29話 死神とお世話係


 それからの俺がしたことはなんと、『国交復活記念バーベキュー』だ。

 

 海洋王国タラッタの砦にある庭を借りて、ライナルトやタラッタの騎士たちと協力して大きな焼き場を作って、両国から客を招いたのだ。

 仲良くしたいなら、一緒にご飯を食べたらいい、という俺の安直な発想だったが、意外にも両国とも「うん」と言ってくれた。ライナルトには「太陽の御子の誘いを断れる人などいないぞ」と笑われたけれど。

 

 網の上で焼く肉からは、たっぷりと肉汁がしたたっているし、海で取れた魚も貝も、じわじわと良い音を立てている。


 高台にある砦から見下ろす湾は、すっかり輝きを取り戻していた。

 目にまぶしい澄んだ青と、時折立つ白波。何そうもの釣り船が、沖で漁をしている。

 

「ひぇ~日焼けしそう。帽子欲しいな」


 首に巻いたタオルで汗を拭きながら、俺はひたすら肉を焼いている。

  


 森の王国ヒューリーの女王ヘルディナは、腐敗しきった太陽神殿に手を焼いていて、太陽神が隠れたことを好機と捉え、潰そうと画策していたらしい。

 ところが思った以上に事態が深刻化し、太陽を戻す方法も思いつかず、このまま国が滅んでいくのを受け入れるしかないとあきらめていたそうだ。

 

 だから娘である王女のエミーリアが行方をくらませても、好きなように生きろと思っていた、と。

 それを聞いたタラッタ国王アンセルミは、当然苦言をていする。


「王があきらめて、どうする」

「……わかってはいた」

「余に頼ればよかろう」

「……それだけは、嫌だ」

「これからは、頼れ」

「気が向いたらな」

「かわいくないねえ」

「ふん!」


 真面目でお堅いヘルディナは、どうやら海洋王国の国王が苦手らしかった。

 エミーリアの父親である王配は病で亡くなっているし、タラッタ国王アンセルミは忙しすぎて未婚らしいから――結構お似合いだ、と俺は遠くからふたりのやり取りを眺めていたりする。


「ふまい。おがわり」

「ふは! 言えてないし」


 肉を焼く俺の隣には、グリモアがずっと引っ付いている。


 魔獣の肉から臭みを取ったものは大好評で、焼いても焼いても追いつかない。

 取れ始めた野菜は、太陽神へと捧げられ、遠慮していたけれど――それを全部この場で使ってみんなに還元することを思いついた。ピーマンや玉ねぎ、とうもろこし。太陽の下で食べると、格別に美味しく感じるのはなぜだろう。

 

 離れた木陰では、ソルがのんびりと昼寝をしているのが見える。

 

「太陽って、すげえのな」


 在ることが当たり前だと、その有り難さが分からなくなる。

 いましめとして、心に刻まなければと思う。

 

「……月も、すごいんだぞ」

「はは! 知ってるよ。俺、夜の月って好きだよ。綺麗だよな」

「ふふ」

「酒飲みながら、お月見したいな」

「おつきみ?」

「うん。月の下で、ゆっくり過ごす」


 すると、グリモアが背後からまた俺の頭頂に顔を埋めて、スリスリしながら言った。

 

「する。今日」

「今日!?」

「私もする」

「え? ライも?」


 肉のお代わりを取りにきたライナルトが、なぜか眉間に深いしわを寄せている。

 

「どした?」

「私もシンと話したい」

「話せばいいじゃん」

「……」


 ライナルトの視線の先は、俺の頭上にある。そこでは、元死神がひたすらグリグリしている。


「あー? あ、耳触りたいの?」

「ごほ、ごほんんん」


 なぜか盛大に咳払いをしているけど、肯定ってことだよな。

 

「グリモア、ちょっと交代してあげて」

「いやだ」

「えぇ? さんざん触っただろ?」


 大の大人ふたりで、小さい子のブランコ待ち状態みたいになるのは、勘弁して欲しい。モフモフかもしれないが、ただの男の耳だ。


「いやだと言った!」

「えぇ!?」 

「はああ~尊いですわああ~~~~~」

「おいエミー、祈ってないで、助けろ」

「無理ですわよ」

「なんでだよぉ」


 呆れる俺の目の前で、どんどんライナルトの気配が鋭くなっていく。

 

「ゆずれ、グリモア!」


 なんか、元聖騎士団長がガチで抜剣しかけているんですが――帯剣はあくまで護衛名目で許されているのであって、交流の場で抜いたら国際問題へ発展……うん、だいぶ面倒なことになるな。止めよう。


「グリモア。交代しなかったら一生触らせない」

「うぐ」

「ライナルトも。こんなことで殺気出すなよ。恥ずかしいだろ」

「うっ、すまない」


 元死神と元聖騎士団長が、視線をバチバチ交わしながら場所を交代する。

 俺の頭上って格闘技のリングかなんかなのかな?

 

「んふふふふ」

「笑うなよエミー」

「だって。すっかりお世話係ですわね!」


 さすが王女……城にはそんな係が、いるんだもんな。


 普通の人間だったはずの俺が、妖狐の血を引いてて耳と尻尾が生えて。

 挙句の果てに世界を救って死神のお世話係になるだなんて。


「そうだな。でも、楽しいからいっか!」



 ッキュウウウウウ――



 返事をするように、遠くの海でタルタロスが鳴いたのが聞こえた。


 

 眩しい太陽光が降り注ぐ庭で、俺はまた、肉を焼き始める――モフモフされながら。

 


 


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 お読み頂き、ありがとうございました!

『メンズの絆が尊いコンテスト』参加作品ということで、テーマに即してメンズをイチャイチャさせてみましたが、いかがだったでしょうか。


 次回作構想中に、軽くておばか(これ重要)なファンタジーを気晴らしで書く……はずが、なぜか途中からいつも通りになりましたね。ええ。

 笑ってやってください。


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 応援いただき、ありがとうございましたm(__)m

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