第12話 これっていわゆる
――公園のベンチで二人、有澄さんの手作り弁当を食べる。
一ヶ月前のガチ脈ナシ期の俺に言っても絶対に信じられないような風景が、今まさに目の前に広がっている。
有澄さんの持つ水玉模様の爽やかな弁当袋に包まれた、手のひらに収まるサイズの女子っぽいお弁当箱。
普通のお弁当のはずだが、俺にはそこからピンクのオーラが出て、キラキラ光っているように見える。ゲームでいうSレアカードみたいに。
「その……、あまり期待しないでね」
つい有澄さんのお弁当を凝視してしまっていた俺に、有澄さんは若干顔を赤らめて言う。
「ご、ごめん……!」
期待しないでと言われても、無理がある。
これで期待しなかったら、俺の人生でなにかに期待できる瞬間がなくなってしまう。
「……はい、これ! 美味しいか分からないけど……」
「お、恐れ入ります……!」
有澄さんは少し不安そうな顔で下を向いて、俺に弁当箱を差し出す。
緊張してついビジネストークみたいな感謝を述べてしまった。
俺は有澄さんから薄いピンクに彩られた小判型の弁当箱を受け取る。
これが有澄さんの弁当…………!
やや覚束ない手つきで弁当箱に巻かれたゴムバンドを取る。
そして、ゆっくりとふたを開けると――、
「うわぁ……!」
期待を裏切らない素晴らしい光景が広がっていた。
弁当の半分に輝く白米の上にのるフレーク状の鮭、小さな唐揚げにベーコンに巻かれた細いポテト、そして程よく焼かれたきれいな形の卵焼き。
シンプルな弁当だが――、それがいい。
ひとつひとつのおかずがとても丁寧に作られていて、有澄さんのお弁当という色眼鏡を抜きにしてもめちゃくちゃ美味しそうだ。
「これ全部手作りなんだ、すげぇ……!」
「い、いや、そんな大したものじゃないよ」
「いや、絶対にそんなことはないと思う! 食べても大丈夫?」
「う、うん……」
有澄さんは俺に弁当と同じ色の薄ピンクの箸を渡そうとする……
が、俺が箸を受け取ろうとしたその時――、
「――ご、ごめん! 今日卵焼きの味見し忘れてたから一個食べさせて!」
そう言って有澄さんは手に持っていた箸で、三つほどあった卵焼きのうちひとつを口に運んだ。
「……」
「……う、うん、大丈夫そうかな……。よかったぁ……」
「…………」
「はい、じゃあこれ…………」
「………………」
「………………」
有澄さんは箸を手渡そうとして、何かに気付いたように動きを止める。
そして、二人は急に時が止まったかのように微動だにしなくなる。
……俺が今朝コンビニでもらった紙袋に入った割り箸は、池の水に浸食されていてとても使えるような状態じゃなかった。
だから、有澄さんの箸を借りることになっていたのだが……。
有澄さんが先に箸を使ってしまったので……、
――箸が、ないっ!
「ご、ごめん下野君! 私なにやってんだろ……!」
「い、いや、しょうがないよ! 俺も途中まで気付かなかったし!」
「ど、どうしよ……!」
予期せぬ事態に、俺も有澄さんもなかばパニック状態。
「も、もし私が使ったので良かったら使っても大丈夫だよ……?」
「!?」
有澄さんはさっき自分が卵焼きを食べた箸を見て言う。
きっと有澄さんがなんとかしようと咄嗟に出してくれた打開案なんだろうけど……!
そ、それっていわゆる――!
「……ご、ごめん! そんなの嫌だよね……」
「そ、そんなことないけど……!」
やばい!
「ほ、ほんと……? じ、じゃあ……」
有澄さんは俺に箸を差し出す。
こ、これっていわゆる間接キス!?
いきなり展開が進みすぎじゃないですか!?
有澄さんは箸を渡そうと、じっとこっちを見つめる。
これは……俺が箸を受け取るのを待ってる……!
……いいのか!? 本当にいいのか……!?
でも、ここまで来て断ったら、多分有澄さんを傷つけてしまうだけでなく、どこか気まずい雰囲気になってしまうと思う。
……これは意識しちゃ駄目だ。
うん、有澄さんはたった一つ卵焼きを食べただけである。間接キスといっても、間接キスレベル1だ。
というか、こんな状況でもう引き返せない!
よし! 覚悟を決めろ、俺!
「う、うん!」
思わず声が上ずる。
俺は有澄さんの少し温かい体温が残る箸を受け取り、慎重に持つ。あれ、箸ってどうやって持つんだっけ……?
箸の持ち方について数秒熟考したのち、うまく持てないままゆっくりともうひとつの卵焼きに箸を伸ばし、何とか卵焼きをつかんで……、
震える手で卵焼きを口に運搬しようとした――その時、
「あ、有澄ちゃん!」
「あれ、何やってるのー?」
「あ、さらちゃんたち……」
四人ほどの女子の集団が現れた。
どうやら有澄さんの友達のようだ。
そして一間置き、女子軍団の視線が一斉に俺に向けられる。
「あれ、なんでこの男の子、有澄ちゃんのお弁当食べてるの……?」
「有澄ちゃんのお箸使ってるし……」
これは……、まずいかも。
女子軍団はお互いに目を合わせる。
……そして、やはりよくない答えにたどり着いたようだ。
「も、もしかして……!」
「男の子とお弁当をシェアしてる……!」
「えぇっ! あの恋愛に興味なさそうだった有澄ちゃんが……!」
「そういえば、うちこのまえこの男の子が有澄ちゃんに話しかけてたの見たことあるよ!」
「あ、有澄ちゃん、邪魔してごめんね! うちらどっか行くね!」
「ちょ、ちょっと待ってーーー!!」
有澄さん史上最大の大声で、立ち去ろうとする女子たちを引き留めた。
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