27話 疾風、駆ける


「グリモア……?」

「シンの側は、温かい。太陽の御子みこなればと思うだろうが、違う。シン自身の温かみだ」


 グリモアの手首を握っている俺の手を、反対の手で上から握られた。


「命を取らずとも。隣にいてまた知りたいと思った。おいしい、たのしい、かなしい、うれしいの他も」

「っそんな、ほんと、ちょっとの間だけで、さあ」

「時間など、われらには関係がないぞ」


 あっ、神様でしたね。そうでしたね!

 

「うひひひひ。尊いねぇ~~~~!」


 にやにやするリルラを横目で捉えた俺は、困惑するしかない。

 

「やめろ……てください」

「気を遣わなくていいよぉ、シンきゅん。ボクの御子みこだもん」

「……」


 唐突にまたぶわり、とグリモアからダークオーラが噴き出した。


「おいぃ、グリモア!?」

「シンは、やらんぞ」

「えぇ~? ボクが呼んだのにぃ~?」

「……太陽、壊すか」

「おいおいおい! まじで滅亡させる気かっ! ちょ、大丈夫だって! な、リルラ」

「どうしよっかなぁ~~~?」


 人生で初めて、本気の殺意が浮かんだ。

 からかうのもいい加減にして欲しい。

 

「うわ、シンきゅんこわいぃ……んじゃ、ずっとグリモアの側にいてくれるぅ?」

「はい。わかりました」

「ふふ。頼んだよぉ」


 す、と立ち上がったリルラが目を閉じると、額に真っ赤な太陽の紋章が現れた。

 まばゆい光を放ち、みるみる周囲の温度が上がっていく。

 

「えっ!?」

「盟約は、なされた」


 リルラの声音が、急に低く威厳のあるものに変わった。


「太陽の御子よ。太陽神リルラの名にて、月の神グリモアへその身を捧げることを命じる」

「は、はい……イッ!」


 じり、と痛んだ右手首を持ち上げると、そこには月の文様が浮かんでいる。

 左に太陽、右に月。

 

「これでそなたは、太陽と月の御子となった」

「ええ!? っと、ありがとうございます……?」


 俺は混乱を隠せない。リルラ、男だった? え? つまりそれって男の娘ってこと!?


「あははは! 自分が月の御子にもなっちゃった~! じゃなくて、ボクの性別の方が気になるんだね。おっかしいね~シンきゅん」

「だから良いのだ」

「うん、そうだね。羨ましいなぁ~」

「やらんぞ」

「はい、はい。わかってるよぉ」

「それでええっと、どっちなんだよ!?」

「んっふっふっふ~内緒ぉ~」


 やっぱ殴るか。


「シン……わたしも旅して思ったがな。アレはだいぶ厳しいな」


 グリモアが、リルラを指さして言う。


「あのような言動に服装。いったい自分を何歳だと思っているのやら。人間でいうとあの国王よりはるかに年上のおと」

「んがあああああああぐりもあああああああああああああ!!!!」


 あ、うん。野太いね。


「ゆるさん!」


 ピカーッてものすごく光った。後光っていうより、怒り光線?

 

「この怒り、全部地上にぶつけてやるからなっ! 覚えてろよ!」


 それはつまり、地上を照らしてくれるということだ。

 

「あはは。ありがとう、リルラ!」

「……急いだ方が良い。仲間に危機が迫っている」

「うん。そうかなって思ってた」


 するとまた、ウルルンキュルンの態度に早変わりした。なんかもう、これを受け入れつつある自分が怖い。

 

「シンきゅんっ! またいつでも来てね」

「うん。タルタロスとも仲良くなれたしさ、またお茶しに来るよ」

「約束だよ!」

「約束!」


 俺の中に、たくさんの約束が溜まっていく。

 もう、破れない。破りたくない。


「シン……」

「ありがと、グリモア。俺、嬉しいよ」

「そうか」


 ようやく居場所を見つけた。そんな気がした。




 ◇




「ソル!」

 

 タルタロスの背に乗って岬へ帰って来た俺とグリモアを、ソルが迎えに来ていた。

 

「ヒンッ」

「俺たちが帰ってくるの、わかったのか? すごいなあ」

「ブルルルル」


 渾身のドヤ顔をされたので、たてがみを撫でてやる。


「ありがとな……タルタロスも、ありがと!」

「ッキュウ」

「また会おうな」


 タルタロスは大きく首を持ち上げてから、ザバーンと潜っていった。ちらりと見えたヒレが、まるでバイバイのようだったので、俺も大きく手を振る。


「さあシン。行こう」

 

 グリモアが馬上から伸ばしてくれた手を取り、ソルの背中に乗る。


「おう!」


 俺たちの行き先は、決まっていた。

 森の王国ヒューリーにある、太陽神殿だ。

 

「急ごう……嫌な予感がする」


 俺たちを見送った後のライナルトとエミーの身を、頭の片隅でずっと案じていた。

 彼らならきっと、俺への支援をと願って、神殿へ戻るに違いない。太陽神に会いに行く御子のために、祈りを捧げようとして。

 リルラの言葉で、確信した――きっと今頃それは、別の争いを生んでいるはずだ。


「ったく、止めても行くと思って、あえて止めなかったけどさぁ」

「……そうだな」

「こっちから、迎えに行ってやらないとなっ」

「シンが助けたいならば」

「助けたいっ!」

「わかった」


 グリモアが、背後から禍々しい魔力を溢れさせる。


「ソルよ……空も時も駆けろ……く、行け。風よりも、闇よりも」

「ヒヒーーーーンンンンッ!」


 一度大きくいなないてから走り出したソルは、バイクなんか目じゃないぐらいに速い。

 あらゆる障害物も魔獣も、文字通り軽く飛び越えて走っていく。


 暴風を真正面からまともに受けている俺は、とても目を開けられず、ぎゅっとつぶってただただじっとしていた。

 

「大丈夫だ、シン。着いたら教える」


 背後から手綱を握ってくれているグリモアに頷くので、精一杯だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る