第7話 金髪襲来

「――あれ、鞠亜じゃね」


 突然鞠亜に声がかけられる。


 そちらを向くと、金髪にピアスをつけた、見たまま素直に言えばガラの悪そうな男が立っていた。


「あ……海斗先輩……」


 鞠亜はどこか気まずそうな顔をする。


 ……誰だこいつ。


 金髪ピアスにチャラチャラしたネックレス、第二ボタンまで開けられたシャツにサングラスなんかを掛けちゃっている。

 少なくともうちの高校ではほとんど見ないタイプだ。


「……一之進先輩、行きましょう」


「え? お、おう」


 そそくさと踵を返そうとする鞠亜。


 ……この男と何があったんだ? というか一体誰なんだ?


「ちょっと待てよ鞠亜」


「――っ!」


 男はやや強引に鞠亜の手を引く。


「鞠亜……久しぶり」


「……お久しぶりです」


 ぎこちない雰囲気で、なんかこっちまで気まずくなってくる。


「……鞠亜、この人は誰なんだ?」


 俺は小声で尋ねた。


「この人は……元彼です」


「なっ……!」


 こいつが、鞠亜の元彼……?


 そりゃあ鞠亜はかわいいから元彼くらいいるんだろうが……。


 なぜだか胸の鼓動が速まる。


「……鞠亜が俺以外の男といるなんて珍しいな。メンヘラ女のくせに」


「……は?」


 男は機嫌の悪そうな顔で言う。


「……」


 鞠亜は俯いたまま、何も言わない。


「ふっ、すねちゃったか? まあ、メンヘラだしな」


「……どういうことだよ」


 男の横暴な物言いに、思わず話に割り込む。


「そのまんまだろ。こいつと付き合ってた時はワガママばっかだし、重すぎるし、大変だったわ」


 頭に血が上るのを感じた。


「俺に執着しずぎで、ほんとキモイよな」


「……もういいです。一之進先輩、もう行きましょう! この人はこういう人なんで!」


 鞠亜は笑顔を作って言う。


 が、その笑顔は今日見てきた楽しそうな笑顔ではなく、悲しそうな笑顔だった。


「鞠亜……」


 鞠亜は笑顔の仮面を被って、今にも泣きそうな顔をしていた。


 ……鞠亜にこんな顔をさせるなよ。


 っていうか、本当にこいつ鞠亜の彼氏だったのか……?


 元彼だかなんだか知らないが、こんなモラハラ金髪男に鞠亜を悲しい顔にさせる権利はない!


 俺は完全なる強がりを纏って、鞠亜と男の間に立ち塞がる。


「……なんだよ」


「……鞠亜を悲しませるじゃねぇ!」


 普段こんなことを言うタイプじゃないけど、何も言わずに引き下がることなんてできない。


「……は? なんだよてめぇ」


 金髪は俺のなんちゃってハッタリに全くビビらずに見下してくる。


 ……怖いなんて言ってられねぇ。


「かわいくて、沢山笑って、天真爛漫で、それでいて真っ直ぐで……こんないい子の鞠亜に悪口なんて言うな! 鞠亜はお前なんかとは釣り合ってないくらい魅力的な女性なんだよ!」


 鞠亜とこいつの恋愛事情なんて知らないが、鞠亜とこいつが付き合ってたなんて許せない。これだけは言える!


 精一杯のハッタリで男を睨みつけるが、男はこちらに一歩距離をつめて、


「うるせぇよ。誰なんだよテメェは」


 と低い声で言う。ちょっと待って怖いんですけど。


 ……『誰』か。


 俺と鞠亜の関係……。今日何度も考えたが、答えは出ていなかった。


 友達? 恋愛事情?


 どちらも合っていない。しかし、完全に否定するのも違う。


 この関係をピンポイントで示してくれる言葉が見つからない。


 しかし、鞠亜はそんな特別な存在であるのは間違いない。


 鞠亜を友達と割り切ることも、中途半端な気持ちで恋人ということもできない。


 でも、とにかく鞠亜の傷ついている顔は見たくない。


 俺にとって鞠亜は、そんな――!


「俺にとって鞠亜は、大切な奴なんだっ!」


 『大切』。深い意味なんてない。字義通りの意味。


 今の関係を表す最適な言葉は見つからないが、大切だと思った気持ちは嘘じゃない。傷付いている姿を見たくないと思った気持ちは本物だ。


「元彼なんだったらお前も鞠亜を大切にしろよっ!」


 叫ぶように。祈るように。


 頼むから鞠亜に悲しい顔をさせないでくれ、と思いながら。


「なんも分かってねぇくせになにごちゃごちゃ言いやがる……!」

 

 どうやら俺の気持ちは上手く伝わらなかったようだ。


 っていうか今にも殴りかかってきそうな顔してるんですけど。お化け屋敷よりも全然怖いんですけど。


 金髪男がもう一歩俺に距離を詰めようとする……やばい、殴られるのか――


「――海斗先輩っ!」


 その時、鞠亜の声が響く。


「ん……? なんだよ」


「海斗先輩、わたしは前まで海斗先輩のことが好きでした。けど、もう好きじゃありません」


「なっ……!」


 そして、鞠亜は俺の腕をぎゅっとつかんで、


「今のわたしの好きな人は、一之進先輩ですっ!」


 言い放つと同時、鞠亜は俺の腕を握ったまま、走り出す。


 俺も慌ててついて行く。

 顔を真っ赤にしながら。


 金髪男は茫然自失とした様子で、追いかけては来なかった。

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