28話 神様の本領


「うわああああついたあああああソルすげえええええ」

「ヒヒン」


 本当に光の速さだったんじゃなかろうか、というぐらいに速かった。

 ライナルトたちと旅をした時は、(太陽がないので、適当な感覚でもって)野営を三回したというのに、疲労を感じる前に着いてしまった。

 

「わたしも褒めろ」

「グリモアすごい! 手綱ずっと持ってるの大変だったよな、ありがとう」

「うむ」


 ぼすん、と頭頂に顔を埋められた。恒例のモフモフタイム健在である。


「……よし、行くか」

「はは!」


 モフモフ充電する神様、おもしろすぎる。




 ◇




 太陽神殿の入り口には、武装した神官らしき人間が複数立っていた。

 俺たちの存在に気付くと槍を構えて「死神だ!」と騒ぎ立てる。正直、めんどくさいと思ってしまった。


「……命を取られたくなくば、退け」


 グリモアが、キレている。いい加減にしろと俺も言いたいので、気持ちは分かる。

 だがもう、命を取って欲しくはない。


「あのー。俺のこと、覚えています? 太陽の御子です」

「ふざ、ふざけるなっ魔物めっ!」

「証拠にこれ。太陽の紋です。ね?」


 視界に入るように手首をさらした俺を、皆信じられないという顔で見ている。

 

「そんな、ばかな」

「分かったら、中に入れてください」

「っ魔物が! 御子様のわけがない!」


 槍を納めない神官に、いよいよ苛立ってくる。


「んじゃあ他にどうしたら、いいんですか? 御子って証明」

 

 すると背後の扉がギギギギと開いた。

 中から、見覚えのある中年男性が歩いてくる。忘れもしない、俺を召喚した大司祭だ。

 

「中へ入られよ」

「大司祭様っ」

「しかし!」

「証明してもらおうではないか」


 嫌な笑みを浮かべている。悪い予感しかしないが――


「グリモア、どうする?」

「行こう」

「よし」


 俺は、背中に力を入れて足を進めた。


 疑いの眼を向ける神官たちの視線を受け流しながら歩くと、俺は『召喚の間』へと案内された。白い大理石の床に描かれた太陽の模様をよく覚えている。

 はるか昔の出来事のように思えるのが、不思議でならない。それぐらい、短い間に濃い経験をしたなぁと振り返る。


「御子である、と申したか」

「はい」


 大司祭は、あの時と同じ杖を持っている。


「まさか、魔物と死神が結託するとはなぁ!」


 魔法陣の上に立たされた俺に向かって、大司祭はぶつぶつと魔法を唱え始めた。

 前は耳と尻尾が生えたけど、今度はどうなるのだろう? と考える余裕があるのは、まるで効き目がないからだ。


「んで、その魔法、なに?」

「な! ばかなっ!」


 杖を振り、また唱える。

 白い光が体を囲むようにぐるぐる回るが、それだけだ。

 

「そんな! ばかなことがあるか! 死神はっ」


 ところがグリモアも、平気な顔をしている。


「聖浄の魔法か。どこまでも人を馬鹿にしている」

「なにそれ?」

「邪悪な存在を消す」

「へー……物騒だなあ」

 

 溜息が止まらない。

 まともな思考回路はなくなっている、と判断して良いだろう。

 

「まあ、俺らのことはいいや。ライナルトとエミーは? どこ?」

「罪人には、罰を与えたまでよ」

「あ?」


 人生二度目の殺意は、リルラへ向けたものの比較にならなかった。

 だからこれを、人生最初の殺意と改めておこう。

 本気で人を殺したくなったのは、本当に初めてだ。

 

「なんの罪だよ」

「邪神信仰であるっ! あろうことかタラッタで守護獣と会ったなどと!」

「んで? 罰ってなんだ」

「聖なる水に、一晩中浸すのだあ! 今頃溺れ死んでいるかもしれんなあ! あーっはっはっはっは」


 ああ。こいつなら、殺してもいいかな。


「……シン。闇に飲まれるな」

「はー。ごめんなグリモア。だけど太陽神信仰が聞いて笑わせる。リルラが隠れたくなるわけだ」

「太陽神様を! 呼び捨てなどとっ!」

 

