26話 太陽神リルラの思惑


 ドーム型の青空の下、むせかえる花の香りが漂う不思議な空間に、俺たちは呼び込まれた。

 白い小さな神殿のような建物があるこの場所は、まるで天国のようだ。

 行ったことはないけれど、空想上このような雰囲気が描かれるということは、臨死体験した人間が見るような理想の世界、ということだろう。


 それぐらい魅力的で温かい空気が、ここには漂っている。


「すぐキレるの、よくないよぉ」

「うるさい。怒らせる貴様が悪い」

「こっわぁ!」


 まぶしくて直視ができないが、確実に誰かが近寄ってきている。


「リルラ。まぶしいぞ」

「あ、ごめぇん。ボクってほら、勝手に光っちゃうからぁ」


 うん、思った通り。あんまり好きになれないかもしれない。


「これでどうぉ?」

「……はぁ」

「ありがとうございます」


 疲労感満載のグリモアの代わりにぺこりと頭を下げてから、リルラをまっすぐに見ると、俺よりも顔一つ分小柄で、真っ赤な髪の毛をツインテールにした少女のような見た目だった。

 

 目が顔面の半分はあるかというぐらいの大きさでかつ、青空のような色で、頬も唇も桃色に染まっている。

 首元にふりふりの襟がついた白いブラウスの上から、膝まである赤いマント(しかも胸元にでっかいリボン)のようなものをつけていて、胸の下から太いベルト? のようなものがあるひらひらのミニスカート。膝より長いブーツは、ニーハイってやつだろ? 同僚がレアだっていうフィギュアの写真をスマホの待ち受けにしてるから、知っている。


「よりにもよって……」


 ロリ娘、という単語はかろうじて呑み込んだ。しかも一人称がボク。エミーといい、太陽神といい、属性盛りすぎだろう。


「なんですかぁ、シンきゅん」

「きゅんはやめろ……てください」


 こいつは、太陽神。神様。カミサマ。

 

「えぇ~いいじゃん~~~~」


 クネクネされても、困惑するだけだ。


「おいリルラ。約束通り来たぞ。表へ出ろ」


 グリモアのそれって、完全に体育館裏に呼び出してるやつです。怖いです。

 

「や・だ」

「あ?」


 はいはい。世話が焼ける!


「えーっと。どうしたら、元通り表に出て来てくれますか?」

「ふふ。さすがシンきゅん~! とりあえずさぁ、お茶しよ~~~~!」

「はあ、わかりました」

「やったぁ! こっちこっち!」


 大人しくついていこうとしたものの、グリモアがまたダークなオーラを垂れ流し始めたので、俺は必死になだめた。

 

「ほらグリモア。呼んだからには理由があるはずだろ? それぐらい、聞こうよ。な?」

「……」

「やっとここまで来られたんだし、久しぶりに会ったんだろ?」

「……」

「そーだよ。二百年ぶりぐらいじゃん。話ぐらいしようよぉ、ぐりたん」


 ぐりたん呼びには、つっこまない。つっこんでたまるか。


「はぁ。シンが言うなら」

「うん。俺のワガママ。な?」

「わかった」


 リルラがにやにやしているのにも、つっこまないからな。




 ◇



 

 花々が咲き乱れる庭にような場所に、白いテーブルとイスがあった。

 お茶しよう、の言葉通りに、ティーセットが並べられていて、カップからは湯気が立っている。茶葉の良い香りが漂っていた。


「えーっと改めて。ボク、太陽神リルラ。よろしくね、シンきゅん」

「はぁ……」

「まず聞きたいことあったら、聞くよ~」

「あーいやその……あ! 俺って本当に太陽神の御子みこってやつなんですか?」

「そだよ~」


 あっさり!


「ボクが呼んだって言ったじゃん。見てごらんよ、手首」

「え? あ!」


 あの時はなかった、太陽の文様が左手首に浮き出ている。


「うわあ、まじかぁ」

「うん。まじまじ。あとは?」

「えーっといやもう別に。グリモアを呼んだ理由が分かれば、いいです」

「シンきゅんを呼んだ理由は、話したもんねぇ」

「ええ、まあ」


 あんまり腑に落ちていないが、きっとあれ以上の理由はないだろうと思っている。

 

「ぐりたんはね~、あきらめてたんだよね」

「え?」

「死神なんかじゃないくせに」

「は?」

 

 ぐいん、と横に座るグリモアを振り返ると、本人もぽかんとしている。


「忘れちゃったの?」

「ああいや。わたしが、死神でないのは……そう呼ばれるなら、それで良いと」

「あきらめちゃったんだよね」

「……」

「ボクは怒ってるんだよぉ。月の神様を死神扱いした人間にさ」


 ひゅ、と俺の息が止まった。今、なんていった?


「グリモアは死神なんかじゃない。ボクとついの、月の神様なんだよ。見てみなよ手首。月の形でしょ」


 がば、と俺はグリモアの手を取って手首を見る。確かに、三日月のように見える。


「え、いやその……そうだった、か」

「ほら、忘れてる」


 はああ、とリルラは大きな息を吐いてお茶を一口飲むと、すらすらと言葉をつむぎ出した。


「この世界で、月は冥界と繋がっている。シンきゅんも少し入りかけたよね。太陽の射さない夜の世界だよ。月は、太陽がいる間は姿を隠す。だからグリモアとボクは相まみえることがない。それが決まりだからそれでいいと思っていたんだけど……いつの間にか人間たちに良いように利用され始めて、それからグリモアが壊れ始めちゃった。冥界の引力は強いから、グリモアがこの世に留まるための縛りが必要なんだよね。だけど月の神は命を取られちゃうと、それが薄まって、冥界へ引きずり込まれちゃう。だから人の命を代わりに取って、現世に留まるんだ」


 俺はグリモアの手首を持ったまま、言葉が出なくなった。

 今、とんでもないことを聞かされている。人類の大きなあやまちである、悪行そのものを。

 

 命を取り返さないと、消える。

 それは、この世に留まるための縛りがなくなるから――


「そ、んなことって」

「誰が生み出したのやら知らないけどさぁ。日中も月の神を呼び出せる召喚術? この世へ留まるための制約を悪用して、命を取らせる? それが繰り返されたら死神扱いして何度も殺して――グリモアはただ本能に従って命を取るようになっちゃった」


 ふうう、とリルラはドーム型の青空を見上げた。


「だから、そんな世界ならもういっかって思ったんだ。でも、人はそれだけじゃない。優しい人もいるんだよねぇ困ったことにさぁ」

「リルラ……」


 自分の半身のような存在を、汚く利用され続けてさえ、人へのいつくしみも忘れない。

 こんなふざけた格好や言動なのに、ちゃんと太陽神なんだと思えて、俺の情緒はぐちゃぐちゃになった。


「ボクだって、できれば滅ぼしたくはないからさ。人に最後の希望を託すことにしたんだぁ。それがシンきゅん」

「俺ぇ!?」

「そ。この世に、命以外の縛りがあればさ、グリモアも死神にならなくていっかなって。えへへ~。どぉ? ぐりたん」

 

 それまで黙って話を聞いていたグリモアが、ようやくひとこと、言った。

 

「ああ。悔しいが思った通りだ、リルラ」

「やったぁ! それが聞きたかったんだぁ!」

 

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