第4話 初デート?

 鞠亜と友達なってから三週間ほどがたった。


 眩しい日差しに心地よい気温の午前十時、俺は柄にもなく県内の遊園地に来ている。

 今日は一学期の中間テスト後の試験休み、鞠亜に遊びに行こうと誘われたのだ。


 鞠亜とはあれ以来、ちょくちょく一緒に帰ったり、ラインで会話したりしていたが、こうやって一緒に出かけるのは今日が初めてである。


 これは、デートのお誘いということになるのか……?

 デートの定義がよく分からないが、普段女子と出かけることなんてほとんど……見栄を張らずに言えば全くないので、かなりそわそわしている。


「一之進先輩ー!」


「お、鞠亜、久しぶりだな」


「はい! テストお疲れさまでした!」


 鞠亜は明るい声で答えた。


 デニムのショートパンツに黒のシャツ、上に白いブラウスを羽織っている。

 身長が低く、天真爛漫な『妹』ということもあり、今まで少し子供っぽい印象があったのだが、今日の大人っぽい服装はギャップがあって思わず息をのむ。

 やっぱりかわいいな……。


「どうですか、今日の服装? 一之進先輩、こういう感じのほうが好きかなぁって思って……」


「……うん。信じられないくらい似合ってると思う」


 鞠亜の上目遣いに圧倒されそうになりながら、なんとか言葉をひねり出した。


「や、やった……! それよりも! 今日は来てくれてありがとうございます。何乗りましょっか?」


「そうだな……、俺あんまりこういうとこ来ないからよく分かんないし、鞠亜の乗りたいのがあればそこ行くよ」


「わっかりました!」


 鞠亜はいつもよりも楽しそうな笑顔で答えた。



「これか……」


 鞠亜が一番に乗りたいというのは、遊園地の外からも見えた、まるでラスボスのような雰囲気を醸し出しているジェットコースターだった。


「はい! わたしも乗ったことないんですけど、絶対楽しいですよね!」


「そ、そういう意見もあるよな……」


 内心この恐ろしい鉄の躯体を見て楽しそうと思うなんてバグってるんじゃないかと思いつつ、意見の多様性を尊重する。


「ほら、あそこの九十度垂直に落ちる所とか、連続で三回転くらいする所とか、めっちゃ面白そうじゃないですか!」


「ああ……そこが一番エキサイティングだ……」


 陽キャ女子に軽く恐れ慄きながら、言葉を捻り出す。


「あれ……、一之進先輩怖がってます……?」


 鞠亜が悪戯っぽい笑みでこちらを覗いてくる。


「……いや! そんなことないけど!」


 ……強がってしまった。


 そんな俺に鞠亜は柔和な笑みを向けて、


「えへへ、一之進先輩かわいいですね。どうしても嫌ならやめましょうか。これ以外にもあまり怖くなくて楽しそうなアトラクションありますから!」


 と言う。


 ……鞠亜、あの悪戯っぽい笑みは俺をからかってたのか。

 でも、本当はビビってる俺に優しく気遣ってくれている。


「いや、乗ろう!」


「大丈夫ですか? 無理しなくていいですよ」


「まあ、ほんの少しだけは怖いけど、せっかくこの遊園地に来て、これ乗らないってのはハンバーグをたのんで隅の野菜しか食べないようなもんだし……。まあ、乗ってみれば案外いけるってこともあると思う」


「例えが極端過ぎますけど、それなら乗りましょっか!」


 こうして俺と鞠亜は、一番最初からラスボスに挑むことにしたのだった。



「な、なあ、やっぱり引き返さないか……!」


「いや、もう安全バー下ろしちゃいましたよ!」


 はっ! いつの間に!


 今日は平日ということもあり、意外とすぐに順番が回ってきた。


 待ってマジで心の準備出来てないって。


「大丈夫ですよ、一之進先輩! どうせすぐ終わります!」


「ああ……はやく殺してくれ……」


「殺されませんって!」


 どうやら鞠亜は余裕のようだ。すごいな、こういうの慣れてるんだろうか……。


 そんなことを考えつつ、車体は不気味な音を立てながらゆっくりと急な坂を登っていく。それに連れて恐怖心が増す。今から入れる保険ってありますか?


 完全に怯えながらふと横を見ると、そこには楽しそうな笑顔の鞠亜がいた。


 ……まあ、この笑顔が見られたのならそれだけでこいつに乗った価値はあるかな。


 さあ、後は煮るなり焼くなり好きにしろ、ラスボス。


 俺がどれだけ抵抗しようが、無慈悲にもラスボスは一定のスピードで急な坂を上り続ける。

 そして、進行方向のレールが見えなくなる。


 ――来るぞ……!


 俺はギュッと安全バーを握った。


 その瞬間、強烈な浮遊感が体を襲う。


「うわっ!」


 車体は猛スピードで幼稚園児のお絵かきのようにぐちゃぐちゃ入り組んでいるレールを疾走する。


 体を駆け抜ける心地よい風、素早く移り変わる景色、時々襲う『G』が……クセになる。


 あれ、意外と楽しいぞ。


「うぉーーー!」


 テンションが上がって、俺は思わず叫んでいた。


 乗る前はこんなの頭のおかしい奴が乗るものだと思っていたが、前言撤回。食わず嫌いは恐ろしい。


「鞠亜! これめっちゃ楽しい――」


「ギャーーー!!」


 あれ、鞠亜?


 鞠亜は、鬼気迫る叫び声とともに、眉間に皺を寄せ、なんかこの世の終わりみたいな顔をしていた。


 ……めっちゃ怖がってね?



「お疲れ様でしたー!」


 明るい声で、遊園地のスタッフさんが手際よく安全バーを外していく。

 そして、スタッフさんの案内に従って車体から降りる。


「意外と楽しかったな、まりa――」


 ……鞠亜を見ると、涙目になりながら肩を縮めていた。


「こわかったですっ……。先輩」


 鞠亜は普段あまり見ない弱々しい姿で言う。


「そ、そうだよな! めっちゃ怖かったわ! あれは頭のおかしい乗り物だ!」


 咄嗟に話を合わせた。


「鞠亜、こういうの慣れてるんじゃなかったのかな……?」


「いや、実はわたしもほとんどこういうの乗ったことなかったです……。見くびってました……」


 乗る前のハイテンションな様子からは考えられないほどシュンとしている鞠亜。


 どうやら、ラスボスに『わからせ』られてしまったようだ。……別に俺にそういう趣味はない。


「ほら、大丈夫か。歩けるか?」


「あ……はい」


 そう言いながらもちょっとフラフラしていたので、俺は鞠亜の手を取ってラスボスの出口ゲートへ向かう。


「――っ!」


 鞠亜が一瞬よろめく。


「おお、しっかりつかまってろよ」


 俺はそのまま鞠亜の手を強く握り、出口ゲートの近くにあったベンチに座らせる。


「あっ、ありがとうございますっ!」


「おう。俺も余裕ぶってるけど一応結構まだ余韻残ってるし、ちょっと休もうか」


「あの、そうじゃなくて……手っ」


「あっ! ごめんっ!」


 全くやましい気持ちとかなかったんだが、俺は普通に鞠亜の手を握っていた。

 そして、自分のしたことの意味に気付く。


「いや、悪気とかは全くなくて……、ごめん」


 咄嗟になぜか犯人っぽい言い訳をして、よく分からない謝罪をする俺。


「いえ! ……嬉しかったです」


 ほのかな笑みを浮かべ言う鞠亜。



 二人はジェットコースターの余韻なんて知らぬ間に忘れて、ベンチでお互い顔を赤くしていた。

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