第18話 えっ?
『――ンカーンコーン』
「……あっ」
夕日が照らす、放課後の自習室。
及川有澄は、学校に残って勉強をしていたが――いつの間にか寝てしまっていたようだ。
すでにもうすぐ下校時刻であることを知らせるチャイムが鳴っている。
――なんでかなぁ。
これは有澄にとって、緊急事態であった。
成績優秀であり高校に入ってからも定期テストでは常に学年トップクラスの順位につけてきた有澄。
だが、最近は全然勉強に身が入らない。
原因は、はっきりしている。
勉強に集中できないのは――ふとしたらある人のことを考えてしまうのだ。
「一の階乗……一之……しん……?」
……結構、限界状態だった。
最近は何をしている時でも、一之進のことを考えてしまう。
授業中だって、ふと気づいたら先生ではなく一之進の後ろ姿を眺めていた。
一年生の時からずっと話しかけてきてくれた一之進、校外学習の時守ってくれた一之進、鞠亜と楽しそうに話す一之進。
頭の中で走馬灯のように一之進の姿が駆け抜ける。
そして、胸が激しく揺さぶられる。
この心の鼓動の名前は、まだ有澄には分からなかった。
「……帰ろっか」
有澄は小さく首を振り、勉強道具を片付ける。
少し遅くなってしまった。
もう誰もいない自習室を後にして、薄暗い校舎を一人歩く。
自習室のある校舎は、学校の一番奥にある。
教科の専門教室や各部活動の部室、図書館などと一緒に並ぶだだっ広い自習室は、居心地はいいが教室からだいぶ離れているので、あまり人気がなかった。
その意味では穴場的なスポットなので、有澄はよくここで勉強をしていた。
ぼーっとした頭で有澄はこぼれ日が若干差し込む廊下を抜け、階段を降りようとする。
――その時、
「――あ、もしかして、及川有澄ちゃん?」
「……え?」
上の階の踊り場にたむろしていた、数人の男子生徒に声を掛けられた。
部活終わりなのだろうか、ワイシャツの前ボタンを開け、袖からはガッチリとした腕がのぞく。野球とかやってそうなガタイだ。
「おー、確かに噂通り可愛いじゃん」
「ライン交換しよー」
「てか、この後ちょっと時間ある?」
気を抜いていたほんの一瞬で、有澄は男子生徒に囲まれてしまった。
「わっ……え……っ!」
⚫︎
『――キーンカーンコーン』
もうすぐ下校時刻であることを知らせるチャイムが響く。
「ふぅ、帰るか」
学期の最初にじゃんけんに負けたことで仰せつかった、図書委員の仕事が終わった。
まあ週一で下校時刻まで図書室にいるだけだからそんな大した仕事ではないが。
「さようならー」
「さようなら……えーっと、田中くんだっけ?」
「あ、違います」
「あーっと……佐藤くんか」
「いいえ」
「……高橋くん?」
「下野です」
「あー! そうだったわ、思い出した!」
絶対嘘だろ!
司書の方に挨拶をして、図書室を出る。
最近日が長くなってきているが、この時間となるとさすがに少し薄暗い。
さあ、今日は帰って何をしようか。あ、数学の課題が残ってたな。
そんなことを考えつつ、階段を下りると――
踊り場の所で、野球部のいかつい男子生徒たちがたむろしていた。
……うわぁ、なんか嫌だなぁ。
スポーツやってる奴らが集まってると、同学年だとしてもなんか怖いよね。
しかも制服を着崩してるし。
俺は気配を消して、男たちの脇を通り抜けようとする――
「……えっ?」
――が、よく男たちを見るとそこには見逃せない光景が広がっていた。
「あ、有澄さんじゃん……!」
四人ほどの男が囲む真ん中には、有澄さんがいたのだ。
不安そうに強張った表情を浮かべている有澄さん。
「……えっ……いや……」
完全に困っている。
有澄さんが、絡まれてる……!
なんでここに有澄さんが……? なんであんな奴らに絡まれてるんだ……?
そんなことを考えるより先に、俺は動いていた。
有澄さんと男たちの間に、無理やり立ち入る。
「……な、なんだお前っ!」
突然現れた俺に、男たちは一瞬たじろぐ。
「及川さんから離れろ!」
思わず、口にしていた。
「いきなりなんだよ……! 誰だお前?」
急に現れた俺に対し、いかつい男たちはガンを飛ばすみたく睨む。
だが、今はそんなのにビビるなんて気持ちはこれっぽっちもない!
有澄さんを怖がらせる訳にはいかない!
……『誰』、か。
「俺は……及川さんのことが好きな人だ!」
言い放つ。
――。
「「「「…………えっ?」」」」
…………あれ?
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