第17話 初喧嘩

⚫︎


 午後五時。


 本日のメニューであるカレーを作るため、手際よくじゃがいもの皮をむき、冷蔵庫を覗く。


「あらあら、ドレッシングを切らしちゃってたみたい……」


 台所でぽつりと――及川文佳あやかは呟いた。


 リビングにいる――鞠亜におつかいを頼もうかしら、と思い声をかけようとすると――、


「ただいま」


 どうやらもう一人の娘――有澄も帰ってきたようだ。


 有澄と鞠亜、二人は文佳にとってかわいいかわいい自慢の娘であった。


「……ま、鞠亜」


「……お姉ちゃん」


 有澄と鞠亜が顔を合わせた瞬間、なぜか空気が一気に張り詰める。気温が一度くらい下がった気がした。


「ま、鞠亜、昼休みの時はごめんね」


「……なんでお姉ちゃんが屋上にいたの?」


 普段友達のように仲がいい娘たちだけど……どうしたのかしら。


 芯は優しく温厚な二人なので、今までほとんど喧嘩などはしたことがなかった。


「そ、それは……」


 くぐもった様子の有澄。


 そういえば今朝、鞠亜は急にお弁当を作りたいって言って二人分のお弁当を作っていたわね。


「なんでだろう……鞠亜と下野君が一緒にどこかに行くのを見ると、急に不安になって……」


「それってどういうこと!」


 語気を強める鞠亜。


「大体お姉ちゃんだって一之進先輩と一緒に校外学習行ってたじゃん! わたしだって! ……心配だったんだから!」


 有澄も普段はあまり感情を表に出さない性格だけど、最近は――校外学習に行った頃くらいから――活き活きしている気がする。


「ご、ごめん……。でも、私にも分からないよ……! なんでこんな気持ちになるのか……!」


 二人の間にバチバチ、と効果音がなっているかのような険悪な雰囲気。


「もう……! お姉ちゃん……負けないからね……」


「鞠亜……っ!」



「……あらあら……面白くなってきたわね」


 文佳は、遠巻きで初めての姉妹喧嘩をする二人を見つめて、ニヤニヤと笑っていた。

 そして、一之進君ねぇ、と二人には気付かれない声量で独りごちった。

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