第3話 複雑な距離感
「じゃあ一之進先輩、一緒に帰りませんか?」
俺と鞠亜さんが友達になった直後、鞠亜さんは明るい笑顔でそう言ってきた。
「お、おう」
俺は咄嗟に応える。
……改めて鞠亜さんを見ると、めちゃくちゃきれいだな。
ボブの髪に、ぱっちりとした大きな目。天真爛漫という言葉がよく似合う笑顔。
こんなかわいい人と話してるって考えたら緊張してきた。
「そういえば、鞠亜さんって家どこなんだっけ?」
「実はわたし、駅のすぐ近くに住んでて、徒歩通学なんです」
「そうなんだ……じゃあ家まで送ってこうか? 通り道だし、外も真っ暗だし」
さっきまで良さげな雰囲気を演出してくれていた夕陽も、すでに役割を終えて沈んでいた。
「ありがとうございます! えへへ、嬉しいです」
か、かわいい……!
高校まで恋愛経験とかは無かったし、高校入学後もずっと有澄さんしか見てなかったから、実際にあまり女子とつるんだことがなかったので、慣れずに変な緊張をしてしまう。
友達から始めませんかとか言っておきながら、俺がこんな意識しちゃってどうする……。
複雑なドキドキと共に、俺は鞠亜さんと帰路に着いた。
○
俺の通う高校は駅まで徒歩十分くらいの所にある。近いようで歩いてみると意外と距離がある。
俺は普通に電車通学なので、駅のすぐ近くに住んでいるという鞠亜さんとは途中までほぼ通学路が被っていた。
……有澄さんが駅近くに住んでるのなんて知らなかったな。
改めて俺は有澄さんが好きだけど、どれだけ有澄さんとの関係が遠いのかを痛感する。
「どうしたんですか? そんな暗い顔して」
「鞠亜さん……」
そうだ、今は鞠亜さんと一緒に帰っているんだ。有澄さんのことを考えていた、なんて言うのはお門違いも甚だしい。
「一之進先輩、わたしたち一応友達なんですよね?」
「まあ、そうだな」
「なら、その呼び方変えてもらえませんか?」
「呼び方?」
「はい。っていうか、わたし後輩なのに『さん』付けで呼ばれるの、距離感遠すぎませんか!」
よく考えてみれば、確かに。普通、後輩は『さん』付けで呼ばない。
今まで『さん』付け以外で呼ぶ女子なんてほとんどいなかったからな……。
「じゃあ……、鞠亜?」
「……キュン♡」
「ちょ、大丈夫!?」
俺はよろめく身体を支える。
「すいません……好きな人に名前で呼ばれるってこんなに嬉しいんですね!」
鞠亜は屈託のない笑顔でそう言った。
さっき告白されてはいたが、いきなり『好きな人』と言われると、照れてしまうな……。
そう言った鞠亜も自分の発言が恥ずかしくなったのか、顔をさらに赤くしていた。
「えへへ……付き合ってないのに調子乗っちゃって、すいません」
「いや……気にしないで大丈夫だよ」
付き合っていないのだが、甘酸っぱい、不思議な雰囲気に包まれる。
「あの、うちここなんで」
「あ、そっか――」
その時――、
ガチャ。
鞠亜が指差していた家のドアが開く。
中から、制服を着て、長い髪を後ろに縛った、及川有澄さんが出てきた。
「――っ!」
俺は思わず息をのむ。
有澄さんと目が合った。
別に有澄さんと付き合ってるわけじゃないから他の女の人と一緒にいても何の問題もないんだけれど、まるで浮気がバレたかのように冷や汗が背中をつたる。
「…………」
有澄さんは一瞬こちらを向いた後、何も言わず、
ガチャ。
再び家の中に戻って行ってしまった。
「な、なんか焦ったぁ……」
「お姉ちゃんにバレちゃいましたね……。わたしからお姉ちゃんにうまく説明しときますよ」
「……ち、ちなみに説明っていうのはどういう風に……?」
「一之進先輩と私は今日から特別な関係になった、とか?」
「ちょっと待て!」
「冗談ですよ。一之進先輩の気持ちも分かっているので……。わたしたちの関係とかは言いません。たまたま一緒に帰ってたってことにでもしておきます」
「ありがとう……なんかごめん」
「いやいや、いいんです! もとはわたしが無理を言ってこういう関係になったんで! わたしはこうやって一緒に帰ってもらえるだけで嬉しいです!」
その笑顔に、俺はなんて答えればいいのか分からなかった。
俺は有澄さんが好きだ。
その気持ちとともに、実際に話したのは今日が初めてだが、俺は心のどこかで確実に鞠亜のことを意識していた。
⚫︎
――……なんで鞠亜が下野君と一緒にいるんだろ?
有澄は咄嗟に踵を返して戻ってきた家の玄関でそう思った。
――まあ私には関係ないしいいかな……。
まだこの恋は、始まらない。
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