14話 砦の取引


 馬に乗ることは許されず、四方八方を馬上の騎士に囲まれて歩く俺たちは、手足を拘束されてはいないもののまるで囚人しゅうじんだ。


「そう不満そうな顔をするな。そなたらを守るためだ」

「え」

「太陽が消えたのはヒューリーの行いのせいだと、怒っている民がほとんどだからなあ」


 そのセリフを、ライナルトが激しく否定した。

 

「そんなことは、断じてしていないっ!」

「どうだかなあ」


 悠然ゆうぜんと馬上に在る国王は、ちろりと視線だけを寄越した。


「隠れさせた太陽神を、御子みこ召喚で復活させる。我こそが聖地であると言うには十分だよなあ」

「うわー! そう言われたら、そうじゃん!」

「がっはっはっは! シンは素直だな。本当に狐か?」

「人間ですってば」

「がっはっは。だがそのようにデスホースを手なずけるなど、常人にできることではないぞ」

「ですほーす?」


 俺が横を歩いているソルを見上げると、ムキッと歯茎はぐきをむきだしにして笑った後、またしれっと前を向かれる。

 

「ですほーすって!? なんなの!? ライ!?」


 思わず後ろを歩いているライナルトを振り返ると、びっくりするぐらい冷や汗をかいている。

 

「あー……そうかなと、思ってはいたんだが……不死で、知能が高く戦闘にけ、非常に荒い性格の馬で……人間に懐くことはない伝承の生き物だ」

「えぇ」


 絶句だ。グリモアがあっさり呼ぶから、俺もあっさり受け入れていた。というか、グリモア、死神だった。言われてみれば、魔獣もガシガシ生で食っていた。馬は草食である。そうだな、そうだよな、である。


「うああぁ……ソル、人参好き? とかアホなこと聞いて、ごめんな……」


 普通の馬扱いしてしまった。かなり失礼なことなのではないかと気づく。

 

「ブヒン」

「怒ってない?」


 ぱしん、と尻尾が揺れる。怒ってはいないようだ。


「よかった!」


 またムキッとされたので、心底ほっとする。やっと心が落ち着いたのに――

 

「その馬一頭で、一国の騎士団に匹敵する」

「え? ええええええええ……」

「タラッタに属するというのなら、歓迎するぞ!」

「ブルンッ!」

「お断りだそうです!」

「だっはっは」

 

 海の王、多分、底意地が悪い。


 


 ◇




「うあああ綺麗だな~」


 案内されたのは、森の王国ヒューリーとの国境に建てられた、海洋王国タラッタの砦だ。

 岩石を積み上げて作られた頑強な壁は、突破するのは難しいと思わせるのに十分な迫力を放っている。


 砦の向こうは湾になっていて、広大な海が広がっている。海岸にはいくつもの船が繋がれているが、沖に出ているものはない。


 その砦の物見台になっている最も高い塔の首元に、グリモアが収監されているのだという。

 

 国王自ら説明をしながら、砦の外壁上部に設けられた回廊を歩く。俺たちはただ黙ってその背中についていくだけだ(さすがにソルは上がれないので、ストック肉を与えて、下で待ってもらっている)。ひゅおおおお、と前髪を巻き上げる海風は強く、真っ暗な空の元で歩く高所は、ただひたすらに恐ろしい。ドン、と背中を押されたが最後、真っ逆さまに絶命必死だ。


「恐れながら」


 ライナルトが、海風に負けじと声を張る。

 

「なんだ、ライナルト」

「死神を召喚したのは、そちらではないのですか」

「いや。ヒューリーの手の者が我が国内で召喚し、余の命を狙わせた」

「!! なら、なぜ、その」

「生きているか? はは。日常茶飯事だから、対抗策ぐらいある。獣の魂を込めた、身代わり人形があってな。今回ようやく、死神を捕縛できたのだ」

「なんと……」

 

 俺はライナルトの心中を想像するだけで、胸がキリキリと痛んだ。

 民を守り、いつくしむのが聖騎士団長の役目だと誇りを持っていた彼には、受け入れがたい事実なのではないか。


「ライ……」


 だが、かける言葉が見つからない。エミーも同じ気持ちのようだ。目を潤ませて、下唇を噛んでいる。

 

「……まさか死神を利用していたなどと……」

「信じられないなら、死神に直接話を聞けば良い、と言いたいがな」


 国王アンセルミが、厳しい表情で歩みを止めた。


「見ろ、海を」


 眼前に広がる大きな湾は、もし太陽があればキラキラと輝いていただろう。だが今は、ただひたすら真っ黒だ。しかも、あちこちで白波が立っている。ということは、素人目でもかなり荒れていることが分かる。


