第16話 大義名分

 やや重い扉を押し開けると、強い風が吹き込む。


「なんかめっちゃ久しぶりに来た気がするな……」


 なんやかんやあって一緒にお弁当を食べることになった俺と鞠亜は、学校の屋上に来ていた。


 屋上なんて去年ぶりだろうか。


 うちの学校は屋上が自由に解放されている。近所でも珍しいので、学校側としてはそれを売りの一つにしているらしい。


 だが、開放されている屋上は一年生の教室がある建物にあることもあってか、ワイシャツの校章の色を見るに一年生が大半だった。学年関係なくカップルっぽい人たちもいるけど。


 俺自身も一年生の最初のころにどんなものだかと友達と来た時以来、滅多にわざわざ屋上には来ていなかった。

 だからなんとなく新鮮な気がする。


 屋上に数個あるベンチにはすでに先客がいたので、人工芝の地面に並んで座る。


 流石屋上の自由解放を売りにしている学校なだけあって、綺麗に整備が行き届いている。開かれた空間は軽い庭園のようになっていて、大小さまざまな植木などの植物もある。


 ここで放課後本とか読んだら気持ちいいかもな。


 いや、放課後はカップルで溢れかえってそうだから逆に気分悪くなるかもしれない。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


「一之進先輩、どうぞ!」


 鞠亜がピンクのお弁当を差し出してくる。


「あ、ありがとう……!」


 まさに俺は今、カップルまがいのことをしているのだ。


 学校の屋上で、女の子に作ってもらったお弁当を食べる。

 傍から見ればカップルに見えてもおかしくない。


「うまく作れたかわかりませんけど……」


 少し顔を赤くして、恥ずかしそうにする鞠亜。

 

 お弁当を開けると――何を恥じることがあるのか――美味しそうなお弁当が広がっていた。

 左半分にはご飯にふりかけ、右半分はウインナー、そしてたらこパスタの脇にきんぴらごぼうが添えられている。


「急いで準備したんで、全然大したものが作れなかったんですけど……」


「いや、そんなことないぞ! めっちゃ美味しそうじゃん! 鞠亜、料理できたんだ」


「いえ、普段は全然しません! 今日もお母さんに手伝ってもらいましたし……」


 謙遜なのか本当なのかは分からないが、とにかく美味しそうだ。


「食べてもいいか?」


「もちろんです!」


 俺は一口きんぴらごぼうを口に運ぶ。


 シャキシャキの食感とともに、噛むほど甘すぎず辛すぎないちょうどいい味が口に広がる。


「おいしい!」


「ほ、ほんとですか!」


 鞠亜は安心したように、顔を綻ばせた。


「うん! めちゃくちゃおいしいぞ!」


 今度はたらこパスタを食べてみようとした時――、


「一之進先輩、実はわたしの分のお弁当も作ったんですけど、ちょっとだけ中身が違うんですよね」


 へー、そうなのか。


「こっちの卵焼き、自信作なんです」


 ふーん、そうなんだ。


「だから、食べてみてくれませんか?」


「おう、わかった」


 ……あれ、でも自信作なら俺の弁当に入れなかったのかな。いや、自惚れすぎか。自信作なんだから自分で食べたかったんだな。


「――一之進先輩、あーん」


「あー……ん――ちょ、ちょっと待って!」


 鞠亜は当然のように箸で掴んだ卵焼きを差し出してくる。


 まさかこれが狙いだったのか!?

 密かにあーんをする大義名分を作っていたのか!?


「一之進先輩、いいじゃないですか、これくらい」 


 鞠亜が甘えたような声で言う。


 だが、鞠亜も緊張しているのだろうか、下に目線をそらし、箸に挟まれた卵焼きは若干小刻みに震えていた。


 鞠亜の持つ箸が、だんだんと大きく見えるようになる。


 俺は思わず息を飲む。


 い、いいのか? 本当に?


 止まることなく近づく卵焼き。口との距離は約十センチ。


 俺が反射で口を開けようとした時――、


「――えっ」


 思わず、拍子抜けな声が出た。


 俺の正面、鞠亜の真後ろにあたる大きな植木。


 その後ろに――


 見覚えのある顔があった。


 赤い顔でこちらを見つめるその人と目が合う。


 鞠亜は俺の様子に気付いたようで、


「どうしたんですか……って、お姉ちゃん!?」


 木の影から――有澄さんがこちらを見ているのを発見したようだ。


「ご、ごごごごごめんねっ!」


 二人に見つめられ、顔を真っ赤にして姿を現す有澄さん。


「有澄さん……なんで?」


「お姉ちゃん……どういうこと?」


「な、なんでもないよ! これには訳があったと思うの! じ、じゃあね!」


 有澄さんは声優レベルの早口でまくし立てる。


 有澄さんがこんなに焦ってるのなんて、めっちゃレアなんじゃないか、ってそんなことはどうでもいい!


「あっ……!」


 なんでこんな所にいたかを聞く前に、有澄さんは逃げていってしまった。


「――もぉぉぉー! お姉ちゃん! 帰ったらお説教だから……!」


 鞠亜は憤慨したように言う。


「一之進先輩、食べてください!」


 鞠亜がやや投げやりに卵焼きを俺の口めがけて差し出してくる。



 人生初あーんは、ほとんど記憶にありませんでした。

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