 俺は悟った――話にならないなら、見せつけるしかない。


「リルラァッ! でてこいっ!」


 魔法陣のド真ん中で、天井を仰いで叫んだ。力いっぱい。腹の底から。


「なんと罰あたりなことをっ! 皆の者! ひっとらえ……」

『それは、困るなぁ』


 きらきらと天井から、真っ赤な髪色の少年が下りてきて、空中で止まった。

 目を閉じたまま両腕を軽く広げる姿勢で、体には白い布を巻いている。

 亀島で会った姿とは違って、しっかりと神様を装っているのに感動すら覚えた。


『それは、わたしの御子だ』

「な、な、……そんなっ」

『神のものに危害を加えようとしたそなたに、大司祭を名乗る資格はない』


 す、とリルラが指さすと、真っ白な光が大司祭の額の真ん中を貫いた。

 瞬間、両眼から光が失われ、床に両膝を突き、ガランと杖を手放すとそれきり動かなくなった。


『シンよ……そなたの希望通り、罰は与えたぞ』

「ありがとう、リルラ」

『他の者はどうだ』


 目を閉じたままのリルラが宙から問うと、その場に居合わせた神官たちは泣きながら床へ額をつける土下座をした。


「おゆるしを!」

「おゆるしください」

 

 結局、神様には敵わない。


「ありがと、リルラ。ライナルトとエミーを助けに行ってくる」

『その必要はない』

「え?」


 リルラが両手のひらを前に差し出すと、空中にふたりの姿が現れた。

 びっしょりと濡れた服で、ぐったりとしている。


「ライ! エミー! おっまえら、なんてことをっ」


 ゆっくりと下りてくるふたりの体に駆け寄って、必死に抱きしめた。背中側を、グリモアが支えてくれる。

 

「つめたい! くそっ! 絶対、許さねえ! 太陽神が、命を奪うやつをどう思うかぐらい、わかるだろ!」


 わらわらと召喚の間に入って来た神官たちが、俺たちを取り囲む。


「なにが神殿だよ! おまえら! 神様なんか、信じてねえだろ!」


 ライナルトもエミーも、虫の息だ。びっくりするほど冷たい。血の気がなくて、青白い。どんどん、力が失われていくのが分かる。命が、体から漏れ出ているようだ。

 

「なんでこんなっ、ひどいことが、できるんだよおぉ……ライナルトォ、エミィ……やだよぉ、また一緒にキャンプしようぜ……ああああああああああ」

「シン……」


 グリモアも、苦しそうな顔をしてふたりごと俺を抱きしめる。

 

 みっともなく、空を仰いで泣き叫ぶ俺は、どう映ったんだろう。

 リルラが微笑んだのだけは、分かった。


『やっぱり尊いなあ、ボクの御子。んふふふ』


 ぱああ、とまばゆい光が、召喚の間を満たしていく。


『かわいいから、奇跡をあげるよ。ご褒美。ね』


 温かく優しい光がしばらく降り注いで――それからまた元のように暗くなった。


「ん……」

「んぅ」

「ライ!? エミー!?」


 抱いていたふたりのまぶたが、ぴくぴくと動いて、それから開いていく。

 

「シ……ン……?」

「え……」

「あああああ! よかった! よかったあああああああ!!」

 

 俺たちを取り囲んでいた神官たちが、皆一斉に床に這いつくばって礼をしているが、どうでも良かった。


「こんな神殿、いらね」


 俺の言葉に、色を失っていく人々へ割けるような同情は、もはや持ち合わせていない。

 

「そんなっ」

「御子様! どうか!」

「ご慈悲を!」


 今更騒いでも、もう遅い。

 俺はふたりの体をグリモアに預けると、立ち上がって思い切り息を吸い込んだ。


「こんな場所! 神殿じゃねえ! やりたいなら、勝手にやれ! でも俺は! 絶対認めねえからな!」



 このたった一言で、森の王国の財源のほとんどをつぎ込んでいた太陽神殿は――終わりを迎えた。

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