第10話 聖人的ピュア



――ここまでのあらすじ――



 及川有澄(姉)のことが好きな下野一之進は、及川鞠亜(妹)から告白された。

 有澄への想いを振り切れない一之進は、自分の気持ちを言った上で鞠亜と友達になることになった。


 鞠亜との距離が少しずつ近づく中、一之進は有澄と校外学習のペアワークで一緒の班になる。

 これから一之進の恋はどうなるのか……!?



*更新日が大分空いてしまったので、軽く振り返れるようにと思いあらすじをつけました。新しい読者様は無視してもらって大丈夫です。


 





――――――本編――――――






 初夏の日差しが照らす生暖かい一日。


「はーい。皆さんできるだけ小さく集まってくださーい。これから各ペアに別れて行動してもらいまーす」


 学校から歩いて十分ほどの、大きな自然公園。


 とうとう校外学習当日になってしまった。


 俺と有澄さんが校外学習のペアになった日からはや一週間が過ぎた。この一週間はほとんど一瞬で過ぎ去ったような気がする。


「これから集合時間まで、この広い公園内を自由に探索してくださーい。後日、それぞれのテーマについてペアで発表してもらいますよー。では、絶対に問題だけ起こさないでくださいねー。行ってらっしゃーい」


 やはりやる気のなさそうな先生の言葉と共に、ガヤガヤ、と周囲が徐々にざわつきだす。


 始まる……!


 冷静に考えても、好きな子と二人きり。控えめに言って、緊張で吐きそうだ。

 でも、もうそんなことは言ってられない。頑張らなくては。


「……あ、し、下野君」


 綺麗な声が掛けられる。


「……及川さん」


 学校指定のジャージからも溢れ出る気品。


 控えめに右手を挙げてこちらに向ける姿。


 少しぎこちない笑み。


 ずっと遠目でしか見られなかった姿が、今目の前にある……!


 夢だと言われた方が現実味のある光景に、思わず目を逸らす。


「い、行こっか」


「う、うん」



 こうして、まだどこかぎこちない二人の一日が始まった。





「……いないな」


「……いないね」


 六月初旬。


 広大な自然公園。


 俺の引き当ててしまった調べ学習のテーマは『自然と虫たち』だったが……、端的に言えば虫がいなかった。


 季節が若干早いからだろうか。


 もしかしたら俺は、とことんハズレくじを引いてしまったのかもしれない。

 いや、どうすんのこれ。


 注意深く見れば蟻とかちっちゃい蛾みたいなのはいるけれども、それだけじゃ流石に発表の材料が不足している。


「あ、あの、下野君」


「――うん?」


 有澄さんは、先程先生から配られた自然公園の地図の一部分を指差し、


「こ、ここ、昆虫池っていうのがあるよ……?」


 と、提案をする。


 ……確かに昆虫池ならば虫もいるかもしれない。


「そこだ! 行ってみよう!」





「いや、ほんとにここか……?」


 先程の広場から五分ほど歩いたところ。

 消えかけた文字で『昆虫池』と書いてある、古寂れた矢印の看板があった。


 矢印の指す方法は――生い茂っている木々の隙間にある細い道だった。まるで獣道の入口のような雰囲気である。

 ……これ大丈夫そ?


「なんか思ったよりも険しいな……」


「そ、そうだね……」


「やっぱりやめようか。ほら、そこら辺にいる蟻についての発表とかでも頑張ればなんとかなりそうだし――」


「――い、行ってみない?」


「……え!?」


 まじ!?

 これ明らかにか弱そうな女の子がお散歩がてらに行く道じゃないぞ!

 耐性ないのにジェットコースターやらお化け屋敷やらに突撃して行った鞠亜と似てチャレンジャー気質なのか?


「や、やっぱり……虫のテーマに選ばれたんだし……。きっと昆虫池には虫、いるんじゃないかな……?」


 ……ピュアすぎる!


 そういえば有澄さんは聖人のように真面目な子なのだった。


 ……俺はなんと穢れていたんだ。


 虫がテーマなのに昆虫池に行かないなんて……! そんなの有り得ないだろ!


「ごめん! 俺が愚か者だった! 行こう!」


「愚か者……!? なんで……?」



 なんやかんやあって、俺と有澄さんは獣道へと吸い込まれていった。





「きゃっ!」


 ――獣道は、獣道だった。


 狭い山道に、なにしろ大量の小さなハエのようなよく分からん虫。


 歩いているだけで『ブンブン』と耳に音が響き、とにかく鬱陶しい。


 有澄さんはというと――、


「ひぃっ……!」


 ……完全に怯えていた。


 やっぱり虫嫌いの女の子が来るところじゃなかったって!


