第14話 確実な一歩
「あ、あの……今日一日……下野君と一緒にペアで行動して……」
初夏の熱気が立ち込めるなか――、
有澄さんは赤い顔でこちらを見つめ、言う。
「そ、その……本当に――」
『~~~~♪』
有澄さんの声を遮るように、俺のスマホの着信音が響いた。
なんだこのえぐいタイミングに! 今ではないだろ!
これで佐藤の暇電とかだったら一生恨むと思いながらスマホを確認すると……、
「……えっ?」
スマホの画面には――、
『及川鞠亜』
と表示されていた。
「……鞠亜!?」
「……え? 鞠亜から電話……?」
「う、うん。鞠亜から電話なんて初めてだな……」
珍しい。なにかあったのかな?
「……で、でてもいい?」
「…………いいよ」
一瞬の間があった後、有澄さんは答える。
有澄さんの話を折ってしまって非常に申し訳ないし、俺自身も話の続きを聞きたかったが、鞠亜から電話なんて珍しいのでもしかしたらなにか緊急の連絡の可能性もある。
俺はワンコールあいだを置き、意を決して通話ボタンを押す。
「も、もしもし」
『あ、一之進先輩! こんにちは!』
「おう、こんにちは……」
スマホから鞠亜のいつも通りな明るい声が響く。
「いきなり電話してきて、どうしたんだ? なんかあったか?」
一間置き、鞠亜は答える。
『ええっとぉー……暇電です!』
「暇電かよ!」
緊急の連絡とか心配して損したわ!
『い、一之進先輩、校外学習はどうですか……?』
鞠亜はやや緊張した声色で聞く。
――あー、もしかして……。
鞠亜、有澄さんから校外学習のことを聞いていたのかな……。
「えーっと、まあめちゃくちゃ楽しいよ」
『なっ!!』
鞠亜は押し殺したような声で言う。
『ど、どういうことですか! 一之進先輩、お姉ちゃんとっ――』
鞠亜は切羽詰まった声で。
『――イ、イチャイチャしてるんですかっ!?』
「どうしてそうなる!?」
鞠亜の泣きそうな声の訴えに、思わず反論する。
『だって……お姉ちゃんと
「いや、デートじゃないから!」
校外学習はデートに含みません!
『で、でもぉー……お姉ちゃんと手繋いだりとか、お弁当もらったりとかしてないですよね……?』
不満そうに声を上げる鞠亜。
「……お、お弁当はもらったけど」
『デートじゃないですか! なんでそんなに進展しちゃってるんですか!?』
「いや、これは違くて!」
別にそんなラブコメチックなイベントではない!
『お姉ちゃんのお弁当おいしいから……ど、どうしよう!』
「落ち着いてくれ! その、これは訳があったからであって!」
デートではないぞ!
「まず獣道があって、そこを歩いたら、池があって――」
俺は慌てて説明しようとする。
が、電話越しの鞠亜はさっきまでの調子とは違い、はたと押し黙っていた。
「あ、あれ? 鞠亜?」
『――一之進先輩』
鞠亜は俺の言葉を制するように言った。そして、ゆっくりと話し出す。
『……でも、そうですよね』
「……え?」
鞠亜の声はさきほどとは違い、落ち着いた、諦観するような大人のトーンで言う。
『一之進先輩、せっかくずっと好きだったお姉ちゃんと初めて一緒に行動して……そりゃあ楽しいですよね……』
「……ま、鞠亜」
『
「い、いや……」
何と返したらいいのか分からず、上手く言葉が出てこない。
『――でも……忘れないでください!』
鞠亜は、少し震える声で言った。
『わたしは、一之進先輩のことが大好きです!』
「――っ!」
『一之進先輩がお姉ちゃんのことが好きでも、わたしは諦めませんから!』
「ま、鞠亜……!」
『残りの校外学習、ぜひ楽しんでくださいね! じゃあまた今度!』
そう言って、電話が切られてしまった。
……きっと鞠亜は俺が有澄さんと校外学習に行くと聞いて、心配だったのだろう。
……俺だって有澄さんが他の男とペアワークしてたらきっと不安になるし。
でも、鞠亜は俺の想像しているよりも大人で、真っすぐで……。
ずっと俺のことを好きでいてくれる鞠亜に、そして直球の鞠亜の言葉に、胸が熱くなる。
「――下野君、鞠亜と何を話してたの……?」
少し呆然としてしまっていた俺に、有澄さんは真面目な顔で聞いてくる。
「い、いや、特に……」
有澄さんに電話の内容なんて言えるわけない。
「そ、そっか……下野君と鞠亜って、仲良いよね……」
有澄さんは、前を向きどこか遠い目をして言った。
⚫︎
公園のベンチにて。
及川有澄は、電話をしている下野一之進をじっと見つめていた。
――下野君、鞠亜と何を話しているんだろう……?
有澄の表情は無意識に少し強張っていた。
入学してからずっと話しかけてきてくれた、唯一の男の子。
今までは上手く話せなかったが、有澄にとって一之進は確実に他の人とは違う存在であった。
――最近は……、あんまり下野君が話しかけてくれることもなくなったような……。
有澄の胸がズキン、と鼓動する。
一之進が鞠亜と友達になって以降、一之進の有澄へのアピールが減っていたのは、事実である。
――あれ、なんでだろう……私には関係ないはずなのに……。
有澄の心に、まだ名前の分からない痛みが染みていた。
⚫︎
「はーい、全員揃ったようですねー」
やはりやる気のなさそうな先生の声。
とうとう濃密だったペアワークが終わり、生徒たちは皆最初に集合した広場に集まっていた。
もはや校外学習ではなく二泊三日の修学旅行だったんじゃないかと思うほどの数時間だった。
とりあえず明日はゆっくり休みたい。まあ普通に学校があるから無理だけど。
「今日各ペアで調べたことをもとに今度発表してもらいまーす。では、気をつけて帰ってくださーい、さようならー」
まるで台本を朗読するような音調で、先生はさっさと校外学習の終わりを告げた。
生徒たちが三々五々に帰るなか、
「――あ、あの、下野君!」
か細いが、どこか芯のある声。
声に振り向くと有澄さんがいた。
今日だけで、今までの一年分の有澄さんとの会話を回収できたような気がする。
よく考えたら今までの一年はずっと避けられ続けてたんだし。
有澄さんは真っ直ぐこっちを向く。
「どうしたんだ?」
有澄さんは消え入るように続ける。
「あ、あの……今日一緒に行動してくれて……、それに池に落ちそうな時、助けてくれて……」
少し照れたような顔で。
「――ありがとう……!」
それだけ言って、有澄さんは逃げるように行ってしまった。
あ、有澄さん……!
永遠とも感じられるほどの余韻とともに、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。
この日、三人の恋愛は、確実に一歩動いた。
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