第28話 板挟み

 新幹線の停車駅から在来線で数駅。そしてそこからまたバスに乗って数十分。

 辺りは都会の喧騒とは別世界のように自然に満ちた風景になっている。


 午前中の爽やかな光に照らされながら、今回の旅行の最初の目的地に到着した。


「おぉ、でかいな……」


 眼前には、太陽の光を反射して赤く輝く大きな鳥居が鎮座している。


「でかいですね」


「お、大きいね」


 右側、そして左側から声が聞こえた。


 右から見て、鞠亜、俺、有澄さんに連なって並び、大きな鳥居と対峙している。

 ……なかなかカオスな空間だが。


 俺たちは『安麗あんれい神社』という観光名所に来ていた。

 今回の旅行地でかなり有名な観光スポットで、この神社に参拝するためわざわざこのあたりまで来る人もいるらしい。

 ネットにも『ここは外せない!』みたいなことが書いてあったし、とりあえず有名なら間違いないだろう。


「噂通り、すごい階段だな」


「ほんとですね! ……お姉ちゃん上まで行けないんじゃない?」


「むぅ……頑張る」


 この神社の特徴として、本殿に行くまでには長い長い階段がある。おおよそ五百段近くあるらしい。


 覚悟はしていたが、いざ無数の石段を前にすると迫力が押し寄せる。


「――一之進先輩! 一緒に頑張りましょうね!」


 ――鞠亜が俺の右腕にギュッとしがみついてきた。


 腕に体重がかかると同時、確かな膨らみが触れていて……!


「……鞠亜……一之進君が困ってる」


 左側からの有澄さん冷徹な視線が刺さる。


 ……なぜかS極とN極の磁石の間に挟まれる砂鉄の気持ちが分かった気がする。いやなんだそれ。


「別に一之進先輩は困ってないもん。わたしたちの間ではこれくらいのスキンシップは普通だし」


 鞠亜は俺の腕を胸に押し付けながら言う。


 そ、そんなことはないんじゃないか……?


「えっ……! で、でも、一之進君の顔真っ赤で焦ってるし嘘でしょ……!」


 なんか流れ弾が俺に着弾した!


「バレた……! でも、わたしと一之進先輩はあーんとかもする仲だもん!」


 たしかに鞠亜にお弁当を作ってもらった時にあーんしてもらったことはあったけど……。


「そ、それならっ……私は一之進君と一緒に一つのかき氷を食べたよ……!」


「えぇっ! な、なんで! 奥手なお姉ちゃんが!」


 たしかにお祭りに行った時一緒のかき氷を食べたけど……。

 あれはかき氷を落としちゃった子供に有澄さんが自分のをあげた、という訳があるし、奥手というかただの天然なんだよな……。


「わ、わたしは一之進先輩に胸だって触られてるし!」


 それは事故だろ!

 たしかにお化け屋敷に行った時、胸に顔をうずめる形になったことはあるけど!


「嘘でしょ……?」


 有澄さんが縋るように見つめてくる。

 本当に、視線が痛い。


 俺の沈黙から事実だと察したのか、有澄さんの目から光が消えた。


「まあお姉ちゃんには触られる胸なんてないかもしれないけどねー」


「なっ……! ま、鞠亜が太ってるだけじゃないの……!」


「ふぇっ!」


 愕然とした顔の鞠亜。


 ……有澄さんの言葉が鞠亜にクリティカルヒットしているようだ。

 別に太ってるだなんて全然思わないが、たしかに有澄さんと比べればムチっとしている気もするな……。


「でも! わたしの方が一之進先輩と仲いいもん」


「わ、私だって……!」


 バチバチッ


 お互いムキになって言い合う二人。


 ……またこの空気になってしまった。


 今日は朝から何度かこのような展開になってしまう。


 何とか二人仲良くやってほしいのだが……。


 だが、俺の立場から「仲良くしてくれ」と言うのも違う気がしてしまう。


 今日の二人の不和の原因は、常に俺の存在なのだから……。


 ほんの、些細な言い合い。


 でも、きっと俺がいなかったらこんな空気になることは有り得ないと思う。

 本来二人は仲のいい姉妹なのだし。


 どうしたものだか……。


「「……」」


 俺がなんとか上手くいく方法はないかと思案を巡らしていたら、二人からじっと見られていた。


「……お姉ちゃん」


「……鞠亜」


 俺を見つめた後、背を向けてコソコソと何か話しだす二人。


「……ど、どうしたんだ?」


 俺が聞いても、二人は何かを真剣に話し続けている。


 少しの時間待っていると……二人同時にこちらを向き――、


「――あっ」


 鞠亜が一瞬俺を一瞥したのち、いきなり走り出し石段を駆け上って行ってしまった。


 追いかけようとするが、鞠亜はもう少し見上げるほど上に登っている。


 数段走って石段を上るが――後ろを見ると、パタパタと俺の後ろを不器用に走る有澄さん。


 ……有澄さん、運動神経は控えめだよな。


 有澄さんを置いて鞠亜を追いかけるわけにもいかない。


「――いたっ」


 ――その時、有澄さんが段差に躓いた。


 俺は咄嗟に有澄さんの手を掴む。


 俺が手を引き、なんとか派手に転倒することは避けられた。


「だ、大丈夫? 有澄さん」


「うん……ありがとう」


 危ないところだったが、怪我はなかったようでよかった。


「ちょ、ちょっと靴があってなくて……」


「あぁ……」


 有澄さんの足元を見ると、少しヒールの高いベージュ色のお洒落なブーツがロングスカートの隙間から覗いていた。


「履き慣れてない靴できちゃって……ここに来るんだからもっと履きなれた靴で来るべきだったよね……ごめん」


「いや、それは俺がもっとしっかり伝えておくべきだった……」


 有澄さんは軽く足首をさすりながら言う。


「多分……鞠亜は上で待ってると思う。一緒に上まで行かない……?」


「…………うん、わかった」


 有澄さんと鞠亜は何を話していたのだろうか。

 なんで鞠亜は走って先に行ってしまったのだろうか。


 聞きたい気持ちはある。


 でも、有澄さんの瞳からは聞かないで欲しい、という気持ちが表れていた。


 もしかしたら、姉妹の間で何か分かり合っているのかもしれない。


 俺が口を突っ込むべきではないのかな……?


 あくまでも、家族である姉妹の問題。俺が介入していいのかも分からない。


 今日の朝からのギスギスした空気と、今の有澄さんの様子。


 問題は山積みなのかもしれないな……。


 俺はゆっくりと石段を見上げた。

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