「本来この場所は非常に穏やかで、漁業が盛んな場所だ。だが高波で漁がままならぬどころか、巨大な魔獣が出現しておる」

「巨大な、魔獣!?」

「ああ。世界中の魔獣が活性化しているのは、気づいておるか」


 ここに至るまでの旅でも、様々なものに襲われた。熊、狼、イノシシだけじゃない。サルや犬、虎やライオン。ありとあらゆる獣が狂暴化しては襲って来ていた。

 

「このままでは、魔物が生まれる。そうしたら、世界は終わりだ」

「魔物と魔獣って、何が違うんです?」


 軽い気持ちで質問した俺に、ふっと国王が厳しい目線を緩める。

 なぜか周りの騎士たちが慌てふためいているが、俺にはよくわからない。首をひねっていると、ライナルトが眉尻を下げて言った。


「シン。国王陛下と直接話をするには、相応の身分がいる。今のは大変な不敬に当たるのだ」

「うげ!」


 そんなの、知らないし!

 

「はっは。良い、気にするな」


 笑いながら国王がすっと手のひらを水平に横へ出すと、俺に敵意のようなものすら向けていた周辺の騎士たちがかしこまって胸に手を当て、頭を軽く下げる。心底国王を尊敬しているんだな、と仕草だけで感じた。


「魔獣は、簡単に言えば自然界にいる生き物が狂暴化したもの。一方魔物は、魔石から生まれるよこしまなものだ」

「魔石!」


 グリモアの城の魔導コンロを思い出す。魔力のこもった石と言っていた。


「魔物は、未知の生物で魔獣とは比べ物にならぬほどに強いし、知性を持っている」

「知性って……」


 魔獣より強い邪悪なやつが、賢い。


「やっばい状況ですね……」

「その通り。滅亡の危機といっても過言ではない。だがヒューリーは」

「太陽神の権威ばっかり求めて、世界の平和をないがしろにしてるってことか! なんっだよそれ!」

「あっはっは! さといな、シン。気に入ったぞ」


 国王が、俺の頭頂に手を乗せてわしわしと撫でた。それから耳を撫でると、くしゃっと微笑まれた。


「しかも柔らかいな。い、愛い」


 おっさんに褒められても、すんごい複雑な気分なんですが……。


「さてそこでだ。もうひとつ、言うことがある」

「なんでしょう」

「今回、死神は命を取り損なった」

「!!」


 俺の背筋に、冷たいものが走る。

 

 模様が消えるまでに命を取り返さなければ、グリモアが消える。

 もしかしてこの国王は、そのことを知っているのか?

 

「解放すれば、余の命を奪うであろう。あまりにも危険な状態だ。通常なら、解放することはできぬ」

「っ」

「だが、この湾に出没する魔獣を退治できたなら、身代わり人形を用意して解放してやろう。どうだ?」

 

 どんな魔獣かも知らない。つまりどんな強さかすら、分からない。判断のつかない俺は、ライナルトを見やる。

 目が合うと、彼は軽く頷いて一歩進み出た。


「恐れながら、陛下」

「申せ、ライナルト」

「は。海洋王国騎士団で対処しないのには、何か理由があるのですか」

「……あれは、海の守護獣の成れの果てだ。海に関わるものが手を出せば、さわりがある」

「なるほど。陸のもので対処しなければ、退治した後の海が」

「ああ。下手をすれば呪われる」


 だからわざわざ、戦闘力のある俺たちを連れてきたのか、と合点がいった。

 しかも俺たちなら、海の呪いとグリモアを天秤にかけられる。


「こんな……強引な手法を取らせたのも……協力体制を取ることのできないヒューリーのせいなのですね……」


 今までずっと黙っていたエミーが、口を開いた。


「その通りであるぞ、王女エミーリアよ」

「っ」


 苦し気にうつむいたまま否定をしないエミーを元気づけたくて、俺は必死に軽い声を出す。

 

「やっぱ王女だったのかよ~。ライ、知ってた?」

「いや。王城にいらっしゃるとばかり」

「母に内緒で、身分を隠して、聖魔導士団に入ったのです。魔力がありましたから……民の役に立ちたくて」


 エミーが、キッと顔を上げる。


「死神のためだけではない。タラッタとヒューリーのために」



 ――その横顔を見て初めて、彼女の高貴な血を感じた。

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