第24話 心の距離と、二人の距離
いつの間にか日は落ち、薄暗い光と共に提灯の明かりが祭り特有の雰囲気を醸す。
色々あったが、二人でかき氷を食べた後はいくつか他の屋台を巡ったり、人ごみに疲れて休憩をしたりしていた。
そして時刻はもうすぐ十九時になろうとしている。
俺と有澄さんは祭り会場に隣接している公園で、二人並んで座っていた。
「……もうすぐだな」
「……そう、だね」
今日は祭りだけでなく、近くで花火大会も予定されているのだ。
花火会場の会場からすこし離れてはいるが、ここからは十分よく花火が見えるらしい。
ふさふさの天然芝で覆われた広い公園には、多くの人が集まっていた。
そして、全員が空を見上げている。
芝生の上で有澄さんと並んで座ってから間もなく、みんなの視線に答えるかのように一発目の花火がまだ少し薄暗い夜空に打ち上がった。
小さな花火の玉が、ゆっくり空へと昇っていく。
そして、ふと光の玉が見えなくなったと思うと、パン、という音と共に大きな花火を咲かせた。
近場で見ると花火ってこんなに大きいんだな……。
最初の花火を皮切りに、次々と多種多様な花火が打ち上がった。
オーソドックスな円形のものから、パチパチと輝くものまで、夜空という広いキャンパスに刹那の絵が描かれる。
この前鞠亜とした手持ち花火もよかったが、それとは違う大迫力の打ち上げ花火もやっぱりいいな……。
そんなことを思いながら、ふと有澄さんの顔を覗いてみる。
――が、横を向くと有澄さんはちらりとこちらを見ていた。
有澄さんと目が合った瞬間、反射的に前を向く。
有澄さんも同様に目線を逸らしたのが分かった。
な、なんでこんな大迫力の花火を前にしてこっち見てるんだ! いや、ブーメランになるけど!
もう一度、恐る恐る有澄さんの方を見てみる。
すると――、有澄さんも同時にこちらに顔を向けようとしていた。
そして、瞬時に二人揃って何事もなかったかのように前を向く。
「――ハハハっ」
「――えへへ」
ぎこちなすぎるワンシーンに、思わず二人笑い出す。
「花火すごいな」
「あ……うん」
気恥ずかしさをごまかすため、当たり障りのない話題を切り出してみる。
……俺はずっと片思いしてた時期が長かったから、どこか有澄さんとは長い付き合いをしているような気がしてしまう。
でも、よく考えればつい最近になってようやく初めてまともに話したのであって、それ以前は会話という会話はなかった。
それに有澄さんは大人しい方で鞠亜みたいにグイグイ来るタイプじゃないから、どこか心の距離があるように感じてしまう。
心の中にいる存在が大きすぎて、実物の二人の間にはまだ壁があるのかもしれない……。
だから、二人の間には変な気まずさがあるのかもしれない……。
そんなことを考えていたその時――、
後ろに投げ出していた左手の人差し指に、なにか柔らかいものがふれる。
こ、これは……!
見なくても、これは何なのかが分かった。
祭り会場に着いて人ごみに飲まれそうになった時に俺の小指を握っていた、有澄さんの手。
あの時の感覚と、温かさも柔らかさも同じだった。
「し、下野君っ……!」
「な、なんだ?」
有澄さんの声は少し上擦っていた。
「実は私たちって、長い間話したりしているように思っても本当はあまり喋ったこともない、よね……?」
「……そうだな」
どうやら有澄さんも俺と同じことを思っていたようだ。
「で、でもね!」
緊張の色を帯びた声音で続ける。
「私はずっと前から下野君のことを知ってて、もっと話とかしてたような気がする……!」
「……それは、俺も思う」
実際に俺は高一の頃、有澄さんに話しかけたり、時には告白したりしていた。全部空回っていたが。
でも、それとは別に有澄さんのことを心の中で考えている時間も沢山ある。
お互い喋ってはいなくても、心の中にはお互いが存在していた。
有澄さんがあの頃の俺をどう思ってくれていたかは分からないが、初対面で話しかけまくって告白なんかしちゃう奴のことは嫌でも印象に残ると思う。
短いような付き合いで、実はそんなことはない。
俺と有澄さんの間には会話さえなかったが、不思議と繋がっていた。
「だ、だから……私はもっと下野君のことを知りたい……!」
人差し指にふれる手に、少し力が入る。
「一年生の頃と二年生の下野君と話すようになる前の時間を、取り戻したい……!」
近いようで、実は遠い。
でも、きっと近くもある。
花火の光に照らされていてもわかるくらい真っ赤な顔をしてそんなことを言ってくれる有澄さん。
今日の有澄さんは確実にいつもとは違った。
恥ずかしがりながらも、俺と有澄さんの関係を進めようとしている。今までの時間を埋めるように。
「及川さん……! 俺も同じ事思ってた!」
赤い顔でこちらを見る有澄さん。
「もっと、及川さんと仲良くなりたい」
お互いの気持ちは少し噛み合いつつある。
俺と有澄さんに足りないのは、単純に仲の良さだけだ。
「う、うん!」
有澄さんは――ある意味では昔の俺のように――真っ直ぐぶつかってきてくれている。
俺も有澄さん、そして鞠亜の想いに本気で向き合い、答えを出さないといけない……!
あらためて、そう思った。
それから、花火を見ながら有澄さんと色々な話をした。
○
それからどれくらいの時間が経ったのだろうか、気が付くと花火大会は終わっていた。
「……終わっちゃった、ね」
「……そうだな」
俺の言葉にも有澄さんの言葉にも、どこか名残惜しさがあった気がした。
「じゃあ帰ろうか、及川さん」
「……そうだね」
この時間でどれだけ仲良くなれたのかは分からない。
だが、心の中にだけにしかいなかった有澄さんが今目の前にいる、そう思えた。
これは多分、大きな進歩なんじゃないか。
傍から見ればめちゃくちゃ初々しいデートだったかもしれないが、二人にとっては大進展だと思っていいはずだ。
「及川さん……今日は楽しかった! ありがとう!」
「う、うん……」
……有澄さんはどこかまだ不満げに見える。
「ど、どうかしたか?」
「あ、あの……!」
有澄さんは下を向きながら、消えるような小さな声で。
「ありがとう……
「……え? なんだって?」
「い、いや、なんでもない!」
……ごめんなさい。本当は聞こえてました。
「こちらこそ……あ、
「っ!」
今までは、お互いを苗字で呼び合っていた。
だが、それは今考えれば自分たちで距離を作っていただけかもしれない。
もう、お互いを苗字で呼び合うようなよそよそしさは、きっとそぐわない。
これで、二人の距離感がもう一歩近づいた気がする。
「ありがとう、有澄さん」
「っ〜〜〜」
……前までは冷静沈着でクールなイメージもあった有澄さんだが、こんな天然で照れている姿がかわいいなんて知らなかったな。
茹でダコのように真っ赤になった有澄さんは、恥ずかしさからか、しばらくこちらを向いてくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます