第6話 柔らかくてデカい

「――……ん? 鞠亜?」


 目を開けるとすぐ近くに鞠亜の顔があった。


「あ! 一之進先輩!」


 不安そうな表情が、ぱあっと笑顔に変わる。


「よかったぁ。このまま起きてこなかったらどうしようかと思いました」


 鞠亜は安堵に満ちた笑みで言う。


 さっきまでの記憶はおぼろげだが、気が付くと俺はお化け屋敷の出口の前にあるベンチで横になっていた。


 ……どうやら俺は気を失っていたのか?

 

「あら、気が付いたようですね~」


 鞠亜の横にはさっきのお化け屋敷の受付のお姉さんがいた。

 救急バックのようなものを持っていて、もしかしたら怪我の応急処置をしてくれていたのかもしれない。


「屋敷の中でイチャイチャしすぎて気を失ってしまっていたみたいですね~」


「違います!!」


 破壊力バツグンのお姉さんの言葉に、鞠亜が大慌てで反論する。


 えーっと、なんで俺は気を失っていたんだ?


「ちょっと事故っていうか……心の準備がまだできていなかったというか……! とにかく、アクシデントです!」


「いえいえ~、お気になさらず~。このあとも楽しんでくださいね~」


 爆弾発言だけ残して、お姉さんは温かい笑顔で去って行った。


 わざと言ってるんじゃないじゃないんだろうけど、余計タチが悪いって!


 気まずい空気の中、鞠亜がおずおずと沈黙を破る。


「あの、ごめんなさい、一之進先輩。わたしのこと身を挺して守ってくれて、それなのに焦って、頭殴っちゃったて……」


 頭殴っちゃったのか……って、いきなり物騒すぎだろ! なんで!?


 覚えているところから順々に記憶を辿っていくと……、お化けから逃げていて、そしたら確か転びそうになって……。

 それでその後鞠亜を守って……あ、そう言えば!


「なんか柔らかかった気がする……」


「一之進先輩!?」


 鞠亜は顔を赤くして、胸元を隠す。

 鞠亜が隠す、黒の双丘……。



 あんなに柔らかいんだな――。



 最期の記憶が蘇る。


「あ! 思い出した!」


「えぇ!?」


 鞠亜を守った後、目の前にが現れて、それを堪能しているうちに頭に衝撃が襲ってきたんだ!

 そしてそのモノは……鞠亜の様子を見てわかる通り、だろう。


「まじごめんっ!!」


 俺はその場で寝ている体を反転させ、額を地面につける。


 それなら頭殴られるのは当然だ。

 大体セクハラに敏感な今の時代に、胸を触るなんて言語道断である。

 しかも「柔らかかった」とか完全に変態じゃないか! なに感想言ってんだ俺のバカ!


「いえいえ! あれは事故だったし、一之進先輩が守ってくれなかったら頭から転んでたかもしれないんで! 顔を上げてください!」


 鞠亜はあまり怒っていないようだ。よかった。


 そんな俺の安心をよそに、鞠亜は一言。


「わ、わたし、お姉ちゃんよりも大きいんですよっ」


「なっ……!」


 衝撃の言葉を言い放った。


 た、たしかに姉の有澄さんよりも身長は低いのに、胸の膨らみは全然鞠亜の方が大きそうで……!

 この奇跡的なアンバランスは見れば見るほど妖艶な魅力を放っていて……!


「――な、なんでもないです! あんまり見ないでください!」


「あ、ごめん!」


 俺は咄嗟に再び頭を下げた。


 あの双丘にはきっとなんらかの魔力がある。


「そ、それよりも! もういい時間ですし、最後にあれ乗りませんか?」


「お……、そうだな。何故か知らないけど、最後と言えばやっぱあれだよな」


 俺と鞠亜は、ジェットコースターとともに遊園地の主役である、観覧車に向かった。



「うわー、高いですね!」


「そうだな。怖くないか?」


「……一之進先輩、わたしがジェットコースター乗れないからって舐めすぎじゃないですか? そんな小学生みたいな扱いしないでください!」


「そんなつもりはないぞ!」


 観覧車は観覧車で、めっちゃ高いし、風吹いたら揺れるし、怖い人には怖いと思うけどな……。


「一之進先輩、今日は来てくれてありがとうございました! 夢みたいに楽しかったです!」


「そんな言ってくれるとなんか照れるな……。俺もあんまこういう所来ないから新鮮だったし、楽しかったよ。こちらこそ誘ってくれてサンキュ」


「……やっぱり一之進先輩はやさしいですね」


「そうか?」


 別に思い当たる節はないけど……。


「はい! 今日はずっとわたしの行きたい所についてきてくれましたし、話も合わせてくれました」


「それは俺が遊園地について全然知らなかっただけだし……」


「そんなことないです! 途中途中でもずっとわたしが楽しんでいるかを見てくれている気がして……。なんかお姫様になったみたいでした」


 鞠亜の満開の笑顔は本当におてんばなお姫様のようで、思わず目を逸らす。


「わたし、こんな男の人に出会えたのは初めてで……。今日は一之進先輩と遊べて、幸せでした!」


「大袈裟だって! これぐらいどの男でもできるんじゃないかな……特に鞠亜みたいな子に対しては」


「そんなことないですっ!」


 鞠亜は語気を強めて言う。


「こんな男の人、なかなかいないです! 絶対に!」


「そ、そうかなぁ」


 鞠亜の言葉にはなにか強い意思があるように感じた。


「……とにかく! 一之進先輩は優しいんです!」


「……ありがとうな。俺も今日、鞠亜と一緒にいて楽しかったぞ」


 楽しそうに笑う鞠亜は、その無邪気さで周りにいる人を元気にさせる力がある。

 周りに元気を振りまく、花のような存在だ。


「えへへ……。そういってもらえて嬉しいです!」



 天空の密室で二人きり。

 恋人ではない関係。でも、ただの友達とも言えない。

 二人の関係は目には見えないけれど、ゆっくりと、確実に変わっていった。



「お疲れ様でしたー!」


 観覧車のドアが勢いよく開けられるとともに、遊園地のスタッフさんの明るい声が響く。


「いやー、高かったですね!」


「そうだな。すげぇ眺めよかった」


 広大なパノラマは遊園地の中を留まらず、市内の風景をくまなく映していた。

 たまには観覧車もいいものだ。


 二人が観覧車の余韻に浸っているその時――、


「――あれ、鞠亜じゃね」


 突然鞠亜に声がかけられる。


 そちらを向くと、金髪にピアスをつけた、見たまま素直に言えばガラの悪そうな男が立っていた。


「あ……海斗先輩……」


 鞠亜はどこか気まずそうな顔をする。



 ……誰だこいつ。

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