 よく良く考えればテーマを決める時も『む、虫は嫌かも』って言ってたんだから、相当嫌いなんだろう。


「うぅ……虫除けスプレー持ってくればよかったな……」


「まさかこんな所に来るとは思わなかったからな……。やっぱり引き返そうか……?」


「い、いや、頑張る……!」


「まじで!?」


 顔が完全に死んでますけど!


 ……ただ、いつも凛とした雰囲気の有澄さんが弱っている姿を見ると、どこか庇護欲がそそられる。


 俺が守ってあげたい! と思いつつも具体的にこの状況で守ってあげられる方法なんて思い付かないので何もすることができない。


「ひゃっ!」


 有澄さんのすぐ横を、大きめのハエが飛ぶ。


「……おぉっ」


 咄嗟の悲鳴とともに、有澄さんの体が密着した。


 鼻孔に石鹸の香りが通過する。


 細い身体ながら、どこか柔らかいところもあって……って何考えてんだ俺!


 心臓のドキドキは有澄さんに聞こえていないだろうか、と心配するほどに胸の鼓動が早まる。


「だ、大丈夫?」


「うん……。だいじょうぶ」


 最早涙目になっている有澄さんは、俺に体を密着させていることに気付いていない。


 有澄さんの細い手が、俺の腕をぎゅっと掴む。


 ほとんど腕には感覚が残っていなかった。


 やばい! まじやばい!!


 俺は色んな意味で体が熱くなりながら、歩を進める。



 お互いそれぞれの意味で限界状態の中、なんとか歩くこと数分。



「――し、下野君……あれ……!」


「は、はい……!? ……おお!」


 前方、ずっと代わり映えしなかった山の中の景色が、開けている。


 そして、見えるのは木漏れ日に照らされ、キラキラとエメラルドグリーンに光る水面。


「……着いたか!?」


 本当にこんな所に昆虫池なんてあるのか、と思っていたが、ついに池なるものが見えてきた。


 やや急ぎ足になって、水面に近づく。


 円形の池には真ん中まで行ける細い木の遊歩道があり、気をつけながら遊歩道を駆ける。


「うわぁ……」


「すげぇ……」


 遊歩道の真ん中で、俺と有澄さんは思わず感嘆の声をもらした。


 池に浮く、一面に広がる大量の蓮の花。


 周りには蝶やトンボが、悠々と空に漂う。


 森の中、ここだけ世界が違うような幻想的な風景は、小学生のころに作った秘密基地のようなワクワク感を擽られる。


 こんな山中にこんな綺麗な所があったなんて……!


「まさかこんな所があるなんてな……」


「うん……!」


 わざわざあんな道と言えないような道を歩いて、あったのがただの水たまりだったら地獄だな、とか本気で心配していたが杞憂だったようだ。


「……き、来てよかったね!」


 首筋に汗をつたられながら、お淑やかな満開の笑顔をつくる有澄さん。


 好きな人の初めて見る顔は、今までで一番魅力的に見えて……。


「……うん!」


 自分でも顔が赤くなっているのが分かった。


 ……本当に来てよかったなぁ。


「綺麗な虫もたくさんいるなぁ。写真とか撮っておこうかな……」


 非常にいい雰囲気が流れるその時――、


 ――ヒュー、と強い風が吹く。


 頭上の木がサヤサヤと揺れる。


 それは、一瞬だった。


 ポトッ、とスマホを手にする有澄さんの腕に、芋虫が落ちてくる。


「あっ……」


 一瞬、全ての時が止まった。


「き、」


 チャージ完了!


「キャーーー!!!」


 有澄さんの高らかな悲鳴が響く。


 パニック状態で虫を払おうとする有澄さん。だが、激しく動いたため細い木の遊歩道から落下してしまいそうになる。


 ……これはまずい!


 俺は倒れそうになる有澄さんを咄嗟の右手で遊歩道に押し返す。


 有澄さんはふらつきながらもなんとか遊歩道の真ん中に留まる。なんとか落ちずに済んだようだ。


 ……あれ、これ止まれなくね?


 バスケ選手がコート間際のボールを空中で押し戻して、コート内にボールを保つ。そしてその選手はコート外に倒れ込む……、それだった。


「ギャーーー!」


 バッシャーン、と俺は勢いそのまま綺麗に池にダイブした。





――――――――――――――――――――――――――――


 更新が滞ってしまっていて申し訳ありません!


 学業との両立に苦戦したり、体調を崩してしまったりと、自分の中でなかなか小説を書く時間を作れずにいました。


 更新が遅くなってしまいましたが、この作品は責任をもって最終的な完結まで書きます(もうすぐ完結するとかではなく、まだまだ先のことになるとは思いますが)。


 今後の予定としては、『木曜日と日曜日の週二』で更新します。

 詳しくは近況ノートにも書きましたので、もし興味があればサラッと見て頂ければ幸いです。


 これからもこの作品をどうぞよろしくお願い致します。

             不管稜太



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