。


「きゃっ!」


 運が悪いことに、鞠亜が懐中電灯を踏んでしまい転倒しそうになる。


 咄嗟に繋いでいた手を引くが、今度は俺がバランスを崩してしまう。


 このままだと二人とも頭から転んでしまうかもしれない――!


 俺は繋いでいた手を離し、目一杯足を蹴り、バランスを崩している鞠亜を前から抱えるように支える。


 ――ドンッ。


 俺は尻から地面に落ちながら、鞠亜を受け止めることに成功した。


 危ないところだったな……。


 途端、目の前が真っ暗になる。


 まばたきをしても視野は暗いままだが、上瞼に今まで感じたことのない柔らかさを感じる。


 目を擦ろうとしても、なにか柔らかいものが邪魔をして、手が届かない。


 これは何だ……?


 しばらくすると視野が開け、黒いシャツが目に入る。


 その瞬間、


「きゃっ、きゃーーーっ」


 今まで聞いた叫び声とはどこか系統の違う鞠亜の叫び声が聞こえたと同時、頭に痛みが走る。


「あ、ご、ごめんないさい!」


 微かに聞こえる声とともに、意識が遠のいていく。


 柔らかかったな――。


 最期の記憶を残し、俺の意識は飛んだ。

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